エオルスの神殿へ
新しいベッドで気持ちよく目を覚まし、今日は昨日よりも朝食の用意に参加した。アルリアと一緒に台所に立つのはなんとも言えない幸福感がある。
朝食と身支度を済ませて、昨日よりはゆっくりと出発をした。
街の中心部に近づくと、少しずつ空気が変わっていくような気がした。街を満たしていた穏やかな風は、規則的な流れを帯び、清らかで透明感のある空気が肌を撫でる。風鳴の塔から聞こえる音もだんだん近くなり、その音が持っていた優しいイメージが、どこか神聖な響きへと変化していくのを感じた。
大きな建物が近づいて見上げると、頂に風見鶏を掲げた荘厳な姿が視界に飛び込んできた。その大きさと圧倒的な存在感に息を呑んでいると、半歩先を歩いていたアルリアが振り返って、微笑む。
「これがエオルスの神殿。立派でしょ。」
「すごいですね。近づいていくほどに空気が変わっていく気がします。」
神殿の外壁は白い大理石のようなものでできていて、朝の陽光を眩しく返してくる。壁面は風をモチーフとした模様の彫刻が施され、風神エオルスへの信仰や、風そのものへの敬意を表している。
入口に着き、大きな木製の扉を開いて中に入る。入ってすぐのところに女性の神官がいて、こちらに気づくと、ゆっくりと頭を下げて柔らかな声をかけてきた。
「アルリア様、そしてお連れ様。ようこそいらっしゃいました。お会いできて嬉しいです。」
神官のアルリアを見る目には、親しみと敬意が宿っているように感じられ、おそらくアルリアはここに来る機会はたまにあるのだろうなと思った。
「今日は奉納の儀式を見学しに来たんだけど。」
「はい、伺っております。儀式が始まるまでは、まだ少しお時間がございますので、よろしければ中でお待ちください。」
神殿の内部は、柔らかな薄明かりに包まれていた。正面奥の天井には天窓が設けられ、そこから差し込む光が神像をしっとりと照らしている。光に導かれるかのように、神像の方へ向けて風が流れていき、光と風の調和に感動する。
香が焚かれているようで、草木の青さを感じさせる爽やかな香りが漂っている。その爽やかな香りは、風や空気への尊敬と、淀みなきようにという祈りを込めているのだそうだ。
壁面は風を象徴するかのような、神像に向かって行く流線型のデザインで、よく見るとその曲線には精緻な彫刻が施されている。
高い高い天井からは、舞い上がる風あるいは天から吹く風を模した彫刻が垂れ下がり、微かな風に揺れている。
アルリアに先導されて奥の方へ進み、中ほどの列の椅子に座る。
「ここで少し待ちましょ。」
僕は頷き、アルリアの隣に座り、改めて周りを見渡す。空間に漂う静謐な空気と、遠く聞こえる風鳴の塔の音色。この場所には、確かな信仰が息づいているのがひしひしと伝わってくる。
「儀式は週に一回、一週間で魔法ギルドに集まった記憶を全てまとめて奉納するの。あなたが昨日撮った写真もね。」
「昨日ギルドに預けたやつですね。」
「そう。儀式後に、どの記憶にどれだけの魔力が与えられたかの記録が残るから、それに応じて報酬が計算される。あなたにも報酬がちゃんと出るはず。」
この世界に来て日も浅いのに、もうお金を得られることに少し驚く。やったことがしっかり評価され、対価が支払われる。当たり前のことが、この世界では当然に行われているのは素晴らしい。
「一文無しを脱却できそうでありがたいです。」
「あなたの表現力ならきっと結構な額がもらえると思う。神も、ギルドも、価値に応じた確かな評価をして、それがすべて改ざん不可能な記録として残る。安心して託して大丈夫。」
「ギルドは神様から魔力を得るんですよね。その魔力はどうなるんですか?」
「国が買い上げて、いろんなことに使うの。街の中の灯りも、山から水を運んでくるのも、家で料理に使う熱源だって国の機関が供給してる。」
要は魔力は資源であり、行政が管理してインフラ運営に活用しているということらしい。この街では風車が多く、風の力も活用しているから、余裕を持った生活ができているのかもしれない。