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第三章:青白の島①

 大市の日から数日の間、トゥルクとソラはコルニスに滞在し続けた。その間に再び、トゥルクとソラはドバシアの森の宇宙船の元を訪れたが、ソラが目覚めたことでその役目を終えたとでもいうのか、どれだけ手を尽くしてもその入口が再び開かれることはなかった。

 宇宙船の調査を打ち切ることに決めた二人は、大市の日にオーレンの馴染みの取引先だという商人から聞いた話をもとに、連絡船でセディ島を訪れていた。

「ねえ、トゥルク! あれがセディ島?」

 近づいてきた島影をソラは(ほお)を上気させながら指を差す。見るものすべて、何もかもが新鮮で仕方がないようで、エリン島で連絡船に乗ってからというもの、眠っているとき以外、ソラはずっとこの調子だ。

 そうだよ、と苦笑混じりに(うなず)くと、トゥルクはそわそわとしながら行く手を眺めているソラの横に立つ。潮を帯びてまとわりつく海風がトゥルクの鳶色(とびいろ)の髪を無造作にかき混ぜて過ぎ去っていく。

「ソラ、もうすぐ港に着くよ。降りる準備をして」

 終わりかけとはいえ、まだまだ強い夏の日差しを白い肌に浴びながら、ソラはわかった、と(うなず)いた。

 白い塗り壁に青い屋根が特徴的なアガルテの街並みがだんだんと近づいてくる。これから入港しようとしているアガルテは、セディ島の玄関口だ。

 船は汽笛を鳴らしながら、港の大桟橋(おおさんばし)へと近づいていく。着岸し、港の職員によって船体が(くい)に繋ぎ止められると、乗客が下船できるように渡り板がかけられる。

 港の職員の案内に従い、トゥルクとソラは荷物を持って、下船する人々の列に並ぶ。のろのろとしか進まない列の最後尾で、トゥルクはソラに話しかけた。

「船を降りたら、しばらく待っていてくれる? 僕は船倉(せんそう)で預かってもらってるリブレを迎えに行ってくるから」

「リブレを引き取ったら、今日はもうこのまま宿に行くんだったっけ?」

「うん。馬はあんまり船に強くないから、リブレを早く休ませてあげないと。あ、そうだ、宿で荷物を置いたら、ちょっとこの街を回ってみようか。ソラはアガルテって初めてだもんね」

 楽しみ、とソラは口元を(ほころ)ばせる。話している間に下船の順番が回ってきて、二人は少し不安定に揺れる板の上を渡り、桟橋(さんばし)の上へ降り立った。

 それじゃあちょっと行ってくるね、と言い置くとトゥルクは船倉(せんそう)の荷物を下ろしている船員へと近づいていく。トゥルクやソラよりもいくつか年上の少年船員とトゥルクが二言三言話をしているのを横目に、ソラは初めて訪れる街の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 この島では一体どんなものを目にするのだろう。元の星では汚染された空気や病原菌から隔離された場所で生まれ育ったソラにとっては、トゥルクと出会ってから見るものすべてがはじめてのものだ。この美しい世界に息づく様々なものに触れるたび、ソラの胸はこみ上げてくる感動に揺り動かされる。未知への憧憬からトレジャーハンターという道を選んだトゥルクの気持ちが少しわかるような気がした。

 引き取りの手続きが終わったのか、トゥルクがハミのない頭絡(とうらく)――無口と引き馬用のロープをつけたリブレを連れて戻ってきた。船倉(せんそう)のこもった空気にあてられてしまったのか、暑さに弱い馬は何もないところで時折躓(つまず)きそうになりながら、よたよたとした足取りでこちらへと近づいてくる。普段であれば、なぜかソラのことを目の(かたき)にしているリブレは耳を倒し、歯を()き出しにして威嚇(いかく)してくるのだが、どうやら今日の彼女にはそんな余裕はないらしい。

「ソラ、おまたせ。リブレがこんな状態だし、早く宿に行こう」

 トゥルクはよたよたと右側を歩く己の愛馬の様子に苦笑する。いつも無意味に喧嘩(けんか)を吹っかけてくるリブレだが、このときばかりは何だか可哀想に思えて、そうだね、とソラは(うなず)いた。

