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アルリアの部屋

 歯車の館は、増築を繰り返しているのか、構造が入り組んでいる。下層は基本的にレンガ造りで、上の方に行くと木組みで作られている。壁の材はまちまちで、板張りや漆喰、レンガそのままなどなど。

 共用廊下は静寂と香に浸されていて、空気は乾いているが、嫌な感じはしない。壁に取り付けられたランプが、柔らかな光を放って廊下を照らしている。どうやら魔力で灯っているらしいが、どこからエネルギーを供給しているのだろう。


「ここが私の部屋よ。」


 上り階段を3回ほど通ってすぐのところにアルリアの部屋はあった。扉の傍の窓からは1つ目の中庭が見える。扉の手前の階段の手摺が洒落た形をしていてなんだか嬉しい。

 扉を開けると、廊下とはまた違う爽やかな甘い香りがした。少し青さもある、花とかそっち系の香り。というか大丈夫かな、僕変なニオイとかしないよな……?


「左手の手前のドアの部屋をユウタが使って。物置みたいになってるけど、寝るところくらいはあるから。」

「わかりました。」


 扉を開けると、右手に本棚と机。壁一面に本がびっしりで圧倒される。左手には小物が置いてある棚の向こうにドアが2つ。手前が僕の部屋になるみたいだ。


「もう一個向こうのドアは私の寝室だから、あんまり開けないでね。」

「寝室に入るなんて恐れ多い。開けませんよ。」

「勝手に入ったら、あなたの部屋、離れの物置に変えるからね。」

「離れがあるなら、最初からそっちじゃなくていいんですか?」

「あっちは足の踏み場がなさすぎるの。」


 アルリアは意外と持ち物が多いタイプみたいだ。奥のキッチンも物が多いし、さらにその奥にも物を置いている部屋がある。物が多いのに、散らかっている感じはせず、すべてがそこにあるべくしてそこにあるように感じる。


「疲れたでしょ?座って。お茶を淹れてあげる。」

「手伝いますよ。」

「じゃあ、そこの棚にお茶っ葉があるから、好きなのを選んで頂戴。」


 そう言うとアルリアはお湯を沸かす用意を始めた。キッチンには流しとコンロ。水道は無いようで、蛇口付きの大きなガラスの容器から水を出している。

 キッチンと反対側にある棚には、窓から光が入っていて、茶葉の入った瓶がキラキラとしている。10種類以上あるから、とりあえず手にとって匂いをたしかめる。果物のフレーバーティーやハーブティーという感じだろうか、どれもいい香りがする。

 ふたつほど、他に比べて地味な緑色の葉がある。かいだことのある香り。これは多分緑茶だろう。小さく丸まった葉と、ちょっと大きく細長い形になっている葉。大きいほうが少し香ばしい感じがする。


「それは東の方のお茶ね。もしかして同じようなものがあるの?」

「ありました。」

「あら、よかった。味も近いといいね。」


 そう言うとアルリアはこちらに近づいてきた。暗いところから窓の傍へ来ると、光を透して、彼女の白銀の髪の美しさが際立つ。


「こっちの緑っぽいほうが、なんか丸い感じの味がしてね、こっちの茶色い方は苦みが強めで、さっぱりした感じ。どっちにする?」

「どっちも気になりますけど、こっちにします。」


 苦いのが飲みたい気分だったから、茶色っぽくて葉の大きい方にした。この世界にはコーヒーはあるのだろうか。

 アルリアは茶葉の瓶をテーブルに持っていき、ポットにふたつまみいれて、瓶を僕に渡した。瓶を棚に戻して、もうやることもないかと思って椅子に座った。


「この上の戸棚にカップがあるから、とってくれない?」


 お湯の沸いた薬缶をテーブルに持っていきながらアルリアは言った。確かに、彼女の身長では踏み台がないと厳しそうだ。とはいえ僕も165cm程しかないのでちょっと背伸びしないととどかない。

 戸棚を開けると、陶器のカップと硝子のカップがあった。どちらも高級品ではなさそうだが、とても精巧な作りに見える。シンプルな白い陶器のカップを選んで持っていく。取っ手がないタイプで、表面は細かくザラザラした感じ。緑茶には丁度いいかなと思った。


「ありがとう。」


 そう言ってカップを受け取ると、カップに少しお湯を注ぎ、何度か回して捨て、今度はたっぷりとお湯を注ぐ。それをずっと見ていると、話しかけてきた。


「やっぱり、元の世界に帰りたい?」

「……いえ、実はそんなに帰りたいと思っていなくて。自分でも驚いているんですけど。」

「あまりいい場所ではなかったの?」

「そんなことはないですよ。仕事は楽しくやっていましたし、生活に困ってたわけでもない。」

「そうなの?ならどうして?」


 貴女があまりに素敵だから。とは流石に言えない。でも何故かはわからないけど、帰るということは不可能なんだと、感覚でそう思っている。自分の存在がこの世界に定着して、世界にそれを承認されてしまったような、そんな感覚。小学生の頃に転校したとき感じたような、自分が異物だと取り扱われているような感じがしない。まだそんなに多くの人と関わったわけではないけど、アルリアのお陰で大丈夫な気がしている。


