98、久遠と神事
今年も後わずかとなった12月20日、私は月詠家の祖母に呼び出しを受けていた。
「さて久遠、今年、いや来年からお前にも神事に参加してもらう」
「神事?」
「うむ、我が家はこの近くにある月詠神社の宮司もやっていてな、毎年正月は本家の人間が神楽を舞ったりお祓いの巫女をしたりしておるのだ」
月詠神社は都内郊外にあるでっかい神社で、毎年初詣客で賑わう人気の神社だ。
あれうちのだったのか。
まあ名前からして関係はあるかもと思っていたけど。
「へー神楽、そんなことしてたんだ。あれ?でもママとか叔母さんは?ていうか幼女に任せる仕事じゃなくない?」
私まだ4歳なんじゃが。
「今更何を言っとる、ミュージカルであれだけ踊っておったろうが。以前は伊波もやっていたが、結婚後に引退してな、今は伊万里が役目を引き継いでおる」
「じゃあ」
スッ
祖母が懐から書簡を取り出す。
手紙ではなく書簡、あの蛇腹折りの時代劇に出てくるやつ。
私はうやうやしく受け取り、横に長い紙を広げる。
そこには美しい毛筆でこう書かれていた。
『アッサラーム・アライクム久遠ちゃん、伊万里お姉ちゃんだよ。私は今冬季休みを利用してエジプトに来ています。ここは凄いよ、まさに民俗学者にとっての憧れの地、お姉ちゃん興奮が止まりません。(ちなみにさっきのはエジプト語でハローね)。それで昨日は閉鎖的な少数民族の村に行ったんだけどね?始めは敵意丸出しだったのに、ちょっと病気の子供を霊力で治したら神様扱いされちゃってさ、もう村総出で大降臨祭よ、困るね。でも丁度いいからこの村をツクヨミグループのエジプト支部にしようかと思うの。というわけでお姉ちゃんちょっと忙しくなったから、久遠ちゃんに正月の巫女役代わってほしいなって。大丈夫あんなのちょっとクルクルするだけで簡単だから。じゃ、よろしくねー。追伸 神楽中何か不思議なことが起こったら教えてね♡ 伊万里』
「…………」
伊万里叔母さんは相変わらずモラトリアムを楽しんでいるようだ。
ていうかこれパピルス(エジプトの紙)だな、妙に黄色いと思った。
「というわけだ」
「分かりました」
まあでも私も伊万里叔母さん程ではないがこういう伝統文化には興味がある。
巫女とか女子なら一度はしてみたいバイトトップ10に入る憧れの職業だ(私調べ)。
「ではこれから神楽の練習に入る」
「はーい」
だからちょっと楽しみだ。
迎えた1月1日。
月詠神社は例年を大きく上回る超大混雑。
それと言うのも私が呟き型SNS「☓(ぺけ)」で『お正月に月詠神社で巫女さんすることになりましたー、みんな来てね★』
と巫女写真といっしょに投降したところ、1億回表示され500万いいねがついた。
いやバズりすぎでしょ、海外からもコメント来てるし。まあ私が見てもこの巫女姿は反則的にかわいいと思うけど。
こりゃ私目当てにいつもより人来ちゃうかもなぁ。
そんな呑気な考えの私だったが、正月休み中の斎藤は☓を見てヤバいと感じ至急警備員や交通整理、神社スタッフ等を緊急増員、神社をライブ会場さながらの体勢に変更。普段1,000円の神楽拝観料を10,000円にて予約販売し、30秒で売り切った。
そんな斎藤の読み通り、駅から神社まで大行列が続き交通は完全に麻痺し、急遽歩行者天国を増やして対応している。
神楽なんて実際見てもそんなに盛り上がるもんでもないんだが……すぐ終わるし。
しかしこれだけ混んでると出歩いて屋台巡りも出来なさそうである、楽しみにしてたんだけどなぁ。
と巫女服に着替えて神社の控室で黄昏ていたらノックの音がする。
「どうぞー」
「くおんー来たわよー、開けましておめでとう」
「瑞希ちゃん来てくれたんだ!あけおめ!」
「そんな格好してるのに軽いわねぇ、はいお土産」
同期でお友だちの片瀬瑞希ちゃんだ。
昨日遊びにこないかと誘ったら来てくれた、ほんと義理堅い女の子だ。
「おおーベビーカステラにりんご飴、チョコバナナもある」
「折角だからね」
「他の2人は?」
「先に両親と参拝してから来るって」
「そかそか、うーんおいしー」
「一人で食べないでよ」
友情が目に染みるねぇ……。
瑞希ちゃんと他の2人、蟹江杏奈ちゃんと横山悠里ちゃんの仲よし3人組はいつも一緒だ。
私とも仲良くしてくれるけど、3人は4つの小学生だしそれぞれ仕事があるしで中々会える機会がない。
「久遠様そろそろお時間です」
斎藤が正座でふすまを開け、出番を告げる。
「さていきますか」
「斎藤さん正月でも仕事してるのね……」
立ち上がり舞台袖に向かう。
神楽は三ヶ日中朝9時から16時まで、1回10分程度の踊りを1日6回披露する。
10分踊って50分休憩は暇なので、1万円払ってくれたファンのために何かサービスでもしようと思う。
というわけで考えたのが手形だ。
サインをする暇は無いので、色紙に手形をポンと押すことにした。
これならご利益ありそうだし1万円の価値はあるだろう。
(そろそろ始めよう)
雅楽の厳かな音色が鳴り響く。
私は目を伏せ、舞台袖から登場し神楽殿の踊り場に静々と足を進める。
真ん中の台座の前で正座し、祭壇に向け頭を下げる。
台座に置いてある鈴を両手に持ち、立ち上がり顔を上げると大勢の参拝客がすし詰めになっていた。
(ひと多!)
