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99、専属カメラマン、一年を振り返る

※前話で神様が毎年啓示出してる的なこと言ってましたが、母とか叔母が憑依できるのはおかしいので、久々の啓示に変更しました。

ドドドドドドドドド


うららかな初春。

溶けきらない雪がまだそこかしこに残る深い森の中。

アタシこと有栖川蘭子は白襦袢に身を包み、雄大な滝の前にいた。


白い冷気が漂う川を目にしてゴクリと唾を飲み込む。

アタシは今日、あの滝に打たれに来たのだ。


この寒さの残る3月になぜそんな無謀なことをするのか、ことの始まりはひと月前にさかのぼる。


――――――――――――


「足りない……足りないわ……」


アタシは自らが社長を務める会社「スタジオワンダーランド」のオフィスでパソコンを前に唸っていた。


原因はこの春発売予定の「天原久遠写真集 4歳編」の構成についてである。


アタシの担当する天原久遠様はその類まれなる可憐さと聡明さ、圧倒的なカリスマで話題沸騰の今を時めく天才子役である。


美少女の写真を撮ることが天命であると信ずるアタシにとって、久遠様との出会いは衝撃的なものであり、また運命的なものでもあった。


あの宣材写真を撮った日。


彼女に「女王のアリス」を見出だしたアタシは一目で魅了され臣従し、最高の彼女を撮って見せると誓った。

今ではアタシのカメラマンとしての人生は、この方の人生を撮るためにあったのだと確信している。


そんなアタシの次の仕事は、久遠様の写真集の作成である。


去年出した「天原久遠写真集 3歳編」に続き、4歳、5歳と一年ごとに出そうという企画の今年の分だ。


去年は普通にロケに行って写真を撮っただけだったが、今年から折角なら4歳時に行った仕事の写真を撮ろうということになり、アタシは様々な現場に着いていき、4歳の彼女の姿を余すことなくカメラに納めてきた。


久遠様の成長スピードは凄まじく、一瞬たりとも撮り逃しは許されない。

少し目を離すと、いつの間にか輝きを増しているのだ。


ちょっと前までヒーローショーのモブ役だったのに、数か月後には国際的な大舞台の主役である。意味が分からない。


アタシはヒーローショーで怪人に捕まった久遠様の写真を見る。

今となっては懐かしい、非常にほのぼのした平和的なショットだ。


この後も彼女は何度かモブ役で出演していたが、ドラマの出演などで有名になり過ぎたためモブで出る事はなくなった。


ただ、今度はテレビシリーズにレギュラーキャラとして出演して欲しいとオファーが来てるらしい。

レッドの妹役とかだろうか、レッド役より人気が出そうで心配である。


続いてはドラマ「リトルブレイバー」のミオとして銃を構えた写真。


前半の幸せな子供、中盤の虐待された子供、後半の覚醒した子供スパイ。

何度見てもスパイになる流れが意味不明だが非常に面白い話だった。

久遠様の子役らしからぬ変化のある芝居に、スパイ時の超人的なアクションが話題を呼んだ。


久遠様の出世作となったこのドラマだが、今度シリーズものとして映画化するらしい。なんでも旅行先で様々な事件に巻き込まれるミオが、少女スパイとして事件を解決するのだとか。

これも面白そう、絶対見に行く。

毎年夏公開ということで、新しい夏の風物詩になりそうだ。


そして日本中を震撼させたミュージカル「ライオンクィーン」。

撮影班として何度か練習期間にもお邪魔させてもらったが、同じ年頃の園児たちに囲まれて年相応の笑顔を見せる久遠様は非常に眼福、もとい尊いもので、シャッターを押す指が止まらなかった。


