第5話 銀河の親分、子分を拾う
おもてなし作戦が続き、銀河帝国使節団がナウルでの滞在に「大満足」しているというニュースが地球を駆け巡る中、ついに、銀河帝国と地球との正式な交渉の場が設けられた。 舞台は、あの超高速で建設されたナウルの巨大宇宙港に設営された、厳重なセキュリティに守られた特別会議場だ。
地球代表として選ばれたのは、紆余曲折の末、やはり世界最大の超大国であるアメリカ合衆国大統領、ポーカー氏だった。 他の主要国首脳もオブザーバーとして同席する。 対するは、銀河帝国皇帝特使マクシムス。 黒衣の装甲に身を包んだその姿は、会議場の空気を凍てつかせるほどの威圧感を放っていた。
交渉は、地球側にとっては極めて厳しいものとなった。 技術力、そして軍事力、さらには情報の量においても、銀河帝国は地球を圧倒していた。 もはや、地球側に選択の余地はほとんどない状況だった。 数日間にわたる交渉の末、双方にとって(銀河帝国にとって一方的ではあるが)極力混乱を避け、将来的な共存を目指すための案が、半ば強制的にではあるが、まとまった。
交渉の結果は、世界に衝撃を与えた。
まず第一に、地球は今後100年間、外宇宙に対して「鎖国」することが決定された。 あまりに大きすぎる技術と実力の差が、無秩序な交流や衝突を引き起こすリスクを排除するためだという。 地球人類は、その間、自らの技術を発展させ、銀河帝国の水準に追いつく努力をすること。
そして第二に、この100年間の「鎖国」期間中、地球と外宇宙を繋ぐ唯一の「窓口」として、ナウル共和国が選ばれたのだ。 人類は、ナウル宇宙港を経由してのみ宇宙へ、銀河帝国へ行くことが許可される。 ただし、その数は厳しく制限される。 一方、銀河帝国民を含む外宇宙の存在が地球を観光したい場合は、ナウルを通してのみ入域が可能となる。 観光に飛来できる宇宙船の数も、ナウル宇宙港の規模で受け入れ可能な範囲に限定されることになった。
つまり、ナウルは文字通り、地球と銀河、そして広大な宇宙を結ぶ「唯一無二の接点」となったのである。 そして、ある程度の銀河帝国民が、ナウルに合法的に「居住」することも認められた。 ナウルは、地球上で唯一、異星人が暮らすことを許された場所となったのだ。
こうして、銀河帝国皇帝特使マクシムスとアメリカ合衆国大統領ポーカー氏の間で、歴史的な調印がナウル宇宙港の会議場で行われた。 重々しい雰囲気の中、両者は書類にサインを交わす。 その瞬間、地球の未来は、大きく、そして予測不能な方向へと舵を切った。
調印式の後、両陣営による晴れやかな会食が催された。 緊張から解放されたような、しかしどこか戸惑いと安堵が混じり合った雰囲気が会場を漂っていた。 各国の首脳たちは、銀河帝国の高官たちに対し、慣れないながらも懸命に友好を示そうとしている。 ナウル政府の人間や、おもてなしチームの面々も、この歴史的な瞬間に立ち会っている。
その席で、マクシマム特使が杯を片手に、ふと呟いた。
「わしは宇宙中あちこちで接待を受けたわ。 財宝、地位、名誉、美男美女……果ては自分の惑星すら差し出す外道もおった。 じゃが、そんなものに"心”はないんじゃ。 地球の、ボウイのもてなしは本物よ。 わしはそれがほんまに嬉しかったのう」
その口調は、巨大帝国の実力者のそれというよりも、遠い星で生きてきた一人の“古い男”の語り口だった。 高圧的な特使の仮面の下に、確かに情があった――
そして、それこそが、銀河帝国という冷酷な機構の中でも、彼が特別な存在である理由だったのかもしれない。
その会食の賑わいの中央で、銀河帝国皇帝特使マクシムスが、ふと、何かを見つけたように視線を止めた。 その先には、ウェイターのように飲み物を配っていた、僕、ボウイの姿があった。
マクシムス特使は、それまで周囲と談笑していたにも関わらず、突如として僕にまっすぐと歩み寄ってきた。 黒い装甲に身を包んだ彼の姿は、会食場の華やかな雰囲気の中で、異様な迫力を放っている。
「…ボウイ」
僕の名前を呼ばれた。あの、少し掠れた、どこか故郷を懐かしむような響きのある声。
「へ…?」
僕は思わず素っ頓狂な声を上げた。 なぜ、銀河帝国の特使が僕の名前を? 僕たち観光課の職員は、彼らの食事のサポートなどをしていたが、直接言葉を交わす機会などほとんどなかったはずだ。
マクシムス特使は僕の肩に、ドスン、と重みを持って手を置いた。 そして、その場にいた、米国大統領ポーカー氏をはじめとする各国の首脳たちの方へ、振り返りもせずに言った。
「おい、お前ら。 こいつはな…わしの子分じゃけぇ」
……え?
