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第三章:青白の島⑤

 トゥルクとソラがアガルテの街へ戻ると、青と白の美しい街並みはうっすらとオレンジ色を帯び始めていた。宿屋の厩舎(きゆうしや)へと戻ると、二人は手分けをしてリブレの馬装の解除や手入れを進めていった。

 トゥルクがリブレのブラッシングや裏掘りと呼ばれる(ひづめ)の手入れをしている間に、ソラはリブレに積んでいた荷物を泊まっている部屋へと運んでいく。

 部屋で軽く荷物の整理を済ませてソラが厩舎(きゆうしや)に戻ると、手入れが終わった後のリブレがトゥルクからご褒美(ほうび)の角砂糖をもらっていた。ソラが戻ってきたことに気づくと、リブレは黒い耳を後ろに引き絞って不快感を(うつた)える。トゥルクと二人きりの時間を邪魔されたことが彼女はよほど気に食わないようだとソラは肩をすくめた。

「ソラ、荷物持って行ってくれてありがとう」

 トゥルクはリブレの鼻面を()でながら、ソラへと礼を述べる。ううん、とソラは首を横に振ると、

「私、リブレのお世話は役に立てそうにないから。いまだに近づいただけで威嚇(いかく)されるもん」

 ごめんね、とトゥルクは苦笑しながら厩舎(きゆうしや)の扉を閉め、

「ソラ、夕飯にはまだ少し早いし、さっき見つけたやつ鑑定(かんてい)してもらいにいかない? 本当はオーレンさんがいたらよかったんだけど、この街にも知ってる鑑定(かんてい)士さんのお店があるし」

「オーレンさんって、確かベネット島っていうところに行ってるんだっけ」

 そうだよ、と(うなず)くとトゥルクはソラと共に夕暮れ時のアガルテを繁華街(はんかがい)に向かって歩き出す。道のところどころに(たたず)む赤い篝火(かがりび)が、涼しさを帯び始めた風でゆらゆらと揺れている。

「ねえ、トゥルク。あっちから美味しそうな匂いがする」

 ソラが指を差した方向では、甘いタレをつけた魚介を串焼きにしたものを出す店や塩漬けにした魚を油で煮たものを出す屋台が軒を連ね、早めの夕飯をとる客を待ち構えていた。昨日の昼に二人がサバとアンチョビのサンドイッチを買った屋台に十代後半くらいの男女二人が吸い寄せられていくのが二人の視界に映った。

「ソラ、気になるなら後で寄ってもいいけど、用事済んでからね。早くしないとシェリサさん――鑑定(かんてい)士さんのお店閉まっちゃうから」

 夕飯前の買い物客で賑わう繁華街(はんかがい)を人波をすり抜けるようにして二人は通り抜けていく。雑踏を背に歩みを進めるうちに、少しずつ人気(ひとけ)がなくなっていく。繁華街(はんかがい)の隅の小さな掘建小屋の前まで来ると、きらきらと金色の日差しを浴びながら今まさに店仕舞いをしようとしているシルバーブロンドの人影を見つけ、トゥルクは駆け出した。

「シェリサさん! ちょっと待って!」

 女性にしては珍しく、うなじのあたりでばっさりと短く切り揃えられた二十代後半の銀髪の女性は気だるそうにトゥルクたちを振り返る。あら、とメガネの奥の紫の双眸(そうぼう)を女性は瞬かせると、

「トゥルクくん、しばらくぶりねえ。いつの間にか女の子なんて連れ歩くようになっちゃって、トゥルクくんもお年頃ってことなのかしらあ?」

「いや、シェリサさん……ソラは別にそんなんじゃなくて! っていうか、ソラもにやにやして見てないで何か言ってよ! ねえ!」

 シェリサにからかわれて困っているトゥルクはソラへと助け舟を求めた。しかし、ソラはええー、と不服そうな顔をすると、

「やだよ。困ってるトゥルク見てるの面白いし」

「ちょっと、ソラってば!」

 あっさりと相棒を裏切ったソラへとトゥルクは思わず声を荒らげる。二人のやりとりを見ていたシェリサは面白そうに口元を(ほころ)ばせると、

「あらあらぁ、これは随分(ずいぶん)と将来有望そうなお嬢さんねえ。ところでトゥルクくん、私に何か用だったんじゃなくて?」

 シェリサに(うなが)されて、トゥルクは本題を切り出す。ソラの何が一体どう将来有望なのか気にはなったものの、何だか怖くて聞く気になれなかった。

「今日、ウィルナ(みさき)の下にある洞窟(どうくつ)で見つけたものをちょっと見てもらいたくって。もう今日終わりなら、明日出直しますけど……」

「別にいいわよお。今日、あんまりにも(ひま)だから、ちょっと早いけど閉めちゃおうかと思っていただけだから」

 シェリサはトゥルクとソラを建物の中に招き入れると、この街の建物の屋根に使われているのと同じ青い石でできたスツールに二人を座らせた。「昔の占い道具か何かだとは思うんですけど……」トゥルクはナップザックから紙の束を取り出して露台の上に置くと、シェリサは鑑定(かんてい)道具を手にそれを調べ始めた。

 しばらくシェリサは紙の束を()めつ(すが)めつしていたが、「ほぉぉ……」何か意味ありげに息を()らすと、彼女は二人へと向き直った。眼鏡の(ふち)が夕日を受けて怪しげな光を放っている。

「これはトゥルクくんの見立て通り、占いの道具みたいねえ。さほど状態も悪くないみたいだし、これならそれなりの値がつくと思うわよお。こういうのを好き好んで集める好事家(こうずか)も多いから需要(じゆよう)もあるしねえ。それでトゥルクくん、どうするう? これはこのまま買い取らせてもらっていいのかしらあ?」