外側の通路にも立ち見客がいて明らかにキャパオーバーである。
(正月からご苦労様です)
労いも込めてシャンシャンとゆっくり舞いながら今年一年の健康を願う。
くるくると回り、長い裾を見栄えよくなびかせる。
これだけの人がいるのに誰も声を上げず、シンとした冷たい空気が神聖さを増している。
途中で鈴を台座に置き、御幣(木の棒に紙を付けたやつ)を手に取る。
観客に向かって御幣をフリフリ、霊力も込めて良いことがありますようにと場所を移動し全員にいきわたるように振るう。
ふふふ、光が舞ってさぞ神秘的に見えることでしょう。
私は運気はポジティブな気持ちによって舞い込むものだと思っている。
この光によって本当に神の加護を受けたのだと、プラシーボ効果でポジティブになり来年の運気がアップするのだ。
(商売繁盛家内安全)
祈りを込めて棒を振る。
よしこんなもんかな。
最後にもう一度鈴を持って〆の舞を踊る。
くるくる、シャンシャン。
くるくる、シャンシャン……。
なんか、段々ぼんやりしてきた。
直前に飲んだお神酒のせい?
でもあれ甘酒だしな……。
シャリン……シャリン……。
鈴の音が遠くで鳴り響く。
辺りは霧がかかったように白くなり人の顔が見えない。
ぼんやり、意識が……。
あれまって?
これ神降臨する流れじゃない?
いや待った待った待った。
『久しぶりの神器じゃの。さあ月詠の巫女よ……我に身を任るのじゃ』
ほら神来ちゃったよ!
(いやすみません、えーとその、チェンジで)
『チェンジ⁉』
(いえ間違えました、憑依は少し待ってください)
『待てと言われても、その神降ろしの舞を見て我我慢できんのじゃが』
(えーっとじゃあ、これで)
アドリブで振付を変える。
『まあそれなら』
なんか妙に人間味のある神だな。
(神様には申し訳ありませんが、私は体質的な問題でまだ神降ろしは禁止されているのです)
『体質?』
(憑依されると神様の力を取り込んでしまうかもしれません)
『なにそれこわ』
(なので今日のところは……せめてあと16年は待っていただけると)
私は成人するまで憑依禁止と祖母からきつく言われている。
私の完全記憶のせいで人格が混ざって危険だからと、まして神なんて明らかに普通の人生が終わる。
『そう言われても我はこうして啓示を授けるのが仕事なんじゃが』
(まあ仕事は大事ですね)
『じゃろ?上位の神に賜った大切なお役目じゃし、このままでは帰れんのよ』
(じゃあそこにいる母に降りてもらっていいですか?)
『あー先々代の巫女か、悪くはないのじゃがあの娘の中の別の神が拒否するんじゃよなぁ』
(そこを何とか!相談して場所空けてもらうとかで!)
『はー仕方ない、ではしばらくはそうしよう、16年後を楽しみにしておる』
(ありがとうございます!)
そうすると関係者席で見学していた母が突然ビクンとし、目の色が変わってボーっとし始めた。
それを察した祖母が母を本殿に連れていく。なんとか交渉に成功したようだ。
しかしこんなことが起こるなら先に説明してほしかった。
ふう、一時はどうなることかと思ったが、あとはこのまま終わらせよう。
神楽の引き出しなんてないからかなりアクロバティックなアドリブをしてしまったが、なんとか軌道修正して決めポーズ。
最後に台座に鈴を置き、正座でお辞儀して終了である。
「えー皆様、明けましておめでとうございます、本日はお集まりいただきありがとうございました。せっかくこうして来ていただいたのですから、粗品として私の手形色紙をお渡ししたいと思います、係員の指示にしたがって、慌てずゆっくりお並びください、神様がまだ見ていますからね」
その言葉に歓声が上がるが、何か特別なことを感じたのか走り出すファンはおらず、みんな行儀よくならんで私の手形を待っていた。
ペタペタ。
手伝いの巫女さんが色紙をわんこそばのように渡してくるのでひたすら手形を押していく。
「明けましておめでとう、良い一年になりますように」
手にはインクが付いてるので色紙は自分で手に取ってもらって一言添える。持ち時間は一人3秒だ。
「ありがとう久遠ちゃん!」
「手形ちっちゃーい」
「今年は仕事が上手くいきそうです!」
うん良い笑顔。
新年から仕事とか面倒だと思ったけど、中々やりがいのある仕事だったな。
神様が出てきた時は焦ったが、まあここは月詠家。
この程度のファンタジーは日常茶飯事であろう。
私も段々慣れてきた。
むしろ次はどんな魑魅魍魎が出てくるか楽しみですらある。
「くおんおつかれ」
「くーちゃんあけおめー綺麗だったー」
「くおんちゃん巫女服すごく可愛い……!」
控室に戻ると友達が待っていてくれた。
その日常にホッとしつつ、私は残った屋台飯を食べるのだった。
後で祖母にクレームを入れたら神が降臨したのは久しぶりで、神と普通に会話した上に断って母に擦り付けたと言ったら驚愕し怒られたけどよくやったと褒められた。
毎年の恒例行事だと思ってたから気軽に断ったけど悪いことしたかな、とちょっと罪悪感があったのでお賽銭に1万円を投入し、深く謝罪と感謝をしておいた。
毎年啓示を授けてるとなってましたが、母と伊万里は憑依できない設定なのに毎年はおかしいので修正しました