アルリアの歌
夕方頃、アルリアが戻ってきて「酒場に行こう」と誘われた。歯車の館から歩いて数分、通りに面した大きな建物の一階がお店になっている。
扉を開けると、店内は木目調の内装でいい雰囲気だ。客もよく入っていて程よく活気があり、ピアノの演奏が披露されていた。
「ユウタ、お酒が飲めるなら飲んでもいいよ。」
「おすすめはありますか?」
「私、まだ飲めないの。」
おっと、アルリアは未成年だったのか?
「この国では年齢制限はないのだけど、私の故郷では20歳になるまで飲んではいけない決まりでね。」
「そうなんですね、一緒に飲めるようになったらぜひ飲みましょう。」
「楽しみにしてる。あと一年くらいの我慢だね。」
アルリアがちょっとうれしそうな表情をするからドキッとしてしまった。そして彼女は19歳ということが判明した。
「ご注文はお決まりですか?」
「お任せで何品か持ってきて頂戴。あと、彼になにかお酒を。私はいつものやつ。」
「最初はエールを飲まれる方が多いですが、それでよろしいですか?」
「はい、それでお願いします。」
麦があるならビールもあるか。ありがたい。あとはウイスキーとかもあると嬉しいな。とはいえ、未成年の女性の前であんまり酔うわけにもいかない。ほどほどに。
ピアノの演奏も盛り上がってきて、ちょっと楽しくなってきたところで、飲み物と最初の一品が運ばれてきた。
「おまたせしました。エールとハーブレモネード、風見魚のフリットです。」
「ありがとう。それじゃ、乾杯。」
エールは、黄金色とも言える明るい色合いのものが出てきた。口に含むと、柑橘のような爽やかな香りが鼻に抜け、すっきりとした味わい。白身魚の揚げ物との相性が非常にいい。風見魚と呼ばれていた魚は、すこしクセのある香りがするが、これはお酒によく合うタイプのクセと言っていい。
「どう?こっちのお酒。」
「めちゃくちゃ美味しくてびっくりしてます。失礼な言い方かもしれないんですけど、ここに来てから口にするもののレベルの高さに驚きです。」
「ゼフィラはけっこう、香りにうるさい人が多いと思う。ハーブとか、スパイスとか。」
「アルリアさんのそれは、ハーブのレモネードと言ってましたね。」
「これ好きなの。私もこっちに来てからすっかりハーブ好きになっちゃった。味見してみて。」
もはや同じグラスから飲むということには気にしないふりをして、アルリアが飲んでいた反対側から少しすすらせてもらう。多分ミントだろう、爽やかな香りとレモンの酸味、優しい甘さもいい。
「美味しいですね。これ、どんな料理にも合いそうです。」
「そうなの。おいしいの。レモンのお酒のやつもあるみたいよ?」
「次はそれ試してみるのもいいですね。」
「あなた、結構色んな味がいけるみたいね。」
「まぁ、なんだかんだ酒飲みなもんでして。」
しばらくして、次の料理が運ばれてきた。鹿肉のトマト煮込みと、野菜のグリル。エールを飲み終えていたので、リモンチェッロを使ったカクテルをお願いした。
鹿肉の料理は、トマトとスパイスでしっかり柔らかく煮込まれていて、しかしながら野性味も残しているようだ。爽やかなレモンとミントのカクテルで流し込むと、そのギャップでずっと食べ続けたくなる一品。その合間に季節の野菜をつまむのがまた楽しい。こちらはニンニクなどの香味野菜とオリーブオイルで和えてあるようで、これはこれで存在感がある。
「あれ、アルリアちゃん、ツレがいるなんて珍しいじゃねぇか。」
店に入ってきた二人組の男が話しかけてきた。いかにも職人といった感じの風貌で、仕事終わりに一杯やりに来たといったところだろうか。
「あら、お疲れ様。今日から私の弟子になるユウタよ。」
