ショッピング
ギルドを出ると、街の朝の賑わいは、風が通り抜けるたびに静かにほどけ、街は昼の支度へと歩みを進めていた。まだ朝の気配を残した空気が心地よく頬を撫で、そして次の瞬間には様々な匂いを混ぜて、捏ねて、乗せたような風が漂う。
肉や魚を焼く香ばしい匂いや、焼き立てのパンの豊かな香り、乾燥させたハーブの複雑で奥行きのある香り。働く人たちの食欲を一身に受け止めようとするゼフィラの商店街は、じんわりと中から熱を帯びている。
魔法ギルドをはじめとしたいくつかのギルドや、様々な商会の拠点が集まるエリアから、ゼフィラの主要な商店街へ抜けてゆく通りには屋台や飲食店が多い。明確な境界はないものの、商店街の入り口に差し掛かると、店が軒を連ねる。
最初に目に入ったのは魔法道具店。重厚な石造りの軒先には、小さな風車が付いたなにかの道具や、ランプ、携帯香炉など、外で使えそうなものが並べられている。
ほかには冒険者向けの商店や、服屋に革製品店、靴屋、日用品店などが並んでいて、仕事や生活のための買い物に来た人で賑わっている。
「まずは服を見に行こう。あなたに合いそうな服を置いてるお店があるから。」
アルリアはそう言って一瞬振り返ったかと思うと、また先へと進んでいく。歩くのに合わせて揺れる髪は、どこか楽しそうなリズムを刻んでいるように見えた。
*
商店街の賑わいの中を進み、アルリアに導かれるままに一軒の服屋へと足を踏み入れた。外観は落ち着いた木の造りで、入口にはシンプルな布の暖簾が揺れている。
店内に入ってすぐのところには、展示台が置いてあり、木製のマネキンが並ぶ。マネキンのコーディネートはシンプルで実用的なものが多い。色合いも落ち着いていて、確かに自分好みなラインナップで嬉しい。
この店は、シンプルでフォーマル寄り。素材感にこだわった服が多いという印象だった。街中で着る用のちょっとお洒落なものと、冒険用の丈夫なものの両方が、同じような世界観で用意されていて、冒険者などの野外活動の多い人に人気がありそうだ。
アルリアについていく形で店の奥の方に進む。店内は少しゆとりのある広さで、整然と服が並べられていて、木の香りと布地の匂いに満ちている。
男性もののシャツのコーナーに着くと、アルリアは淡いグレーの綿麻のシャツを選んで渡してくれた。襟元はスッキリとしたスタンドカラーで、木製のボタンは作りが良い。袖口には僅かに刺繍模様が施されていて、シンプルながらもさり気なく洒落感もある。
パンツはすっきりとしたシルエットのカーキ色のものを選び、さらに薄手のカジュアルなジャケットを組み合わせた。
「こんな感じでどうかな?」
「いいですね。僕が元いた世界で着ていた服を知ってたのかなって思うくらい好みにあってます。」
「なんか、もともと着ていた服と似ちゃったかもしれないね。」
仕事の移動中だった僕は、カジュアル目なスーツを着ていたから、たしかに方向性は似ている。
店員に試着をお願いして、試着室へ入る。鏡の前でシャツのボタンをとめながら、生地の肌触りの良さに驚く。柔らかさと丈夫さを兼ね備えた質感ながら、重さを感じない。織りの技術が非常に高いのだろう。
パンツを履き替え、ジャケットも羽織ると、想像以上にしっくりと馴染んでいる。
「うん、似合ってる。」
「すごくしっくり来てます。ありがとうございます。」
「せっかくだから、そのうち東の方の国のアイテムも合わせたいね。」
「アルリアさんはところどころ東洋のモチーフがありますよね。」
「そう。この帯は私のアイデンティティ。」
彼女がそう言うのは、腰に巻いた細い帯のようなもの。洋装に合わせているのか、幅4センチほどといったところで、ベルト用に巻いていておしゃれだ。絹織物のような光沢感と和柄が特徴的で、毎日違うものをつけている。今日は桜のような薄ピンクに花柄という、結構可愛らしいものを選んでいるようだ。