その言葉を聞いた瞬間、僕の脳は完全にフリーズした。 子分? 誰が? 僕が? この、銀河帝国の、それも皇帝特使の? そして、今、なんと言った? 「~じゃけぇ」?
マクシムス特使は、僕の肩に置いた手に力を込めたまま、さらに続けた。
「わしが直々に盃をやった男よ。 ええ男じゃけえ、お前ら、みんなようしたってのう」
……待て待て待て! 盃? 子分? 任侠の世界かよ! そして、あの、「~じゃけぇ」という、あの時の! 夕暮れの砂浜で、ビールを酌み交わした、あの初老の宇宙人!?
「え…あ、あなたは…こないだの…」
僕は、マクシムス特使の、仮面の下にあるであろう顔を呆然と見上げた。 間違いない。あの時の、悲しそうな、でも最後にウィンクしたあの宇宙人だ。 まさか、この黒衣の、威圧的な銀河帝国の特使が、あの人だったなんて…!?
マクシムス特使は、僕の狼狽した様子を見て、フッと喉の奥で笑ったような音を漏らした。
「おう、ボウイ。 覚えとったか。 わしはお前が気に入ったけぇの」
彼は周囲の首脳たちに聞こえるように、さらにとんでもないことを言い放った。
「おやっさん(銀河皇帝)にもよう話しとくけぇ、近いうちに、おやっさん(銀河皇帝陛下w)の盃も受けにこいや」
……えええええええええええええええっ!?!?!?
銀河皇帝の盃ぃっ!?!? それって、一体どういう意味なんだ!? 僕はただの、ナウル政府観光局の、しがない職員ですよ!?
脳内の処理能力が限界を超え、僕はもう何が何だか分からなくなっていた。 ただ、目の前の宇宙騎士の、圧倒的な存在感と、彼から向けられる(任侠的な)親愛の情だけが、強烈な現実としてそこに存在していた。
「え、ええーと…よろしく…お願いします…?」
絞り出すようにそう言うのが精一杯だった。
マクシムス特使は、ガハハハ、と高らかに笑った。 それは、会議場全体に響き渡る、支配者の笑い声だった。
「ガハハハハ! 良い返事じゃ!」
そして、彼は再び周囲の地球首脳たちに視線を向けた。 その瞳には、任侠者特有の凄みと、そして僕に対する明確な庇護の意思が宿っていた。
「地球の衆よ。 よう聞け。 こいつは、わしの息子みたいなもんじゃけん…」
彼の声が低くなる。 その場の全ての視線が、マクシムス特使と、そして彼の隣に立つ僕に集中している。
「粗末に扱こうたら、許さんで」
その言葉を聞いた、米国大統領ポーカー氏、ロシア大統領、中国国家主席、そしてその他の主要国首脳たちの顔は、文字通り顔面蒼白だった。 彼らは、銀河帝国ナンバー2の特使から、一介のナウル人職員である僕に対する、絶対的な庇護宣言を聞いたのだ。
マクシムス特使は満足そうに頷くと、僕の肩から手を離し、来た時と同じように、堂々とした足取りで会食の中心へと戻っていった。
その後、銀河帝国大艦隊は、静かに地球の衛星軌道から姿を消した。 ナウル宇宙港には、最低限の連絡員と、そしてこれからナウルに居住することになる銀河帝国民の一部を残して。
広大で、静かになった宇宙港の中央で、僕は立ち尽くしていた。 先ほどまで僕が頭を下げていた(文字通り!)世界の首脳たちが、今度は僕にへりくだるように話しかけてくる。
「ボウィさん、今後の事は、本当に、よしなに御取り計らいを…」
ポーカー米国大統領も、先ほどの威勢はどこへやら、すっかり凹んだ顔で僕に話しかけてきた。
彼らの、あまりの変わりように、僕は呆然としていた。 そして、ふと、一つの考えが頭をよぎった。 そうだ。 今なら…! 僕は、未だ混乱し、しかし僕に期待の目を向けてくる世界の首脳たちに、勇気を振り絞って言った。
「あのー、みなさん…」
彼らは真剣な表情で僕の言葉を待っている。 銀河帝国の「子分」になった僕の言葉を。
「…前から、言いたかったんですけど」
僕はナウルの青い空を、そして目の前に広がる巨大な宇宙港を、そして遠くに見える故郷の島を見つめた。
「…関税引き上げとか、もう止めましょうよ」
「…あと、戦争もやめて、みんな仲良くしましょう」
「この際だから、国境もゆるーくして…」
僕は、少しだけ俯き加減に、しかし確かな声で続けた。
「…地球で、一つにまとまりませんか?」
世界の首脳たちは、一瞬、呆然とした表情を浮かべた。 それは、彼らが今まで考えてもみなかった、「宇宙」という視点からの、あまりにもシンプルで、あまりにも途方もない提案だった。
南十字星が、ナウルの空で、静かに瞬き始めていた。
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