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第四章:水底に眠る秘密①

 青、紺、水色――青系統のタイルがふんだんに使われた建物が立ち並ぶメインストリートをソラは歩いていた。ロングジレの下に着た半袖の白いシャツから(のぞ)く腕に感じる秋の風に、ソラはそろそろ新しい上着を買わないと、と思う。トゥルクにコルニスの大市で服を買ってもらったときはまだ暑い時期だったので、(すそ)を結んだシャツの下から露出した腹やモスグリーンのハーフパンツから伸びる生脚(なまあし)がそろそろ寒い。首元にひんやりとした空気を感じて、ソラは緩みかけていた水色のリボンタイを手早く結び直す。

 トゥルクとソラがこのリノア島にやってきて一週間ほどが経つ。この島に来てから、いくつかの財宝を発見し、そろそろ二人は違う島へ移動しようかと考えていた。

 ここ何日かの成果を持って、今、トゥルクはこの街の鑑定(かんてい)()の元を訪れている。その間、ちょっとした観光も兼ねて、ソラは重厚的な印象の建築物が多いシャトンの街をぶらぶらと歩いていた。

 この世界は街によって、随分(ずいぶん)と印象が異なる。しかし、どれもどこかで見た覚えのあるような(たたず)まいの街が多いようにソラは思う。今いるこのシャトンの街の景色も、似たようなものを過去に古い記録写真か絵画で見たことがあるような気がする。

 そんなことを考えながら、砂色のレンガと青いタイルで作られた神殿の前でソラは足を止めた。この神殿の賢人の像のところでソラはトゥルクと落ち合う予定だった。この街では定番の待ち合わせスポットなのか、ソラと同じように誰かを待つ人の姿が像の周りには散見された。

 ソラは頭上にある未来を司る賢人リノアの石像を見上げる。その石像はソラよりもいくつか年上の少女の姿をしていた。その目鼻立ちはソラが知っている人物のものに酷似(こくじ)していて、かねてより抱いていた疑惑を裏付けているように彼女には思えた。

(似てる……。アガルテのときは確証が持てなかったけど、彼女はたぶん……)

 以前暮らしていた星で、ソラは科学者であった両親の研究所によく出入りしていた。ソラの両親の研究所にはまだ若い研究者たちも多く、中でも一番歳若かったのが、まだ学生ながら研究所随一(ずいいち)の天才と呼ばれた倉橋梨乃愛(くらはしりのあ)――リノアだった。

 リノアは時間を見つけては、ソラのことをよく構ってくれた。ソラは一人っ子だったが、自分のことを可愛がってくれる四つ年上の彼女を姉のように慕っていた。

七賢人(ななけんじん)っていうのはもしかして……)

 ソラはリノア以外の若い研究者たちとはあまり接点がなかったが、アガルテでセディの像を見たときも既視感(きしかん)を覚えた。ドバシアの森の地図に書かれていた文字はリノアのものに酷似(こくじ)していたし、ここにある石像の姿はソラが慕っていた彼女に瓜二(うりふた)つだ。

 だとしたら、と脳内を占めていくとある可能性にソラが確信を強めていると、聞き慣れた少年の声に名前を呼ばれた。石像を見上げながら思考に耽っていたソラは一瞬遅れて、彼を振り返る。

「あっ、トゥルク」

「ソラ、お待たせ。どうしたの、リノアの像なんて見上げて」

 はいこれ、とトゥルクは甘い匂いと湯気が漂う茶色い液体が入った紙コップをソラへと渡す。「ありがと」ソラはココアの入った紙コップを受け取って、口をつけながら、

「別に、ちょっと考えごとしてただけ。ねえ、それよりこの後、服見に行きたいんだけどいいかな? そろそろもう少し温かい服が欲しくって。女の子にとって冷えは大敵だもん」

 いいよ、とトゥルクは(うなず)く。トゥルクとしてもそろそろいつも使っているナイフを手入れに出しておきたかったし、ソラと街をぶらつくことについては何も異存はない。

 二人はココアを飲み切ると、青いタイルの街並みの中へと足を踏み出した。ああでもないこうでもないと服を扱う店のショーウィンドウの数々とにらめっこをしながらソラは歩いている。先ほど合流する前に何かひどく考え込んでいたのが気がかりだったが、こんなふうに服を見ながら百面相をしている彼女を見ている限り、どうということはなさそうだとトゥルクは安堵する。

 ソラの後ろをゆっくりとついて歩いていたトゥルクは、ショーウィンドウの内側からこちらを見ているマネキンに目を止めた。マネキンに着せられているのはソラが好きそうな色の暖かそうなハイネックのワンピースだ。