帯や、彼女が持っている羽織物をみると、東方の国の和装文化も元いた世界と似ているか、ほとんど同じなのかもしれない。機会があったらいろいろ聞いてみたい。
「これで決まりで良かった?」
「はい。これにしようと思います。同じものを2セット買います。」
「じゃあ、次は冒険用の服だね。」
アルリアは店員を呼び、似たテイストで冒険用を探してほしいとお願いした。
深緑色のシャツはこちらもスタンドカラーで、関節部分に補強の布が入っている。全体は少し分厚いが、より速乾性のある素材になっているとのこと。濃いブラウンのジャケットは、かなりしっかりしたもので、肩や肘には革を使っていて、動きやすさと耐久性に優れる。
「冒険用となると重々しい感じかと思いましたけど、街の中に居ても不自然じゃないデザインがいいですね。」
「そうね。」とアルリアはシャツの裾を軽く指で摘みながら言った。
「作業着にも使えるしいいと思う。あとこれ、部屋着にどう?」
着替えている間に部屋着を選んできてくれたようだ。柔らかい素材の杏色のシャツと、ルーズめのパンツ。歯車の館の中では行動して大丈夫そうな見た目で、楽に過ごせそうなチョイスがありがたい。
「なにもない日は、ちゃんと楽に過ごせる服も必要。」
「そうですよね、ありがとうございます。」
そうして、日常生活の服と冒険服、そしてオフのときに着る服を揃えることができた。まとめて買ったからか、結構な値引きをしてくれた。良い買い物ができたし、次に服が必要になったときも、またこのお店に来ようと思う。
*
服屋を出て、次に向かったのは革製品の専門店。工房も備えた職人のお店のようで、店内に入ると、革の独特な香りがしてすこしワクワクする。
「このお店のもの、私も使ってるの。すごく丈夫で、修繕もちゃんとしてくれるから安心。」
「パッと見でも分かります。作りが丁寧ですね。」
店内を見回すと、壁際にはしっかりした造りの鞄が種類ごとに並べられ、中央の木製のテーブルには財布やコンパクトなポーチが置いてある。カウンターの奥には工房が見え、職人らしき男性が黙々と作業をしている。
「あら、アルリアさん、いらっしゃいませ。なにかお探しですか?」と20代くらいの女性の店員が声をかけてくれる。
「彼が新しい鞄を探してて。冒険にも使えるしっかりした物がいいんだけど。」
それを聞いた店員は、いくつかの鞄を棚から取り、カウンターに並べた。丈夫な帆布と革の組み合わせのものや、全体的にガッチリしていて厚手の革でできたものなど、どれも長く使えそうな物だ。
「これ、いいんじゃない?」
アルリアが手に取ったのは、濃いブラウンのショルダーバッグ。装飾などはなく、落ち着いたデザインで、ほどよく艶感のある、よく磨かれた革。金具は少し黒っぽい真鍮のような色合いで、華美ではないのに高級感も感じられる。
少し小ぶりではあるけれど、外側には小さなポケットが付いていて使い勝手も良さそうだ。
「いいですね。見た目も好きな感じで、使い勝手も良さそうです。作りが良いので長く使えそうなのもいいです。」
「あなた、あまり持ち物も多くないし、これくらいのサイズのほうが動きやすくていいと思う。」
実際まだこの世界に来て数日、持ち物といえばお金と借りているルミーくらい。明日からの任務でも手回り品としてはそんなに多くない気がする。野営などの道具はどうするんだろうか。
試しに鞄を肩にかけてみると、革が柔らかく体に馴染み、サイズ感もちょうどよかった。
「これに決めようと思います。」
「うん、いいと思う。」
「明日からの任務に大きい鞄はいらないですか?」
「それは私の持ってるバックパックで足りるはず。」
