第2話 銀河の咆哮、星降る島へ
リリアさんがナウルを去ってから、また一か月が過ぎた。
あの、夢のような、そして少し胸を締め付けられるような一日が現実だったのか、時々掌に残された宝石を見ては考え込んでしまう。 観光局の仕事は相変わらず退屈だったけれど、リリアさんのことを考えると、見慣れた島の風景も、以前より少しだけ輝いて見えるような気がした。 彼女がSNSでナウルのことを発信したという話が気になって、時々空を見上げてしまう僕がいた。
しかし、その穏やかな日々は、何の前触れもなく終わりを告げた。
まず、地球の天文台が、そして瞬く間に世界中の宇宙監視ネットワークが、信じがたい光景を捉えたのだ。 月の裏側。人類の目が届きにくい、しかし探査機や衛星が多数展開されているその空間に、突如として異質な存在が出現した。 一隻、また一隻…その数はみるみるうちに増え、あっという間に一万隻を超えた。 円盤状のもの、流線型のもの、巨大なもの、小型のもの…。デザインも様々だが、どれも間違いなく、地球の技術水準をはるかに超えた「宇宙船」だった。 それらは、月の裏側で静かに密集し、まるで次の指示を待っているかのように、全く動きを見せない。
これは後で知ったのだが、リリアさんのSNSが引き起こした、宇宙規模の「バズ」の結果だった。 彼女がナウルの魅力と、かつて宇宙港だった可能性を示唆する光のサインについて発信した情報は、あっという間に銀河中のフォロワーに拡散され、「地球」という未知の惑星、そして「ナウル」という秘境への観光熱が一気に高まったのだ。 そして、宇宙の旅行者たちは、最も手っ取り早く地球に接近する方法として、月の裏側に集結してしまったのである。 その数は、地球の交通インフラでは到底受け入れられない、文字通りの「観光客殺到」だった。
この未曽有の事態は、彼らの本国――広大な銀河を支配する「銀河帝国」の元老院でも問題視された。 無秩序な観光客の流入は、地球という未開惑星に混乱をもたらし、帝国の外交方針にも影響を与えかねない。 事態を収拾し、地球との接触を管理するため、元老院はある人物の派遣を決定した。 それは、皇帝の懐刀、銀河帝国の実質的なナンバー2、マクシムス皇帝特使だった。
そして、突如として地球の衛星軌道上に、マクシムス特使率いる銀河帝国艦隊、10隻の巨大な戦艦が出現したのだ。 流線型の、しかし見る者に圧倒的な威圧感を与える黒い船体。 それは「惑星破壊戦艦」と呼ばれ、一隻だけで惑星一つを消滅させる力を持つという。 全地球はパニックに陥った。 これは侵略か? 数百万年前に地球を訪れた存在が、今、その力を以て襲いかかってきたのか?
世界中が恐慌状態に陥る中、10隻の戦艦のうちの一隻から、全地球に向けてメッセージが発信された。
『地球人類に告ぐ。我々は銀河帝国皇帝特使マクシムス率いる平和使節である。我々の目的は交流であり、侵略ではない。月の裏側に集結している自国民は、貴星への観光希望者であり、我が帝国がその調整を行う』
平和使節…? 惑星破壊戦艦を10隻も引き連れておいて? メッセージの内容と、目の前の光景のギャップに、地球の人々は混乱するばかりだった。 メッセージに続き、その一隻の戦艦が、ゆっくりと地球の大気圏に突入し、目指す場所へと降下を開始した。 その場所とは――ナウル共和国、リン鉱石採掘場跡地だった。
巨大な戦艦が、まるで着陸ではなく「出現」するかのように、跡地の上空に静止する。 そして、見る者に理解不能な、しかし圧倒的な力が解放された。 荒涼とした奇岩群が、まるで粘土のように自在に変形し、削り取られ、平らに均されていく。 広大な大地が、たった一日で、巨大な建造物の基礎へと生まれ変わったのだ。 それは、数百万年前の宇宙港の痕跡をなぞるかのように、しかし遥かに大規模で洗練された、巨大な「宇宙港」としてその姿を現した。
夜、完成したばかりの巨大宇宙港の中央に、一隻の小型船が着陸する。 そこから降りてきたのは、黒を基調とした威圧的な装甲に身を包んだ人物、銀河帝国皇帝特使マクシムスだった。 彼に続き、大勢の銀河帝国の官僚や、精鋭らしき近衛兵士たちが整列する。
マクシムス特使は、ナウルの地に降り立ち、全地球に向けて、静かだが反論を許さない声で告げた。
「この地を、銀河帝国と地球との交渉の場としたい」
その言葉は、ナウルを超え、地球全土に響き渡った。
「人類の代表よ、ただちにここへ参集されたし」
この未曽有の要求に対し、地球は再び混乱の渦に巻き込まれた。 国連では、どこの国が、誰が、人類の代表として交渉の場に立つかで、連日激論が交わされた。 各国の思惑が複雑に絡み合い、一週間経っても全く結論が出ない。 その間、地球に降り立った銀河帝国使節団をどうする? 惑星破壊戦艦がナウルに停泊している状況で、彼らを怒らせるわけにはいかない。
――地球代表が決まるまで、銀河帝国使節団の皆様を、最高の形でおもてなしせよ。
国際社会からの、そしてナウル政府からの、途方もない指令が、僕たち観光課の職員に下されたのだった。
「え…僕らが…? もてなすんですか…?」
観光課の小さなオフィスで、指令書を握りしめながら、僕は呆然と呟いた。 相手は銀河帝国。 惑星破壊戦艦を引き連れてきた、宇宙の超大国だ。 どうやって? 一体、何をすればいいんだ? 僕の目の前には、途方もない現実が、巨大な壁のように立ちはだかっていた。 南十字星が、その夜も静かに瞬いていた。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
少しでも楽しんでいただけたなら嬉しいです。
もし「面白い!」と思っていただけたら、評価(☆)をぽちっと押していただけると励みになります。
星は何個でも構いません!(むしろ盛ってもらえると作者が元気になります)
そしてよろしければ、ブックマーク登録もお願いします。
更新時に通知が届くので、続きもすぐ追えます!
今後の展開にもどうぞご期待ください。
感想も大歓迎です!