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エピローグ 南十字星のマーメイド

 銀河帝国との歴史的な交渉を終え、マクシムス皇帝特使率いる大艦隊が地球軌道から去って数年。


 あの激動の時代は、地球に確かな変化をもたらした。 銀河帝国からもたらされた高度な技術は、エネルギー問題や食糧不足、さらには深刻な環境問題の解決に繋がり、人々の生活はかつてないほど豊かになった。 何よりも大きかったのは、地球人同士の争いが嘘のように消え失せたことだ。 戦争は過去のものとなり、世界中の軍事費は維持管理と軍縮に充てられ、その削減分は、福祉や公共インフラの整備、そして未来を担う子供たちの銀河への留学費用に惜しみなく投資された。 地球は、鎖国という形を取りながらも、平和と協調の時代を迎えていた。


 そして、その地球と広大な宇宙を結ぶ唯一無二の窓口、ナウル共和国。 リン鉱石採掘場跡地は、巨大な宇宙港として機能し、毎日、様々な惑星から個性豊かな宇宙船が飛来していた。 毛むくじゃらの観光客、透明な体の商人、光る生命体の芸術家…。 ナウルは文字通り「宇宙一ホットな観光地」となり、島の経済はかつてない活況を呈していた。


 僕、ボウイは、そんなナウルの新しい日常の中で、変わらずナウル政府観光課で働いている。 仕事は以前とは比べ物にならないほど忙しくなった。 様々な宇宙人のお客様の対応、新しい観光ルートの開拓、異文化理解のための研修…。 銀河帝国ナンバー2の子分(?)になったことで、世界の首脳から「よしなに」と頼まれることもあったけれど、僕にとって一番大切なのは、目の前のお客様にナウルを楽しんでもらうこと、そしてこの島が宇宙の窓口として平和であり続けることだった。 あの時の大統領の言葉ではないけれど、「おもてなし」は確かに地球を、いや銀河をも繋ぐ力を持っているのかもしれない。


 そんな、ある日の午後だった。宇宙港に降り立った船から、見慣れた、しかし何年も会っていなかった人影が降りてくるのを見た。 光を浴びて七色に輝くような髪、吸い込まれそうな美しい瞳、完璧なボディライン…。 間違いない。あの、僕の初めての宇宙人観光客。 ナウルという小さな島に、宇宙規模の注目を集めるきっかけを作った、あの彼女だ。


「…リリアさん?」


 僕は思わず駆け寄った。 彼女は僕に気づくと、あの時と同じ、悪戯っぽい、そしてどこか懐かしむような笑顔を浮かべた。


「ボウイさん! 久しぶり!」


 流暢な英語が、あの時と同じように心地よく響く。 再会を喜び、言葉を交わすうちに、彼女がナウルに「住む」ことを決めたのだと知った。 宇宙を旅するインフルエンサーが、小さな島に定住する?  驚きはしたが、不思議と納得もできた。


 僕はリリアさんのために、ナウルの沖合に新しく作られた海上コテージの一つを用意した。 海の上に浮かぶ、白くて小さな家。 波の音だけが聞こえる静かな場所。 ナウルでの彼女の新しい生活が始まった。 日中は宇宙港に顔を出したり、島を散策したり、時々SNSでナウルの日常を発信したりしているようだった。 そして、僕も仕事の合間に彼女の元を訪れるようになった。 海上コテージのデッキで、南十字星が輝く夜空を一緒に眺めたり、島の美味しい海の幸を振る舞ったり。


 リリアさんは、以前と変わらずナウルの全てに目を輝かせ、純粋な感動を表現した。 そして、二人で過ごす時間が増えるにつれて、僕たちの距離はゆっくりと、しかし確実に縮まっていった。 言葉や文化、そして種族の違いを超えて、お互いの心に触れ合うような、穏やかで温かい時間だった。


 ある日、リリアさんは僕を海に誘った。


「ボウイさん、一緒に泳ぎましょう!」


 ナウルの透き通った海を見つめながら、彼女は無邪気に笑った。


「そういえば…前にあげた、あの石、まだ持ってる?」


「うん、大切に持ってるよ」


 あの、海中で息ができるようになるという不思議な宝石。 僕はずっと、お守りのように持ち歩いていた。


「だったら、それを口に含んで、私と一緒に海に飛び込んできて」


 言われるがまま、僕は宝石を口に含んだ。 海水が唇に触れる。 リリアさんは僕の手を取ると、二人で笑い合いながら、青い海へと飛び込んだ。

 海水の冷たさが肌を包む。目を開ける。 そこは、光が降り注ぐ、別世界のような水中だった。 そして、僕の隣で優雅に泳ぐ、リリアさんの姿に、僕は息を呑んだ。


 彼女の下半身は、人間の足ではなく、光を反射してきらめく、美しい魚の尾ひれとなっていたのだ。 色とりどりの珊瑚の間を縫うように泳ぐその姿は、まさに伝説に謳われる、マーメイドそのものだった。

 海中で、彼女は少し恥ずかしそうに、しかし真っ直ぐ僕の目を見て、手話のような動きと、テレパシーのように直接心に響く声で語りかけてきた。


『海に入ると…こうなっちゃうんだけど…わたし…ここで暮らしたいの』


 この美しい姿が彼女の本当の姿。 そして、彼女は故郷ではなく、ナウルという小さな島で、僕と一緒に生きていきたいと願っている。


 僕は、驚きと同時に、胸いっぱいの愛おしさで彼女を見つめた。 マーメイド…。 宇宙人…。 そんなことは、もうどうでもよかった。 ただ、この目の前にいる、僕が愛しいと感じる彼女の全てを、受け入れたいと思った。


 僕は海中で頷き、言葉を紡いだ。 口に含んだ宝石のおかげで、不思議と淀みなく声が出た。


「いいと思うよ…」


 彼女が少し不安げに僕を見上げる。 僕は、彼女の尾ひれにそっと触れながら、心からの言葉を伝えた。


「…というか」


 この、海に囲まれた、自然豊かな、そして今や宇宙の窓口となったこの島こそ、彼女にふさわしい場所だ。 異星の存在も、海中の生物も、人間も、皆が一緒に生きていく、この新しい世界に。


「君こそ、ナウルにふさわしい」


 僕の言葉に、リリアさんの瞳が輝き、満面の笑みを浮かべた。 海中で、きらめく泡が祝福のように二人の周りを舞う。 彼女は僕にそっと寄り添い、唇を重ねてきた。 海水の味と、彼女の温もり、そして何よりも、全てを受け入れ合った二人の心。


 海上コテージの窓から見えるナウルの夜空で、南十字星が二人の未来を優しく照らしていくだろう。


 おわり

数年後──リリアとの再会。

そして、ナウルで始まるふたりの物語。

静かで温かなエンディングです。

最終話まで読んでいただきありがとうございます!

ナウルを舞台にした物語、いかかだったでしょうか?

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。

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星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)

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