「じゃあそのバックパックは僕が持ちますね。」
「ありがとう。お願いするわ。」
店員にこの鞄に決めた旨を伝え、お金の入った紙袋を取り出すと、アルリアが「あ、そうだ。」と呟いて真ん中のテーブルへ向かう。
アルリアは少しテーブルの商品を見比べ、なにか商品を一つ手に持って戻ってきた。
「これ、どう?」と彼女が差し出すのは、少し青みがかったグレーの長財布。基本無地だが、ワンポイントで型押しの装飾が入った上品なデザイン。
「上品な感じで良い財布ですね。あ、でも財布まで買うとお金が厳しいかもしれないです。」
「これは私から。」
「え、そんな、悪いですよ。」
「いいの。お祝いだと思って。」
「お祝い、ですか。」
「うん。あなたの技術が認められたし。今回の任務は正式にあなたも名前が載っているし。」
「いや、でもアルリアさんには今日までずっとお世話になっているのに・・・。」
「あなたのお陰で報奨金もらえたんだから、その分ってことで。ね?」
そう言って首を傾げるアルリアに一瞬幼さの片鱗をみて、ずるいと思った。そんなやり取りをしながらも、アルリアは財布の分の会計を済ませていて、やはりずるい。
「ありがとうございます。大事に使います。」
「うん、どういたしまして。」
「今度なにかお返しさせてくださいね。」
「楽しみにしてる。」
彼女は嬉しそうにそう言った。
鞄の会計を済ませ、新しい財布を開く。半分ほど使ってしまった報酬を丁寧に移し替え、それを鞄へと収める。この鞄とも、財布とも、そしてアルリアとも本当に長い付き合いになる予感がして、心のなかに温かいものが生まれた気がした。
*
革製品店を出ると、ちょうど斜め向かいに靴屋が見えた。店の外には山登りもできそうなしっかりとしたブーツや、軽装向けのサンダルが値引きされて置いてある。
店内へ足を踏み入れると、さほど広くはないが、真ん中には試着用に椅子があり、壁面にはびっしりと靴が陳列されている。取り扱いは革靴がメインのようで、店先にもあったガッチリしたブーツから、おしゃれなローファーまで様々。布製でつま先と踵に革が使われているカジュアルなものもある。
ここも奥には工房スペースがあり、メンテナンスも引き受けてくれそうだ。
「いらっしゃいませ。何かお探しですか?」と奥で作業をしていた若い女性が声をかけてくれた。
「普段使いできて、冒険にも使えるような靴を探してます。」
「多用途に使われるということだったら、オーダーメイドをおすすめしてるんですが、いかがですか?」
「オーダーメイド・・・、とても魅力的なんですけど、明日必要なんですよね。」
「そうでしたか。そしたら、あるものでお探ししますので足のサイズを測ってもよろしいですか?」
真ん中の椅子に腰掛けて、靴を脱ぐ。仕事用にしていたブラウンの革靴も、先日の任務で少し疲れているように見える。また今度、この靴も手入れしてもらおうかな。
お店の人はサッと足のサイズを測ると、黒のレースアップブーツを持ってきてくれた。スッキリとしたフォルムで、革は柔らかいながらも適度な厚みがある。靴底はグリップの効いた加工がしてあり、少し険しい道でもしっかりと歩けそうだ。
右足の靴を手に取り、じっくり見ていると、アルリアも隣に座り、左足の靴を指でなぞるように見つめていた。
「これ良さそうね。私のサイズもないかな。」
「お探ししますね。」
なんだかアルリアもこれが気になっているみたいだ。
とりあえず、そのまま試着してみる。さすが、サイズはピッタリのものを持ってきてくれているようで、フィット感が素晴らしい。紐を結べば、足首もしっかり守られているが、動きを制限されることはない。立ち上がって軽く歩いてみると、革が足に馴染む感覚が心地よい。
「どう?」
「いい感じです。驚くほど歩きやすいです。」
