第三章:青白の島②
勾配が急な最後の坂道を上り終えると、ふう、とトゥルクは息をついた。傍らのソラは額に浮いた汗を柔らかそうな手の甲で拭っている。
太陽は西に傾きはじめ、空と海の境目には昼と夜が入り混じったグラデーションが広がっている。眼下の街並みはうっすらと温かみのあるオレンジに染まっていて美しく、ソラはわあ、と感激で声を上げた。
「どう、ソラ。綺麗でしょ? 僕、これをソラに見せてあげたかったんだ」
「うん、すごいね。この世界は、こんなにも綺麗なんだね。明日も、明後日も、何年経っても、何百年経っても、この綺麗な景色がこのままここにあればいいなって思うよ。……私の住んでいた星にだって、きっと綺麗なものはたくさんあったはずなのに、全部、人間が壊してしまったから」
景色を眺めるソラの双眸はきらきらと綺麗なのに、その言葉からは寂しさの片鱗が滲み出ていた。彼女にかけるべき言葉がわからなくて、トゥルクは彼女の隣で黙り込んだ。なあんてね、と沈黙をごまかすようにソラは笑うと、近くにあった人の形を模した石像を指差して、
「ねえ、トゥルク。あれは何? 誰か偉い人の像?」
「ああ、これ? これは七賢人の一人、博愛のセディの像だよ」
「セディ……」
青年の姿をした石像の顔立ちに、何だか見覚えがあるような気がして、ソラは凝視する。しかし、既視感の正体は掴めそうで掴めない。身近にこんな雰囲気の人がいたような気がするのに、それが一体誰なのか思い出せない。誰だったかな、と思いながらも諦めてソラはかぶりを振った。
「この前も言った通り、七賢人っていうのは、どこからともなく現れ、この世界作った人たちなんだよ。七賢人は海と空しかなかったこの世界に、七つの島を作った。そんな彼らの偉業を忘れないために、後の世の人々は島の一つ一つに彼らの名前をつけた。そして、人々はこうして島ごとに神殿を作って、神様だったとも、この世界の最初の人類だったとも言われている彼らのことを祀っているんだ。このセディ島もその一つ」
石像を見上げるソラへと歩み寄りながら、トゥルクはこの世界の創世神話を訥々(とつとつ)と語る。
「僕はね、七賢人は神様じゃなくて人だったんじゃないかって思ってる。きっと、神様じゃなかったから、彼らが作ったこの世界は不完全で謎も多いけれど、こんなに美しいんだよ。
だからね、ソラ。君が美しいと思っている今の景色を、人は壊すだけじゃなくて、生み出すことだってできるんじゃないかって僕は思うよ。だって今、僕たちがいるこの世界の礎を築いたのは七賢人なんだから」
ソラはトゥルクの顔を見ると目を瞬かせた。「壊すだけじゃなく、生み出すこともできる、か……」小さな声で彼女はそう繰り返す。そうだね、と頷くと彼女は大人びた微笑を淡く浮かべた。
微かに潮の香りが混ざった夕風が、ソラの長い髪やロングジレの裾、水色のリボンタイの端をふわりとなびかせながら吹き抜けていく。白い石造りの神殿を背に、逆光を浴びながらこちらを見るソラの姿は、彼女の美貌も相まって、まるで一枚の絵画のように美しいのに、トゥルクはなぜか心がきゅっと切なくなった。
夕支度を始めた家々の窓にぽつぽつと明かりが灯り始め、オレンジ色に染まった街並みを彩っていた。