儀式
神殿内に低く響く鐘の音とともに、ギルドマスターのカイリオンと、他の神官よりもひと際立派な装いに身を包んだ壮年の男性が正面の祭壇へ向かって歩いてきた。カイリオンに続いて、フェリンともう一人の受付嬢が大きなかごを持ってついている。
「マスターと一緒にいるのが、ここの神官長ね。」
と、アルリアが小声で教えてくれる。
二人の受付嬢が持つかごを、神官四人が受け取ると、中に入っていた大きめの記憶玉を祭壇にあらかじめ置いてあった台座へ並べていく。また、さらに2人の神官が直径40センチくらいはありそうな水晶玉を持ってきて、祭壇中央に設置する。
祭壇が整えられると、ギルドの三人は後ろへ下がり、最前列の椅子に座る。それを確認した神官長は、祭壇の前に立ち、その周りを神官たちが囲むように立つ。
そのとき、隣に座っているアルリアが手を握ってくる。驚いて彼女の方を見ると、彼女は言う。
「雄太、まだあなたは魔力の流れがあまり見えないと思うから、見えるように補助するね。」
「ありがとうございます。」
「よく見ておいて。」
昨日もそうだったが、アルリアは僕と手を触れ合うことに躊躇がない。どうしても彼女の体温に意識が行ってしまうが、とにかく祭壇の方を見ることに集中する。
すると、視界に今まではなかった層が開かれたような感覚がした。さっきまでは見えていなかったのに、記憶玉がほんのりと光を宿しているのが見える。おそらくそれは物理的な光ではなく、アルリアの補助によって可視化された魔力あるいは記憶。一方で、中央の玉は光を持っておらず、ひとことで表せば空虚。察するに、これから対価として与えられる魔力を受ける器として用意されているのだろう。
静まり返った空間のなか、神官長が息を吸う音が聞こえてくる。いっそう神殿全体に緊張感が満ち、彼の低く深い声が響き渡る。
それは魔法の詠唱で、内容は理解できない。けれど、自分の眼前で、神を呼び起こす儀式が執り行われているということは分かった。
そして、神殿の空気がより一層重くなる瞬間を感じた。魔力が可視化されていてもなお姿は見えないけれど、確実に今、そこに、大いなる存在がいる。
並べられた記憶玉が微かに震え、吸い上げられていくかのように光が立ち上ってゆく。糸を紡ぐように絡まり合いながら上って、どんどんと光は濃度を増し、やがて天井近くの神像の顔の前に着く頃には、解けて消えていく。消えるといっても、消滅しているのではなく、まるで奥の方にある空間に吸い込まれていくように。
「わかる?記憶が神に届けられていくのが。」
と、アルリアが囁くのに、わずかに頷くことしかできずに、ただその光景を目に焼き付けようとする。
光の渦が吸い上げられていくのとは反対に、次第に神像の手のあたりから別の光が現れ始めた。記憶の光が穏やかな金色をしているのに対し、新たなその光は虹色のように多彩な色に溢れている。
「あの手のあたりから出ているのが魔力。私たちの魔力とはちょっと違うでしょ。」
「虹みたいにいろんな色に見えますね。」
虹のような光をまとった魔力は、祭壇中央の大きな水晶玉へと流れ込んでいく。魔力を受け取った水晶玉は徐々に光を帯び、それはまるで宇宙の闇の中で新たな星が生まれる瞬間を見ているかのようだった。
記憶玉から立ち上る光はしだいに薄れ、ついには完全に空っぽになってしまった。それでも中央の水晶玉には光が降り注ぐ。その間、神官たちは微動だにせず祈りを捧げ続けているようだ。
やがて、神像の手から流れる光も完全に止まると、神官たちは深く頭を垂れ、神官長がまた何かを詠唱する。
「これで儀式は終わり。このあとギルドの人達は、あの魔力で満たされた魔力石を持って帰って、今度は王国の魔力管理部門に引き渡し。あと、報酬の計算も。」
「ギルドのお仕事って大変なんですね……。」
「儀式の前には記憶をまとめる作業もあるんだからもっと大変。あまりにも多くてパンクすると、ヘルプに駆り出されるんだから。」
どんな世界でも事務作業は大変なようだ。
神官たちは祭壇を片付け始め、カイリオンをはじめとしたギルドのメンバーも、魔力石を受け取って、慎重にかごに納めている。
最後に神官長が祭壇に向かって深い一礼を捧げると、空間を支配していた緊張感が一気に緩み、いつの間にか神の存在感も消えていた。
神殿の中は再び静寂に包まれた。しかしそれは、ただの空間ではなく、なにか大きな存在がそこにいた痕跡のような余韻が残っているように感じられた。
すべて片付くと、神官たちとギルドのメンバーは祭壇脇の通路へと出ていき、穏やかな風が戻ってきた。
今までの常識では考えられない、圧倒的な情報量にあてられ、余韻に浸っていると、何故か手を繋いだままでアルリアが問いかけてくる。
「どうだった?」
「ちょっとまだ言葉に出来ないかもしれません。元いた世界でも、なんとなく神様がいそうだなみたいな場所ってあったんですけど、さっきのは本当にそこにいましたよね。」
「そうね、エオルスは姿こそ滅多に見せないけど、普段の儀式のときは、正面の像を依り代に降臨するの。」
「姿を見せることもあるんですか。」
「基本ないんじゃないかな。とはいえエオルスはあえて見せることはしてないけど、霊体のようなものだから見ようと思ったら見れる。それを咎めもしない。」
「他の神様はどうなんですか?」
「本当にいろいろ。人間の姿で普段からいるのもいるし、絶対に見せないのもいる。」
「個性というか、それぞれの意志があるんですね。」
「神ってひと括りに言うけど、概念ごとに無数にいるからね。」
そうしてこの話に区切りがついた頃、神官長とカイリオンがこちらに向かってくるのが見えた。神官長は先程の儀式のときのように威厳ある佇まいではあるものの、穏やかな笑みを浮かべている。
「アルリア様、そしてユウタ様。この度は神殿に足をお運びいただきありがとうございます。」
神官長は深く一礼し、アルリアの方へ視線を向ける。
「アルリア様、本日はお会いできて光栄でございます。最近のご活躍は、私の耳にも届いております。」
「ご無沙汰ね。今日は彼がゼフィラに来たばかりだから、ここで私たちの仕事が何につながっているかを見せたかったの。」
「左様でしたか。アルリア様とユウタ様は同郷と伺っております。これからのお二人のご活躍が楽しみでございます。」
アルリアと神官長のやり取りを聞いていると、まるでアルリアのほうが身分が高いように感じられるのは気のせいだろうか。
そう思いながら聞いていると、カイリオンが話しかけてくる。
「今日の儀式で授かった魔力が、想定よりかなり多かったようでな。君のルミオグラフが高く評価されたのではないかと思う。」
「そうなんですか!ありがとうございます。」
「実際私も見させてもらったが、君の表現は今までにない斬新さを兼ね備えていながら、絵画的な構図が素晴らしい。森の中でアルリアちゃんが歌っているものは、つい私も見入ってしまった。」
「お褒めいただき光栄です。」
「あら、そうやって歌っている姿を見られるのはちょっと照れるね。」
「明日には報酬が確定しているだろうから、取りに来てくれ。二人に行ってほしい任務もあるから、その話もあるだろう。」
カイリオンに褒められたのも嬉しいが、撮った写真が奉納され、その価値を認められたということも嬉しい。まるで世界そのものに承認されたような感触は、元いた世界では感じたことのなかったものだ。