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第四章:水底に眠る秘密④

「ねえ、ソラ。リーウェまで来たはいいけどどうするの?」

 海で遊ばせていたリブレを引いて、浜へと上がってきたトゥルクはソラへとそう問うた。カーキのズボンやブラウンのブーツはすっかり濡れてしまっている。

 トゥルクの問いにソラは得意げに胸を張ると、

「大丈夫、私に一つ案があるの。……って、トゥルク、リブレは一体何してるの?」

 リブレはピンクがかった砂の上に体を横たえ、ごろんごろんと転がりまわっている。濡れた黒い被毛に砂が付着して薄汚れていくが、当の本人は至って楽しげで意に介したふうもない。

 ああこれ、とトゥルクは豪快に砂浜を転げ回ったり、地面にじょりじょりと体を()り付けて遊ぶ自身の愛馬に、茶褐色(ちやかつしよく)双眸(そうぼう)を向けると、

「ソラは見るの初めてだっけ? これは砂浴びっていって、簡単に言えば馬のお風呂みたいなものだよ。ソラもお風呂入ったときに、スポンジで体を洗うでしょ? それと同じで、こうすることで汗とか虫とかが落ちるらしいんだけど……さすがにこれは後で洗ってブラシかけてあげたほうがいいかもなあ」

 満足したのか、青鹿毛(あおかげ)牝馬(ひんば)は起き上がると身震いした。「うわぁ」リブレの体に付着していた海水と砂が容赦なく飛んできて、ソラは思わず飛び退いた。

「ごめんね」

 リブレの粗相(そそう)を代わりに詫びると、トゥルクはリブレを引きながら、ゆっくりと波の打ち寄せるナコン浜の砂の上を歩き出す。キャメルの薄手のコートの裾と首元に巻いた深紅のストールが冷たい海風に(あお)られながら、数歩遅れでトゥルクの後をついてくる。

 オーレンから海底の廃墟(はいきよ)の話を聞いてから数日が経っていた。オーレンから聞かされた話は眉唾物(まゆつばもの)ではあったが、ソラの強い希望もあって、二人はシャトンの西方にあるリーウェという漁村を訪れていた。

 鮮やかな青い外壁(がいへき)に、同じような色合いの扉と屋根という、すべてが濃淡の異なる青色で染め上げられた民家の数々。複雑に入り組んだ青くて細い路地。建物の(へい)や屋根の上から人々の営みをのんびりと眺めるでっぷりと太った野良猫たち。埠頭を中心に放射状にさざなみを刻んでいく小舟の群れ。

「それで、案があるって何? 普通に潜るんじゃ一分で息が限界だし、海底の廃墟(はいきよ)までたどり着けるとも思えないけど」

 トゥルクは歩きながら、(かたわ)らのソラに方策を再度問うた。すると、ひんやりとした風が運んでくる潮の香りを一身に受け止めながら、ソラは左手を(こし)に当てる。いい、とソラは右手の人差し指を顔の前に立てると、腹案を披露していく。

「トゥルク。前にシェリサさんのところで手に入れた指輪、覚えてる?」

「うん。砂漠とか雪山みたいな環境にも適応できるようになるっていう指輪だよね。あれがどうかしたの?」

「あの指輪を使えば、水の中で息をすることもできるんじゃないかと思って。駄目元とはいえ、試してみる価値はあるんじゃない? もし、これで海に潜れるようになれば、誰も調査できそうにないっていう廃墟(はいきよ)に誰よりも早く挑むことができる」

 やるだけやってみようよ、とソラの双眸(そうぼう)に強気で挑戦的な光が灯る。意外と跳ねっ返りで頼もしい相棒へとそうだね、とトゥルクは(うなず)くと、ナップザックの中からシェリサの店で手に入れた指輪を取り出した。トゥルクは二つのうちの一つをソラへと手渡すと、自分の分を右手の中指へとはめる。ソラもトゥルクから指輪を受け取ると、同じように指にくぐらせた。

「つける前と後で特に何かが変わった感じもないけど、本当にこれ効果あるのかな?」

「まあいいんじゃない? どうせ駄目元なんだし、沖の方に行って試すだけ試してみようよ。私、船借してもらえないか、あそこの漁師さんたちに聞いてみる」

 そう言うとソラはトゥルクの返事も待たずに漁師の男性たちが作業をしている船着き場の方へと、長い黒髪を潮風になびかせながら走っていった。「ああもう、行っちゃった……」トゥルクは行動力のありすぎる相棒の背を見送りながら苦笑する。ソラの後を追いかけようにも、一度リブレを宿に預けに行かなければならない。トゥルクはリブレの無口につけたロープを引きながら、宿への道を戻っていった。

 トゥルクがソラに追い付いたころには、もう既にソラが漁師と交渉し、小舟を一艘(いちそう)借り受ける算段がついていた。漁師の男はトゥルクを見ると、

「お、坊主がお嬢ちゃんの彼氏? 駄目だろー、こういう交渉事を彼女に任せっきりってのは。男なんだから坊主がしっかりして、彼女をリードしてやんねえと」

 別にトゥルクとソラはただの旅の相棒であって恋愛関係にあるわけではないし、今のこれはトゥルクがしっかりするしないの話ではなく、ただソラが先走っただけだ。いわれのない非難を初対面の人間に浴びせられて、トゥルクは深々と溜息をついた。

「トゥルクー、早くー!」

 いつの間にかソラは小舟に乗り込んでいて、トゥルクのほうへと手を差し伸べている。なんだかなあ、と思いながらトゥルクはソラの手を借りて小舟へと乗り込んだ。

「ほら、坊主。しっかりやれよー!」

 漁師が半ば放り投げるようにして、トゥルクへと(かい)を渡す。「投げないで!」緩い弧を描いて宙を舞う(かい)をトゥルクは手を伸ばしてどうにか受け止める。がくんと衝撃で小舟が海面に着きそうなくらい激しく揺れた。

 揺れがおさまったのを見計らって、トゥルクは(かい)(にぎ)り直す。足を進行方向に突っ張り、体を前傾させると、トゥルクは小舟を()ぎ始めた。

 二人を乗せた舟はするりと海面を(すべ)り、内海(うちうみ)を進み始めた。海の上を進んでいく少年と少女を青のグラデーションに染め上げられた村の家々が眺めていた。


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