「私、このお店ではお手入れだけお願いしてて、靴は履いたことないんだよね。」
「お待たせしました。これだとどうですかね。ちょっとだけ小さいかもしれないですけど。」
「ありがとう。」
アルリアは靴を受け取り、履き替えると、すぐ立ち上がって二、三歩ほど歩いた。アルリアの歩き方は、背筋がスッと伸びていて、洗練されている。
「うん、いいね。あなたは?」
「僕はこれに決めようと思います。」
「じゃあ私もこれに決めちゃおう。」
お揃いということ・・・?いいのだろうか。でも、スッキリしたフォルムのブーツは彼女にとても似合っている。女性用は少しだけ筒丈を長く作ってあるようで、ふくらはぎのラインを美しく引き立てている。
「アルリアさんも買うんですか?」
「うん。ちょうど冒険用の靴ほしかったの。」
「僕のと同じになっちゃいますけど、いいんですか?」
「だって、これいいなって思ったんだもん。」
彼女はそう言うと、足を軽く鳴らしてくるりと回ってみせた。
お揃い、なんか嬉しいなと思いながら、お会計を済ませた。慣らすためにも、二人して新しい靴で店を出る。靴は少し重たくなったけど、足取りはずっと軽くなった。
*
似たような音、違うリズムで街の石畳を鳴らし、冒険者向けの道具を扱う店へ向かう。店内には、ロープや携帯食料、ポーション類が置いてあり、奥には軽装の防具やキャンプ用品があり、見た感じは元いた世界のアウトドア用品店と雰囲気は似ている。
「基本的な道具は私が持ってるから、消耗品を買い足すのと、夜用の防寒具とか水筒とかをあなた用に買えばいいね。」
「わかりました。必要なもの教えてくれますか?」
アルリアは慣れた手つきで、最低限の道具を見繕ってくれた。取っ手付きの金属製のカップや、携帯食料、小さなポーションを三種類、あとは水筒と浄水魔石、寝袋のような防寒具とロープがあっという間にかごの中に揃った。
「携帯食料は味気ないから、あとで干し肉とチーズも買いましょ。」
「結構な荷物になりそうですね。買い足すものはこれくらいですか?」
「バックパック、結構重たくなるから頑張ってね。あとはあるものでなんとかなると思う。」
「頑張ります・・・。」
「ごめんなさい、冗談。重力の魔法で少し軽くできるから大丈夫。」
「いろんな魔法が使えるんですね。」
「一応、魔法ギルドのメンバーだからね。」
ちょっと謙遜したふうに言うけど、多分アルリアは魔法使いの中ではけっこう位が高いのではないかと思う。使える魔法の種類が多いのは、普通に誰でもできるようにはあまり思えない。
最低限の装備を、任務の前金を活用して揃えて、店を出た。
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冒険者ショップの後には、保存食品の専門店で干し肉などの食料を調達して、今日の買い物は完了した。食べ物を見たからか、お腹が空いたなと思っていると、風鳴の塔から正午の音楽が聞こえてきた。
「ねぇ、お昼を食べたらちょっと塔に登ってみない?荷物はギルドに預けて。」
「いいですね。行ってみたいです。」
この間、風鳴の塔の展望台に行こうと言ってくれていたのを思い出す。あの高さからだと、街の全体はもちろん、周りの環境も見渡せるだろう。
ギルドに戻って荷物を預かってもらい、食堂で昼食をとる。明日から体力を使うから、しっかり食べておいたほうがいいということで、2人ともステーキセットを頼んだ。
料理を待っている間、風音楽器の音に耳を傾ける。今日も穏やかな旋律が流れていて、すこし疲れた頭を解きほぐす。アルリアも少し疲れたようで、ぼんやりと厨房の方を眺めている。束の間の沈黙も心地よく、出会ってまだ数日なのに、そう感じられるのはアルリアの人柄によるものなのだろうか。




