歌と写真と帰り道
最初の儀式の後、4箇所で同じことをして、帰路につく。日が傾き始めていて、森の中は少し暗くなり、時々差してくるオレンジ色の光が僕たちを照らす。
今日の儀式は、すべての場所で同じことをしたけれど、アルリアの歌は毎回アドリブなのか、少しずつ違う歌のように感じた。
「毎回歌が違うものみたいだったんですけど、なにか理由とかあるんですか?」
「理由っていうか、なにか決まった歌を歌っているわけじゃなくて、自分の気分とかその時の感情とか、あとは精霊からの反応とかに応じて歌ってるから、逆に同じ歌になることってほとんど無いと思う。」
ある意味セッションと言うか、ジャズ的な感じなんだろうか。もしこの世界に録音技術があるなら、記録しておきたい。
「精霊からの反応が返ってくるんですか?」
「人間みたいな反応じゃないけど返ってくる。光とか、風とか、魔力とかで何かしら反応があるの。」
「なんというか、森とか世界そのものと対話して、音楽にしているみたいでいいですね。」
「その時、その場の精霊たちを巻き込んで歌ったほうが、自分の魔力の消耗は少なくて、生み出せる魔力が多いの。あと、そのほうが楽しい。」
そう言ってアルリアは笑顔をこちらに見せた。
「僕も、歌っているアルリアさんと、少し姿を見せて来ている精霊たちとの光景に、突き動かされるように写真を撮っていたんですけど。楽しかったです。」
「私も写真を撮ってるあなたを見てた。あんなに動き回りながら、たくさん撮る撮り方ってあんまり見たことがなかったから、ちょっと驚いちゃった。」
さっきのはフォトセッションみたいなスナップという感じだっただろうか。こちらの世界ではしっかりと構えて撮るスタイルが主流なのかもしれない。
「でも、写真も私の歌と同じように、その場の流れで生み出していくのは、新しいし面白いと思う。得られる魔力も、もしかすると多いかもしれないね。」
「普通は写真はどんなふうに撮られるものなんですか?」
「絵を描くみたいに、綺麗な光景を探して撮ったり、その日の天気とかを記録するために撮ったり、肖像写真を撮ったり、かなぁ。」
「僕みたいな撮り方は、元の世界ではスナップ写真と呼ばれていたんですけど、ああいうスタイルは無いんですね。」
「作品とか記録として、簡単に紙に焼いて残せるのは薬式で、そっちは一枚撮ったら硝子板を入れ替えないといけないから、ちゃんと構えて撮ることになるし、魔法式は魔法ギルドとかが神に捧げるために撮ることがほとんどだから、その発想はなかったのかもしれないね。」
「なるほど……。魔法式から紙に焼くのって大変なんですか?」
「けっこう大変よ。記録を正確に読み取って、正確に光魔法で印画紙に投射して、っていうことができるのは、かなり熟練の光の魔法使いじゃないとできないんだから。」
「全然イメージができないんですけど、人を通すとなると相当難しそうな気がします。」
「魔法陣にする研究もされてるの。でも術式が複雑になるから、とっても大きな魔法陣が必要で、歯車の館4個分くらいになっちゃうみたい。」
なんというか、昔のコンピューターは滅茶苦茶大きかったのに、電卓よりも計算の力が低かった、みたいな話に近いものを感じる。
「デジカメユーザーの僕としては、魔法陣の完成を応援したい気持ちですね。」
「ゼフィラのアカデミアで研究してるから、今度連れて行ってあげる。」
「ありがとうございます。ちなみに、アカデミアに行けば僕の撮った写真も紙に焼けますか?」
「あら、わざわざアカデミアにいかなくても、印画紙を手に入れたら出来るよ。」
「アルリアさんがですか?」
「うん。」
「すごいですね。」
「ふふっ、ありがとう。」
褒めると素直に嬉しそうにするアルリアの姿に可愛らしさを感じつつ、彼女が光属性であることを思い出した。そして、その実力は自分の想像を遥かに超えるものかもしれないと考えた。彼女に協力してもらえば、色々な写真表現ができそうだ。
ゼフィラに近づく頃には、すっかり日は沈んでいて、街はほんのりと温かい光に包まれていた。今回は門で止められることもなく街に帰り着き、街灯に照らされた石畳の道を歩く。所々にある酒場や、屋台の周りのベンチは、仕事を終えた住民たちで賑わっていて、思わず立ち止まり、何枚か写真を撮った。
魔法式ルミーのウエストレベルファインダーは、今まで使っていたカメラとは違い、胸のあたりで構えるものだから、レンズの前の人達に意識されること無く撮れる感覚がある。
街を歩き、魔法ギルドに着く。受付にいる人は昨日や今朝とは違う人だった。アルリアは受付嬢に話しかけ、魔法陣や記憶を集めた玉を置き、任務の報告報告に来た旨を伝える。受付嬢は背後の棚からファイルを取り出し、いくつか質問をしてアルリアがそれに答える。ファイルの中にあった報告書のようなものに、最後にアルリアがサインをして、報告を終えたようだ。そのあとアルリアは付け加えるように話しかけた。
「記憶の魔力石をいくつか用意してほしいのだけど。」
「ご購入ですか?」
「そう。隣の彼が持っている魔法式ルミーの記憶を複製して保存しておきたいの。」
「複製したあとはギルドに納められるということですか?」
「うん。」
「それでしたら、保管用ということで支給してもらえるかもしれませんので、マスターにお伝えしておきますね。」
「あらそうなの?それなら私から直接言ってみるね。ありがとう。」
受付でのやり取りを終えると、アルリアは歩き出しながら言った。
「食堂によって晩御飯にしましょ。」
「はい。お腹すきましたね。」
「お昼はあんまりちゃんと食べてないもんね。」
昼食は早めの時間にパンを食べただけだったから、ずっと前からお腹が空いている。多分何回かアルリアに腹の虫の音を聞かれていると思う。