初めての任務の日の朝
空からの青い光と、キッチンから聞こえる物音で目を覚まし、少し体を動かしてみると、床に直置きされたマットレスが柔らかいような硬いような感触を返してきた。昨日は少し飲みすぎてしまったようで、目覚めはあまり良くないけれど、昨日の朝と比べればかなり恵まれた寝床のおかげで、身体の疲れはすっかり取れていた。
キッチンへ向かうと、アルリアが朝食を用意してくれていた。
「おはよう。もう少しでできるから、朝ご飯にしましょう。」
「おはようございます。ずいぶんと寝てしまっててすみません、手伝います。」
「大丈夫よ。下に降りて顔洗って来てちょうだい。」
「はい、ありがとうございます。」
一階に降りて、共用の洗面所で顔を洗っていると、段々と周りの住人たちも動き出している様子だった。この歯車の館だけでも色んな生活があるんだなという、当たり前のことを実感して、なんとなく嬉しい気持ちになる。日陰の中庭は少し肌寒いけれど、少しずつ温かさを帯びていく。
部屋に戻ると、テーブルにはベーコンエッグとクロワッサンとコーヒー。元いた世界でよく見る洋風の朝食のような感じ。
「さぁ、食べましょう。コーヒーにミルクは?」
「何も入れずに飲みます、ありがとうございます。」
アルリアは優しく微笑んで向かいに座った。飾り気があるわけではない朝食の風景なのに、彼女が朝食を食べる姿は、まるで高級ホテルか西洋の城でのワンシーンのようだと思った。いつかもう少し信頼関係が築けてきたら、彼女の生活の風景を写真に撮りたい。
クロワッサンは表面を軽く炙ってあり、バターの豊かな香りが漂う。サクッと音を立てて食べてみると、中はフワッとしていて理想的。ベーコンエッグのベーコンは、燻製の香りの中にフルーツのような甘い香りもありとても美味しい。
簡単ながらも美味しい朝食を楽しみながら、今日の予定について教えてもらう。今日は朝からギルドに行き、ミーティングに参加して、その後任務に赴くという一日だそう。
そんな話をしているうちに、窓の外の街も段々と人の動く気配がしてきた。まだ早い時間なのに、ゼフィラの街は一日の始まりを奏でている。風とともに生きるこの街の朝は、少し忙しないけれど楽しげな曲が聴こえてくるようだ。
食べ終わると、アルリアが食器を下げようとしてくれたけど、せめて片付けは任せてくださいと言って、食器を洗った。飲用の水とは別に、食器を洗ったりするための水は木の桶に入っていて、聞けば水汲みをしてくれる人がいて、桶とガラスの容器を廊下においておくと、夕方までには水で満たしておいてくれるらしい。
「準備ができたら、行きましょうか。」
アルリアはそう言って、自分の部屋に身支度をしにいった。食器を洗ってからは自分は着替えるくらいだったので、本棚を眺めたりして待つ。
アルリアの身支度はそう長くはかからず、街を歩きだした。朝の光が街の石畳を照らし、風が彼女の純白の髪を揺らす。日の光を浴びた温かい白と、空の青を受けた白の対比が美しく、ずっとそのなびく髪を見てしまう。そしてその光景に、今日はどんな一日になるのだろうかという期待がこみ上げてきた。普通だったら不安を感じそうな場面なのに、彼女の美しさにはそういう力があるのかもしれない。
-
ギルドに着くと受付に挨拶をして、廊下を進み会議室へ向かう。会議室の扉は開かれていて、中からは和やかな会話の声が聞こえてくる。
会議室には既に15人ほどの魔法使いが集まっていた。それぞれ情報交換をしたり、世間話を交わしたり、あるいは何か資料を読んだりと、それぞれに過ごしている。魔法使いたちの服装は、伝統を感じるローブやカジュアルな格好、ギルド支給と思われる制服のような服装とそれぞれ個性がある。
「おはようございます。アルリアさん。」
アルリアの後輩のような男性が挨拶をしてきた。歳はアルリアより少し上のようだけど、先輩への敬意を感じる振る舞いだ。アルリアから軽く紹介され挨拶したあと、彼はアルリアから引き継いだ案件について経過を話しているようだ。
会話を終え、会議室中央のテーブルに添えられた椅子に並んで座る。豪華なものではないが、しっかりした作りの年代物の木製テーブルと、座りやすく肘掛けの具合もちょうどいい木製の椅子。この世界の木工の技術は、自分の居た世界と同等かそれ以上なのではないかと思わされる。
おおよそ週に一度開かれるミーティングには、ギルド会員の中でも幹部クラスの人物や、ギルドにフルコミットで働く人など、いわゆる正社員のような人たちが参加する。ギルドとの関わり方はそれぞれ自由だが、一定以上貢献する魔法使いはかなり組織的に動いているらしい。
少しして、ギルドマスターのカイリオンが受付嬢フェリンを連れて入ってくる。それを見て、皆それぞれ席についたり、席は限られているため壁際に並んで立つ者もいた。カイリオンが中央の席に座り、フェリンは黒板の前に立つ。その頃には部屋の中は静寂が訪れた。
「みんなおはよう。」
「「おはようございます。」」
「今回、我らがゼフィラ支部に新しい仲間が参加した。ユウタ・シラサキだ。アルリア、紹介してくれ。」
「はい。彼は一昨日の魔力異常の区域で発見され、東方の国から魔法事故で転移してきました。私と同郷で言葉が通じるのと、魔法を習得する意志があるので、当面の間私の弟子として行動をともにします。今は翻訳魔法で言葉が通じますが、こちらの言葉も学びたいらしいので仲良くしてくださると私も嬉しいです。」
「はじめまして。色々とご教授いただけると幸いです。よろしくお願いします。」
なんというか、新社会人の頃を思い出す緊張感だったが、思ったよりも温かい視線で迎えられ少し安心した。
僕の紹介が終わり、ギルド本部からの伝達事項がカイリオンによって読み上げられる。世界的な魔法に関する情報や、学術的な情報、本部からの要請やコンテストの開催情報などがあり、魔法ギルドがどのような活動をしているのか想像することができた。
続いて、それぞれのメンバーやチームからの報告に移った。大規模な案件もあるようで、チームのリーダーが緊張感を持って報告を行っていた。アルリアの順番もあり、僕が転移してきた日について詳細な状況を報告していた。
会議の終わりが近づくと、フェリンが立ち上がり、事務的な連絡事項を伝える。何人かが後で受付に寄るように言われたなかにアルリアも入っていた。最後に、次回のミーティングの日程が10日後と共有された。
「以上で本日のミーティングは終了とする。皆、事故等無いように頑張ってくれ。」
カイリオンが締めの言葉を告げると、部屋の中に安堵の空気が流れ、魔法使いたちは次々と挨拶を交わしつつ部屋をあとにする。何人かは僕にも挨拶をしてくれた。
熱心にメモを取っていたアルリアも、ひと段落ついたようで、椅子から立ち上がりこちらを向いた。
「受付に行こっか。たぶん今日の仕事についてだわ。」
「はい、行きましょう。」