 シェリサの話を聞きながら、なんとはなしに店内にソラは視線を巡らせる。シェリサの背後の(たな)()びついた指輪が二つ置かれているのに気づき、ソラは目を留めた。随分(ずいぶん)と傷んではいるものの、見覚えのあるデザインにソラはもしかしてとある疑念を抱き、シェリサの言葉に(うなず)こうとしていたトゥルクに待ったをかける。

「あの、シェリサさん」

 突然、会話に割り込んできたソラに嫌な顔ひとつせず、何かしらあとシェリサは間延びした返事をよこした。どうしたのだろうと、トゥルクは訝しげに茶褐色(ちやかつしよく)の視線をソラへと向けている。

「それを買い取っていただく代わりに、そこの(たな)にある指輪を譲っていただくことはできませんか?」

 あらあら、と面白そうに含み笑いをしながら、シェリサは背後の(たな)へと手を伸ばす。指輪二つを手に取ると、シェリサはそれをトゥルクとソラの前に置いた。

「普通はあなたの歳くらいの女の子はこんなものに興味は持たないんだけどねえ。汚いし、地味だし。大人だってこれの価値に気づく人はなかなかいないっていうのに、あなたなかなか見る目があるわあ」

 あの、と二人の話についていけずにトゥルクは口を挟む。

「その指輪って一体何なんですか?」

「これはねえ、どんな環境下にでも適応できるようになる優れものなのよお。砂漠でも雪山でも気候の影響を受けなくなる――簡単に言えば、これがあれば熱中症にならなくなるし、うっかり凍死したりするようなこともないわよお」

 それが本当ならなかなかに便利そうだとトゥルクは思った。時にはカミラ島の砂漠やソフィア島の氷雪地帯に赴くこともあるこの稼業を考えると、こういったものがあれば旅が快適になりそうだ。

 これも縁かしらねえとシェリサは独りごちると、

「いいわあ、そのお嬢さんの出した条件で取引しましょうかあ。その指輪もこんなところで埃をかぶっているくらいなら、トゥルクくんたちが持っていたほうがはるかに有意義だと思うしい」

 すみません、とトゥルクは軽く頭を下げると、指輪を腰のポーチにしまう。ところで、とシェリサはソラを見ると、

「お嬢さん、私の下で修行しなあい? 私、あなたのこと気に入っちゃったわあ。あなた、物を見る目がありそうだし、今から勉強すれば、将来一流の鑑定士になれるわよお?」

 考えておきます、とソラは眉尻を下げ、曖昧(あいまい)に微笑んだ。あらやだフラれちゃったわあと、シェリサはおどけたように肩をすくめてみせると、

「それにしてもトゥルクくん、その子のこと、大事にしたほうがいいわよお。こんな賢くてしっかりした子、なかなかいないものお」

「は、はぁ……?」

 トゥルクは訳がわからないといったふうに首を傾げながら、スツールから立ち上がった。ソラは大事な旅の仲間だし、シェリサの言う通り、頭も良くてしっかりしているとはと思っているが、どうしてこうも念押しされなければならないのだろうか。何故か横でソラが誇らしげなドヤ顔をしているのが更に不可解だ。

「シェリサさん、ありがとうございました」

 トゥルクとソラは掘建小屋から外に出ると、シェリサへと会釈(えしやく)をした。「それじゃあ、末永くお幸せにねえ」何に対するものなのかわからないシェリサの言葉が、街中へと戻っていく二人の背中を追いかけてきた。この短時間でシェリサは紙束の正体だけでなく、トゥルクとソラの間に一体何を見たのか(なぞ)すぎる。

 まあいいか、と思いながら、人混みを掻き分けて食べ物のいい匂いが漂う繁華街(はんかがい)をトゥルクはソラと歩き始める。お腹減ったな、と頭の隅で感じながら、トゥルクは明日の予定を考え始める。

「ねえ、ソラ。明日はどうする? ザハス丘陵(きゆうりよう)の方に行ってみようか? それとも、北西のシナイスに移動して、セドガル城跡(じようせき)のことについて情報収集してみる?」

 トゥルクは横を歩く頼もしい相棒へとそう聞いた。そうだなあ、とソラは楽しそうに言葉を弾ませると、

「明日のことよりも、私はまず何か美味しいものを食べに行きたい! 今日お昼抜いちゃったしさ」

 それもそうだね、とトゥルクは彼女の言葉に苦笑をこぼす。先程のように初対面の大人に対等に取引を持ちかけるような真似をしてみせたと思えば、こうして年相応の子供じみた表情を見せる彼女を魅力的だとトゥルクは思った。夕陽の下で無邪気な笑顔を見せる彼女は絵画の中から抜け出てきたかのように美しい。瞬く間に表情を変えていく彼女の顔から目が離せなかった。

 くすり、とソラは小さく笑い声を上げると、トゥルクの手を(つか)んだ。早くしないと置いていっちゃうよ、とソラはその手を引いた。

「ああもう……」

 しょうがないな、とトゥルクはその手を(にぎ)り返す。ソラと出会ってからというもの、気がつけばいつの間にか彼女のペースに乗せられてばかりいるように思う。祖父を亡くしてから、リブレ以外の誰かとあまり過ごすことのなかったトゥルクにとって、それは新鮮なことではあったけれど、不思議と嫌な感じはしなかった。

 この後夕飯に何を食べるかなどという他愛もないことを話しながら、トゥルクとソラはうっすらと夜の気配が漂い始めた街を歩く。

 同じ歩幅でゆっくりと歩く少年と少女の背を東の空を染め上げ始めた夜の藍色(あいいろ)が見守っていた。


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