「はじめまして。」
「おう、俺はソーリン、こいつはレオリック。近くの工房で家具とかを作ってる。」
「今日来た急ぎのベッドのオーダーは兄ちゃんのか、もしかして。明日中には仕上げられると思うぜ。」
「ありがとうございます。アルリアさん、オーダーしてくれてたんですね。」
「ええ、ギルドマスターがベッドとか色々のお金を出してくれたのよ。」
「今度お礼を言いにいかないといけませんね。」
「相変わらず、魔法ギルドのマスターさんはアルリアちゃんに甘いねぇ。」
なんというか、ギルドマスターは何故そこまでしてくれるのだろうか。意図が読めなくてすこし怖いが、少なくとも悪意ではないだろうから大丈夫か。
「アルリアちゃん、今日は歌ってくれないのかい?」
「あら、連れがいても容赦ないのね。」
「アルリアちゃんの歌聴くために来てるようなもんだもんよ、なぁ?」
「あぁ、歌を聴かないと次の日、どうも調子が狂う。」
「おっと、そしたら歌ってくれねぇとユウタくんのベッドがガタガタになっちまうかもしれねぇな。」
「ふざけたこと言わないの。仕方ないわね。」
アルリアはそう言うと立ち上がり、店員を捕まえて注文をした。
「私の連れにちょっと強めのお酒を。あと、私たちの会計はあっちの二人につけといてね。」
「ありゃあ照れてやがるな。」
「ま、飲み食い代だけで聴けるようなもんでもないからな。」
アルリアはステージに上がり、置いてある弦楽器「エルミス」を手に取った。彼女が演奏者用の高い椅子に腰掛けると、ピアノ奏者が少し長めに和音を鳴らし、それに合わせてチューニングをする。チューニングが終わったことを悟ったピアノ奏者は、演奏をとめてアルリアの方を見る。賑やかだった酒場も、今は静かに彼女の歌を待っている。
アルリアは息を吸い、エルミスを優しく鳴らし、歌い出した。
「♪Aera rund, volare sa, Numa zepharion, mea fa. ――――」
彼女の歌声は、それは月光のように澄んでいて、朝に聴く鳥のさえずりのように心地よく、希望に満ちていた。賛美歌のようにも聴こえる旋律だと思ったが、歌詞の意味はあえて理解しようとせず、ただその音を楽しんだ。彼女の歌を聴いていると、今までに感じたことがないほどに力がみなぎってくるのを感じた。身体も、世界も喜んでいるかのように。
まさかアルリアがこんなに歌える人だとは思っておらず、少し驚いたが、この歌声は多くの人を癒やし、楽しませているんだろうということは、すぐに分かった。
最初の曲を歌い終えると、その場にいる全員から大きな拍手が贈られた。
「ありがとう。今日は私と同郷の人がいるから、故郷の言葉で書かれた曲を歌うね。」
そう言って彼女は、日本語、いやこちらではヒイヅルクニの言葉の歌を歌い始めた。美しい夜を讃える歌だった。夜そのものを美しい女性と捉えているかのような、神秘的な歌。
♪夜の帳 私をつつみ 星の輝き 白銀に
彼女の髪は 私の対の 深き黒
黒き美し 夜に祈り
届けば今日も 眠りましょう―――――
その後も彼女のコンサートは続き、3曲目からはコントラバスのような低音楽器と、バイオリンのような楽器の奏者が飛び込みで参加し、大いに盛り上がった。
音楽とアルコールで心も身体も浸され、楽しく夜が更けていった。
―――――
”
昨夜の魔力異常が気になって偵察を買って出たのは正解だった。
雄太との出会いはザイリスが言ってたタイミングとも近いし、もしかするともしかするかも。
彼は芸術を「世界を解釈する術」と言っていた。
彼がどんなふうに世界を解釈するのか、近くで見ていたいと思う。
”
―アルリアの日記