「ねえ、ソラ。あれとかどう?」

 トゥルクが服を指差すと、どれ、とソラは振り返った。ふうん、と彼女は呆れたような顔でトゥルクの顔と服を見比べると、

「トゥルクってこういうのが好きなんだ? 本当に男の子ってこういう服好きだよね」

「えっ、そういうつもりじゃあ……! ただ、僕はソラはこういう色の服好きなんじゃないかなって思っただけで!」

 慌てふためくトゥルクに、冗談、とソラは笑う。トゥルクとて、ぴったりと体のシルエットが出るそのデザインに下心を覚えないといったら(うそ)になるが、ソラに軽蔑(けいべつ)されてしまいそうなのでそれは口にしないでおいた。

 ざっくりと編まれた水色のニットワンピース。暖かそうだが、太腿(ふともも)(あら)わになりそうな短い丈。体のラインが浮き彫りになる細身のデザイン。

「まあ、いいけどね。そうだなあ……これに合わせるんだったら、ジャケットは黒かグレーで、パンツは白とかかなあ……」

 マネキンを前にソラはコーディネートを考え始める。うんうんと(うな)るソラの横で、トゥルクはショーウィンドウのガラスに見知った人物の姿が映り込んでいることに気づいて、後ろを振り返った。

「オーレンさん!」

 トゥルクが彼の名を呼ぶと、恰幅(かつぷく)の良い中年の商人はおう、と足を止めた。彼はトゥルクとソラのほうへ近づいてくると、

「トゥルクじゃねえか。奇遇だな。こんなところで何してるんだ?」

「買い物。ソラが服見たいっていうから」

 ああ、とショーウィンドウに張り付くソラを見て、オーレンは納得したように(うなず)いた。

「まあ、最近だいぶ涼しくなったし、あの恰好(かつこう)じゃちょっと寒いわな。あれじゃあ、体冷やしちゃうんじゃないかって、俺でも心配だ」

 まるでソラの父親か何かのようなコメントをすると、ソラちゃん、とオーレンは財布の中身を確認している彼女へと話しかける。ソラは自分の財布から顔を上げると、オーレンへと向き直り、

「オーレンさん、お久しぶりです」

「ソラちゃん、服買いに来たってトゥルクから聞いたけど、何か困ってるのか?」

 オーレンの問いにソラは少しばつの悪そうな顔をすると、

「そこの服買おうと思ったんですけど、意外と高くて。上着とパンツも新調したかったので、どうしようか迷ってたところです」

「それなら、俺のところにカミラ島で仕入れてきた服が手元にあるから、後で見にこないか? 気に入ったものがあれば、三割引にしてやるよ」

 いいんですか、とソラが聞くと、おうよ、とオーレンはその(ひげ)(づら)(ほがら)らかな笑みを浮かべ、

「どうせ、トゥルクにも用があったからな」

「僕に用事って?」

「急ぎじゃねえけど、会えたらそのうち伝えようと思ってたネタがあってな。二人とも、夕方の五時半に俺が泊まってる金鳥亭まで来てくれ。ソラちゃんの服を見てから、ゆっくり飯でも食いながら話そうや」

 わかりました、とトゥルクは(うなず)いた。「俺はまだこれから商談があるから」オーレンは手をひらひらと振ると、忙しそうに去っていった。ソラは遠ざかっていくオーレンの背中を見送ると、ショーウィンドウの中のワンピースへと視線を戻し、

「私、この服買ってくるね。ジャケットとパンツは夕方、オーレンさんのところで見せてもらうことにする」

 トゥルクはここで待ってて、と言うとソラは複雑な幾何学模様(きかがくもよう)の彫刻が施されたドアを開き、店の中へと入っていった。

 トゥルクはショーウィンドウのガラス越しに、店内で買い物をするソラの姿をなんとはなしに眺めながら、夕方までにやるべきことを頭の中に並べていく。ナイフを研ぎに出しに行きたいし、少なくなってきた携帯食料を買い足しにもいきたい。時間が余れば、最近この街で流行(はや)っているという砂糖をたっぷりまぶしたチュロスをソラに食べさせてあげたい。

 よし、と気合を入れるとトゥルクは青いタイルの建物に囲まれた空を見上げる。頭上を覆う青色は、力強い夏のものから切なさを帯びた秋のものへといつの間にか表情を変えていた。ソラと出会ってからまださほど経っていない気がするのに、季節は確かに進んでいる。

 しばらくすると、ギィ、と店の内側からドアが開けられ、店のロゴが入った紙袋を手にしたソラが姿を現した。その顔はどことなくほくほくとして機嫌が良さそうだ。

「それじゃあ、ソラ。次、行こうか」

「武器を手入れに出すんだっけ?」

 そうだよ、とトゥルクはソラと共に次の目的地へと歩き出す。

 秋の涼やかさを孕んだ風が青色が散りばめられた建物の間をするりと吹き抜けていった。


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