第3話 地球存亡(?)おもてなし大作戦!
銀河帝国皇帝特使マクシムスからの、反論を許さない要求が地球全土に響き渡ってから、数時間が経過していた。
「人類の代表よ、ただちにここへ参集されたし」
その言葉は、地球を、特に外交の中枢である国連をかつてない混乱に叩き込んだ。 どこの国が、誰が、この宇宙の超大国と交渉するのか? 各国の代表は自己の国益を主張し、責任のなすりつけ合いにも似た激論が交わされた。 議題は山積し、時間は刻一刻と過ぎていくのに、結論は全く出ない。 皇帝特使マクシムスが指定した「ただちに」が、刻々と過ぎていく。
その頃、ナウル共和国政府は、文字通りてんやわんやだった。 ナウル大統領執務室では、大統領が頭を抱えていた。 大統領は、温厚で人当たりの良い人物だが、良く言えばおおらか、悪く言えば少し楽天的なところがある。
「うーん、困ったねぇ。宇宙帝国さんとお話しなきゃいけないのに、地球の皆さんがなかなか代表を決めてくれないんだ。待たせるのは失礼だよねぇ」
執務室に呼ばれた僕は、大統領のあまりに軽い口調に眩暈がしそうだった。 いや、困ったねぇ、じゃないですよ! 相手は惑星破壊戦艦を10隻も連れてきたんですよ!?
「それで、ボウイ君。君にお願いしたいことがあるんだ」
大統領は僕に書類を差し出した。 そこには、国連からの、いや国際社会からの要請とも命令とも取れる言葉が並んでいた。
『銀河帝国使節団がナウルに滞在中、地球代表が決定するまで、彼らを最高の形で歓待し、友好ムードを保つべし』
「…もてなす、ですか?」
僕は指令書を握りしめた。「どうやって?」という言葉が喉まで出かかった。 相手は宇宙人、しかも銀河帝国の高官だ。 地球のもてなしが通じるのか? そもそも、何をもって最高のおもてなしとするのか? 観光局の職員である僕に、一体何ができるというのか? 大統領はそんな僕の困惑を気にする様子もなく、自信満々に胸を張った。
「そう! 君には、この未曽有の事態を乗り切るための、非常に重要な任務を任せる!」
そして、笑顔で言った。
「大丈夫だ、ボウイ君。強力な助っ人を呼んである。さあ、入ってくれたまえ!」
ドアが開かれ、入ってきたのは、息を呑むほど美しい女性だった。 歳は僕より少し上くらいだろうか。艶やかな黒髪を結い上げ、品のある着物を纏っている。 その佇まいには、どこか浮世離れした美しさと、同時に揺るぎない芯の強さが感じられた。
「ご紹介します。日本から来ていただいた、海道美景さんです。日本の、温泉旅館の女将さんだよ」
大統領はにこやかに紹介した。 女将さん? 温泉旅館?
「そして、美景さんと一緒に来てくださった、旅館のスタッフの皆さんです!」
その後ろから、同じようにハキハキとした様子の男女が数名、深々と頭を下げた。
「…え? 大統領? 大丈夫ですか? この人選で…?」
僕は思わず声が裏返ってしまった。銀河帝国相手に、温泉旅館の女将さんとスタッフ?
大統領は不思議そうな顔をした。
「何を言ってるんだ、ボウイ君。 知らんのか? 日本のおもてなしは世界一なんだぞ! どんな相手であろうと、最高のホスピタリティで魅了することができる。 これは、地球が、いや人類が銀河帝国に示すべき、最も洗練された文化なんだ」
大統領はそう断言した。そして、美景さんに向き直り、真剣な表情で頭を下げた。
「海道美景さん、ナウルと地球の運命は、あなたの『おもてなし』にかかっています。 どうぞ、お力添えをお願いいたします」
美景さんは穏やかな笑顔で応じた。
「大統領、お任せください。 我が『海道旅館』が培ってきた全てを以て、銀河帝国の皆様を心ゆくまでおもてなしいたします。 ボウイさん、あなたには私の助手として、ナウルのことも色々と教えてもらいますよ」
美景さんは僕に優しく声をかけた。 僕はただ、圧倒されながら「ええーと、よろしくお願いします…」と答えることしかできなかった。
日本政府の反応は、驚くほど素早かった。 自衛隊の大型輸送機がナウルに次々と飛来し、信じがたいことに、日本の温泉旅館が「バラされて」運び込まれたのだ。 そして、ナウルの海岸線近くの一角に、みるみるうちに本格的な日本建築の宿が出現した。 さらに、自衛隊の輸送艦も全速力で駆け付け、ナウル小学校の広い校庭に、臨時の大規模入浴施設や、炊き出し(宇宙人用特別仕様のケータリング)ブースまで設営された。
そして、ナウルのテレビやラジオでは、連日、海道美景女将による「宇宙人御一行様おもてなし講座」が放送され始めた。 「宇宙のお客様への敬意の示し方」「好ましいコミュニケーション方法」「食事の際の注意点」など、その内容は多岐に渡り、ナウル国民は皆、真剣な表情で耳を傾けた。 かくして、ナウルは文字通り、官民一体、全島を挙げた「銀河帝国使節団おもてなし大作戦」の様相を呈してきた。
そして、銀河帝国の皆様への本格的なおもてなしが始まった。 黒衣の宇宙騎士マクシムス特使をはじめとする銀河帝国使節団は、完成したばかりのおもてなし宿へ案内された。 彼らは最初、地球の文化に戸惑っているようだった。 特に「お風呂」には驚愕していた。
「こんな液体に全身を浸すのか?」 「これは何かの洗浄儀式か?」
…美景女将さんとスタッフ、そしてサポートに回るナウル島民や自衛隊員たちは、宇宙人の様々な反応に丁寧に、そしてプロとして対応した。 熱すぎる!と言って飛び出す者、気持ちよさに湯船で眠ってしまう者…。
初めての地球食もまた、彼らにとっては未知との遭遇だった。 色とりどりの料理、今まで嗅いだことのない芳しい匂い。 最初は警戒していた彼らも、美景さんたちの「食べず嫌いはいけませんよ」と言わんばかりの穏やかな勧めと、その美味しさに、次々と舌鼓を打ち始めた。
そして、初めてのお酒。 ナウルのビールや、日本から取り寄せられた日本酒は、彼らの体にどのような影響を与えるのか? 少量で顔を赤くする者、陽気になって歌い出す者、そのまま眠ってしまう者…。 宴の席は、異文化交流が生む予測不能なドタバタで常に賑わっていた。
お座敷では、日本から呼ばれた芸者衆が美しい舞を披露し、砂浜では、ナウルの人々が色鮮やかな衣装を纏い、力強く伝統の踊りを披露した。 地球の、そしてナウルの豊かな文化は、銀河帝国の使節たちを大いに魅了したようだった。 結果として、銀河帝国の皆様は、ナウルでのおもてなしに「大満足」しているようだった。 彼らの顔から険しい表情は消え、穏やかな笑顔を見せる機会が増えた。
しかし、その一方で、地球側の交渉代表を巡る国連の議論は、相変わらず出口の見えない泥沼状態だった。 世界の政治家たちは、ナウルの小さな島で繰り広げられている、前代未聞の「おもてなし外交」の行方を、ただ固唾を呑んで見守るばかりだった。
南十字星が、ナウルの夜空で静かに輝いていた。 その光は、この島が今、地球の運命を乗せた、宇宙一ホットな舞台となっていることを知っているかのようだった。
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