 ゆっくりとしか歩けないリブレの歩幅に合わせて、少年と少女は宿へと向かって歩き出す。空と雲にも似た(さわ)やかな色合いの街並みが、二人と一頭を見下ろしていた。


 アガルテの街は基本的に(がけ)の上に作られており、傾斜が緩やかな下の方が繁華街(はんかがい)、上の方が住宅街という構造をしている。細い路地と路地を繋ぐように坂や階段がそこかしこに作られており、慣れないうちは移動一つとってもなかなかに大変だ。

 宿にリブレを預け、荷物を置いた後、ソラはトゥルクとともにアガルテの街に繰り出していた。軽食の屋台で昼食がてらに名物のサバとアンチョビのサンドイッチを買い食いしたり、この街の建物の屋根と同じ素材で作られたアクセサリーの露店を覗いてみたりと繁華街(はんかがい)満喫(まんきつ)した後、ソラはトゥルクに神殿へ行こうと誘いを受けた。

「神殿?」

「うん。この街の一番上まで登ったところにあるんだけど、すごく眺めがいいんだよ。行ってみない?」

「行きたい!」

 トゥルクの提案にソラはすぐさま飛びついた。どんな景色が自分を待っているのだろうと、ソラの心は(おど)った。きっと、上から見る青と白に(いろど)られたこの街の風景はとても美しいに違いない。

 そうして、トゥルクとソラは時折坂道や階段を(はさ)みながらも、神殿へと続く道を進んでいた。先ほど食べ歩きをしたり、いろいろな露店を見て回った繁華街(はんかがい)がもうだいぶ下に見える。

「だいぶ上がってきたね。トゥルク、神殿まではもう少し?」

「いや、実はまだ半分くらいなんだよね。ソラ、少し休憩(きゆうけい)しようか」

 上からも下からも人が来る気配がないことを確認すると、二人は白い石段へと並んで(こし)を下ろす。二人は食後の口直しとして繁華街(はんかがい)の屋台で買っていた果実水に口をつけるが、この気温のせいで氷が溶けて味が薄まっている上に何だか少しぬるい。うーん微妙、とソラはストローをくわえたままひとりごちると、

「ねえ、トゥルクのやつって何味だっけ?」

「りんご味だよ。ソラのは何だっけ?」

「グレープフルーツ。トゥルクのやつ一口飲んでもいい?」

 いいよ、と果実水の入った透明なカップをトゥルクはソラへと渡してやる。ソラはカップを受け取ると、黄色と白のストラップ柄のストローに口を付ける。「あ、私のより薄い」果実水を一口飲むと、ソラはカップをトゥルクへと返す。自分の元へと戻ってきたカップを見下ろして、トゥルクはどうしようと己の軽率な行動に頭を抱えた。もしかしてこれは、いわゆる間接キスとかいうやつになってしまうのではないだろうか。涼しい顔で自分の果実水を飲んでいたソラは、カップを手にしたまま固まっているトゥルクに一瞥(いちべつ)をくれると、

「トゥルク、たかが間接キスに意識しすぎ」

「……ソラにとっては大した問題じゃなくても、この年の男の子にとっては大問題なんだよ」

「ふうん。何か男の子って、やらしいね」

「ちょっ……、やらしいって何! ソラってば!」

 別にー、と言うとソラは果実水の残りをずずずっと一息に飲み干して立ち上がり、

「はい、休憩(きゆうけい)終わり。そんなことはいいから、早く行こうよ」

「そんなことって……。はあ……もういいよ、そろそろ行こうか」

 そんなこと、と自分にとっての大問題を軽くいなされてトゥルクはがっくりと肩を落とす。ソラの目の前で彼女が使った後のストローに口をつける勇気がなくて、果実水は(あきら)めてトゥルクも(こし)を上げた。

 二人の頭上には、白壁に青いドーム状の屋根という画一的なデザインの家々が幾重(いくえ)にも建ち並んでいる。まだまだ先は長いな、と思いながらトゥルクはソラを(ともな)って、日差しが反射して眩しい白い石段を再び上り始めた。


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