園児たちにもカメラマンのおねーさんとしてもみくちゃにされて、美幼女に囲まれて嬉死寸前になるなど素晴らしい現場であった。


本番もまた素晴らしく、その頃には顔見知りの幼女たちも沢山いたので、終わった時には涙が止まらなかったものだ。


久遠様主演のCMシリーズ「お嬢様とじい」は様々なシチュエーションの久遠様が楽しめるファン大歓喜のCMだ。


元々アタシはヨーロッパの貴族文化とかお姫様とか大好きな人間なので、あまりにドストライクな世界観に何度も意識を飛ばしかけた。


そんなアタシを見た久遠様は「ちょと演出考えてみる?」と一部の衣装やセットをアタシに任せてくれた。

大いに困惑したが、友人のデザイナー幡多円華と一緒にあれこれ考えて作り上げた世界は久遠様に気に入られ、今後もいくつか任せてもらえるようになった。


なのでこのCMはアタシにとっても大切で、カメラ以外にも世界が広がった特別なものになった。


その他にもフォーマルな格好でニュースに出たり、巫女の格好で舞う姿だったり、その後もいくつかテレビにチョイ役で出たりと素材が沢山。

取捨選択に困るほどだ。


しかしもう一声、もう少しこの写真集だけの写真が欲しい。


前回は全編オリジナルで、この写真集じゃないと見れない特別な写真ばかりだった。

しかし今回はファンなら一度は見た姿なので新鮮味がない。

もちろんこれはこれで軌跡として大きな意義があるし、すべてベストショットではあるのだが、必殺の一枚が欲しいのだ。

できれば前作の夕日の写真のような。


ちなみに前作のサイン入り初版1000冊はプレミアが付いており、すでに20万の値が付いているが誰も手放さないので幻の初版となっている。

最後のページの夕日の写真は奇跡の一枚として語られ、見たものは全員涙を流すと言われている。


もう一度あのクオリティの写真を……。


しかしあの写真は山に入り厳しい修行()の末撮れた一枚だ。

もう一度撮れと言われても中々その境地には至れない。


ゆえに――


「行くか、修行」


―――――――――――――


というわけで社員の自称山ガールの山田におすすめされ、一緒にきたのがこの滝行ツアーである。


バスを降り、最低限歩ける深い森の道を歩くことしばし。

途中の小屋で着替えを済ませ、反対側の出口から出るとそこは天然の崖に囲まれた、美しい緑の秘境であった。


崖の上からは3本の滝が勢いよく流れ落ち、平らな岩に水を叩きつけている。

流れ出る川の水は非常に透明度が高く、ここが清浄な場所だと示していた。


古来より神事に挑む巫女は冷たい神水で水ごりをし、罪や穢れを落とす禊を行ったという。

今はまだ冬の寒さの残る3月、こいつは効きそうだ。


「うわぁ社長、白いモヤが出てますよぉ、凄いですねぇ」


「ええ、余程冷たいのでしょうね」


苔むした滝壺には冷気だろうモヤが出ていて、幻想的な雰囲気を醸し出している。


「さて、これから皆さんには滝行をしてもらいます。この滝はかの聖人が~」


ツアーコンダクターの住職が滝行の歴史について語り始めるが、あまり聞いてる者はいない。


ちなみに参加者は結構多く15人ほど、全員が女性である。


「長話はこれくらいにして、では3人ずつ挑戦してみましょう。やってみたい方ー」


住職が挙手を求めるのでアタシは迷いなくスっと手を上げる。


「ほう、素晴らしいお覚悟。では有栖川さん、前へ」


アタシは尻込みする参加者たちを置いて滝へと向かう。


これくらいで躊躇していたら、今後ますます輝きをましていく久遠様の写真など撮れはしまい。

アタシはこの厳しい修行に耐え、悟りを開いてみせるのだ……!


目の前で激しく岩を叩く滝を見上げ、アタシは一度ゴクリと唾を飲み込むと、背を向けエイヤと滝に飛び込んだ。


「く……!」


ドドドと激しい水流が背中を叩く。


(痛っつ)


高さ6メートルから打ち付ける水は大質量となって体を痛めつける。


(痛い……が、それでも!)


水の勢いに負け折り曲げていた背を真っ直ぐ正し、合掌して精神統一する。


(色即是空明鏡止水)


何となく効果の有りそうな言葉で雑念を追い出す。


(このまま……耐える!)


幸い痛みが勝り水の冷たさはまるで感じない。


それどころか……熱い!


知らなかった、滝行とはこんなに熱いものだったのか。

ポカポカと体が温まり血行が促進されていく。


なんだ?アタシの中のチャクラが開かれようとでもしているのか?

全身が火照り苦行だというのになんだか心地いい。

これが……解脱?

ついにアタシもこの境地に至ったというのか。


……いや違う!


これはそんなんじゃない!


これは……


「……温泉だこれ!」


ただの打たせ湯だった。



その後は旅館に行き打たせ湯でほぐれた体を更に全身マッサージ。

垢すりやヨガ体験などで現世の汚れを完全デトックス。

美味しい食事と快適な寝床でぐっすり眠り、早朝には爽やかな森でたっぷり森林浴をし記念撮影をした(もちろん撮影はアタシが買って出た)。

仲良くなった数人と連絡先を交換し、身も心もリフレッシュして帰宅したのだった。


―――――――――――――


楽しかった、楽しかったけども。


「だからアタシの望んでる修行はこれじゃないんだよなぁ……!」


まるっきり前回の山伏体験と同じ流れであった。


「はあ、まあいいや、何も得なかった訳ではない」


それなりに煩悩は払われて、悟りを開いた気がしないでもない。


「山田、これからロケ行ってくるわ」


「は~い、いってらっしゃ~い」


さて仕事仕事。




こうして出来上がった写真集は森の妖精のような久遠が印象的な一冊で、そのクオリティに誰もが感嘆し、写真家有栖川蘭子の名を更に世に知らしめるのだった。

次回更新はお盆休み頂いて一回休みます!

再開後に新章突入します!


※カクヨムの方ではイラストが見れたりするのであちらもよろしくです。

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