「なんとなくこの世界が気に入ったから、とかですかね。」

「なにそれ、はっきりしないのね。」


 ちょっと怪訝そうな顔をしながら、カップの温度を確かめて、お湯をポットへいれる。緑な感じの爽やかな香りがふわっと香る。


「うまく言葉に出来ないんですが、帰るという選択肢があるように感じられないんですよね。この歳で新しいところに移住というのも悪くないです。」

「なるほどね。というかあなた何歳なの?」

「26歳です。」

「あら、30は超えてるかと思ってた。」

「そんなに老けてますかね。」

「大人な感じがしたってこと。……いい意味でよ。」


 アルリアは何歳なのかは聞いても良いものなんだろうか。20くらいに見えるけど、神秘的な雰囲気もあるし、実は100歳超えてましたと言われても別に驚かないかもしれない。

 彼女はポットからお茶を注いで、差し出してくれた。ここまで実に慣れた手つきで、上品な所作だった。

 ひとくち飲むと、香ばしく青さのある香りと深い苦み。後味はさっぱりしている。彼女の言うとおりだ。淹れ方もきっといいのだろう。確かお湯の温度はちょっとぬるくして淹れたほうがいいんだっけ。飲み慣れた緑茶の味に心が落ち着く。


「美味しいです。」

「よかった。……ねぇ。」

「はい、なんですか?」

「見せてよ、あなたの元いた世界。」


 写真を見せてほしかったみたいだ。ほんの少しだけ興奮気味だ。

 デジタルカメラの電源は普通に入った。電池もまだたっぷりあるみたいだ。普段は定期的にデータをバックアップして、カードを初期化していたのだが、その作業をする直前で割と写真が溜まっているときでよかった。


「へぇ、雷の力の気配がするのね。」

「そんなことわかるんですか?」

「私、結構魔力とかの流れに敏感なの。」

「そういえば、そんな感じのこと言ってましたね。僕がいた世界では電気の力でいろんなことをしていました。」


 再生ボタンを押して、ダイヤルをぐるぐる回して、写真をアルリアに見せていく。いつも何気なく撮っていた風景が、今いる場所とはあまりに違うものでおもしろいなと思った。川の水の流れる景色や、夕焼けの空、海峡にかかる大きな橋、街灯、交通標識、そしてビル街。やはり都市風景が目新しかったようで、興味津々といった様子。


「見せてくれてありがとう。普通には絶対見れなかったものを見れるなんて、嬉しい。」

「喜んでもらえたならなによりです。」

「見たこと無い世界だから特別に見えるのかもしれないけれど、あなたの撮る写真は美しいと思う。」

「え、ありがとうございます。全然趣味のアマチュアですけど、嬉しいです。」

「この世界で、あなたがどんなルミオグラフを見せてくれるのか、楽しみ。」


 これを渡しておかなきゃ、とアルリアは奥の部屋に行き、カメラのようなものを持ってきた。


「これがルミオグラファー。魔法式のものよ。」


 アルリアから受け取った魔法式ルミーは、ずっしりと重かった。自分のデジタル一眼レフと同じくらいのサイズ感で、フィルムが入りそうな部分が出っ張っている。


「多分私が近くにいないと使えないけれど、あなたに貸しておくね。」

「ありがとうございます。これはどうやって記録するんですか?」

「中に小さな魔力石がいくつか入っていて、それが記憶してくれるの。」

「ちなみに薬式っていうのはどんなふうなんですか?」

「あっちは光に反応する薬品を硝子板に塗って、それに露光をして、そのあと定着させる作業が必要、みたいな感じだったと思うわ。白黒でしか記録できないけど、誰でもすごく繊細に記録できる。」


 やはり薬式はフイルムの前身みたいなものなんだろう。カラーはまだ発明されてないみたいだ。なんとか作れないかな。


「魔法式は、魔法が使える人なら色のついた状態で見ることができる。でも紙とかに記録するには白黒でしかできない。なんとか色付きでできないか研究されてるって聞いたことはあるけど。」

「じゃあ僕は撮ったものを白黒でしか見れなさそうってことですかね。」

「うーん、私が見たものをあなたにも見せる方法はあるのかもしれない。」

「それができたら、思念伝達みたいなこともできちゃいそうですね。」

「その発想はなかったわね。とはいえ、やっぱりあなたも魔法を覚えるに越したことはないと思う。」

「頑張りたいと思います。」


 お茶の時間は緩やかに終わり、アルリアはカップとポットは洗っておいてと言って、ギルドへ出かけていった。

 言われたとおりに洗って、布巾で拭いて乾かしておいて、そういえば一人になるのは昨日の夜以来であることに気づく。昨日の夜はあんなに絶望的な状況から、今となっては優雅にお茶を嗜んでいる。


 受け取ったルミーのファインダーを覗いてみる。操作は昔のカメラみたいにアナログのようだ。しかし、シャッターを押しても反応はしない。たぶん、僕が魔力というものを認識できていないからどうしようもないのだろう。レンズは35mmの単焦点と言ったところだろうか。絞りもあるようだ。


 自分に与えられた部屋に入ってみると、目の前には少し古そうな木製のテーブルがあり、道具やアクセサリーが置いてあるようだ。左手にはワードローブがあり、アルリアの服がかけてある。姿見もあるし、ここは彼女のウォークインクローゼットみたいな場所ではな無いだろうか。大丈夫かな。

 入って右手の奥に、もう一つ扉が見える。位置的にアルリアの寝室へと繋がっているのだろう。絶対離れにしたほうがいいと思うけど。彼女がいいと言うのだから、ありがたくこの部屋に住まわせてもらおう。


 もう日は傾き始めていて、窓からオレンジ色の光が一筋。ふと、光の中で埃が舞い上がり、金色の粒がきらきらと輝く。

 もうここまで来たら、新しい生活を受け入れていくしかない。きっと楽しめるという予感を、夕日が運んできたように思った。


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