96、無敵のお嬢様
今年も終わろうかという12月の後半。
私こと斎藤九郎は一人山奥で仕事をしていた。
いや、正確には半分趣味で半分仕事だ。
私は今、ソロキャンプにきている。
パチパチと鳴る焚き火の暖かさに生の実感を感じながら、椅子に座りタブレットで書類の作成や指示を出す。
一通り終わったら深く腰掛け、景色を見てボーっとする。
キャンプか……まさかこんなにハマるとは思っていなかった。
先月久遠様に連れられ強制ソロキャンをさせられて以来、私はキャンプにすっかりのめり込んでしまった。
あれ以来私は暇があったら……いや全然暇はないんだけど、リモートが可能な時はこうしてキャンプをしながら仕事をしている。
自然を感じながら一人黙々と仕事をしているといつもより数段捗る。
設営も楽しく自分にはキャンプ適正があったようだ。
もしホームレス時代にそれに気付いていたらどうだろう。
あの時は死ぬためにベンチで野宿をしていたが、本気でホームレスをしようとしたらキャンプに目覚め、謎のプロホームレスキャンパーとして全国を回っていたかも知れない。
まったく人生とは数奇なものである。
私はいつものように手を合わせて久遠様に感謝を捧げた。
さて久遠様と言えば、新CMが絶好調だ。
計画を聞いていた私もこれはいけると確信していたが、予想を上回る大反響で連日出演オファーが止まらない。
とはいえ今は高天原グループに注力したいので、他社のCMは殆ど断っている。
久遠様のさらなる躍進となったこの企画は大変すばらしいことだが、個人的には少し微妙である。
だってあの爺や、本来なら私の立ち位置だし。
久遠様の右腕であり、久遠様の望みを叶えるのは私の役割なのだ。
それを演技とはいえ、他の人に立場を譲るのはあまり面白くない。
いや、分かってる。
自分は爺やではないし演技も出来ない、大蔵さんだからこそあの面白さだと分かってはいるけど、モヤるものはモヤるのである。
「はぁ、ご飯にしよ」
気分を切り替えて夕飯の準備に入る。
以前カップ麺を食べていたら久遠様にダメ出しをされたので、あれ以来しっかり道具を買い揃え、ちゃんとしたキャンプ飯を作るようになった。
今日は定番のホットサンドメーカーを使った極厚ベーコンとチーズのサンドである。
「うん美味い」
いつものカップ麺とは雲泥の差である。
作れるレシピも増えた。
いずれは以前久遠様に頂いた天上のステーキ(肉焼いただけ)のお礼に、何か作って差し上げたいものだ。
(やはり久遠様はいつでも気付きを与えてくれる)
趣味人の久遠様に付き合ううちに、無趣味だった以前とは比べ物にならないくらい趣味が増え、今では毎日が充実している。
(ありがたや)
2つ目のホットサンドを食べながら、ぼんやりと最近の出来事に思いをはせる。
内容はもちろん久遠様のことだ。
(あの日もこんな寒い日だった……)
あれはCMが人気になり、情報番組に出演するためテレビ局に寄った時……
――――――――――――
「久遠様、この後楽屋で待機して30分ほどで出番になります」
「ええ、分かったわ」
そう言って某テレビ局5階の楽屋へ向かう久遠様と私だったが、前方から偉そうな人が歩いてきたので脇に寄って挨拶をする。
「「おはようございます」」
「おはよう。あら、あなた……」
「はい?」
立ち止まり、久遠様をジロジロとねめつける人物を見て私はハッとする。
(久遠様、山下鎌瀬さんです、高天原損保のCMを長年務めていた。降板の原因となった久遠様を恨んでるかもしれません、お気をつけを)
高天原損保のCMは既に「お嬢様とじい『損保偏」」に差し替わっている。
ぽっと出の幼女に仕事を奪われた形なので、彼女にとって面白くないだろう。
(ああ……)
久遠様が納得したように頷くと、山下鎌瀬と目を合わせる。
「あなた久遠さんね、私の後釜の」
「はい、天原久遠と申します。長年我が社のCMを務めて頂きありがとうございました」
「ふん、我が社ね。随分大きなコネをお持ちだこと、羨ましいわ」
「コネですか」
「ええそうよ、孫可愛さにアタシの長年の貢献が一瞬にしてパーなんて、やってらんないわ」
美しく演技も上手い山下鎌瀬はCM女王として数々のCMに出ていたが、歳を取り殆どのCMを降ろされ、今では高天原損保の他、レギュラーで出演していた数本しか出ていない。
そのため最近ではスタッフに当たり散らすことも多く、評判はすこぶる悪い。
「ちょっと見たけど何あのCM、くっだらない。あんなので誰が買うのかしら。いい?CMってのはねぇ、キャストの魅力が全てなの。あなたみたいなコネガキにCM効果なんてあるわけないのよ!」
「…………」
(あわわ)
気付いてー、地雷原の中でタップダンス踊ってるって気付いてー。
「まあ?すぐに分かるでしょうけどね、アタシのありがたみが。アタシ一人でどれだけの契約数を稼いでいたか分かる?あんたとは格が違うのよ。戻ってきてと言われてももう遅いわ、土下座して謝っても許してやらない。高天原損保は精々コネガキ使って潰れればいいのよ!オーホッホッホ!」
「そうですかー」
(あー)
南無三。
パッチーンとスイッチが入る音がした。
「10倍」
「は?」
「私のCMが流れてから1ヶ月間の契約者数は、あなたの1年間の契約者数の約10倍でした」
「な、え?じゅ、10倍……?ウソおっしゃい!」
「証拠もあり確実な情報です。いやー流石元CM女王の山下さん、私はそうは思ってなかったですが、キャストの魅力が全てというのもあながち間違いではないようですね」
「あ、あなた何を……」
「これって私が山下さんの10倍すごいんですかね?それとも山下さんがコネ幼女の10分の1しか魅力がないってこと?どう思います?」
「は?何あんた、バカにしてるの?今はただ物珍しさが勝ってるだけよ、すぐに100分の1まで下がるに決まってるわ」
「そうかなー?全然そんな気配ないけど。それに他の商品も軒並み数倍に伸びてますよ?」
「あ、あんた、調子にのるのも大概にしなさいよ、あんたみたいなコネガキ、私の力ですぐにぶっ潰してやるんだからね」
「へーあなたの力ですか」
「そうよ!何十年この業界にいたと思ってるの!アタシが一声かければあんたなんか一瞬で干されるわ!」
「そうですかー、ちなみにあなたのレギュラー番組って『山下の噛ませ犬』でしたよね」
「そうよ!長寿番組の!それ繋がりでどんな圧力も思うがままよ!」
「スポンサー」
「は?」
「その番組のメインスポンサー、高天原グループ。私総帥の孫」
「ぁ……」
急激に青ざめる山下鎌瀬。
「他にも高天原がスポンサーの番組いっぱいあるなぁー、それに私ツクヨミでも顔が効くし、もう殆どの番組で融通してもらえるかも?大企業って横の繋がりすごいし?」
「あ、あの……」
「一声かけたら干されるのどっちかなー?」
「あ、あぐ……」
久遠様すっごく楽しそう。
元々こういう戦いが好きなんだよなぁ。
だって戦闘民族月詠家だし。
「それにさっきからコネコネ言ってますが、私別にコネじゃないですよ?」
「え……と?」
コネ以外ないのでは?と言いたげな顔。
「強いて言うなら職権乱用?」
「はぇ?」
「このCMは私が一から企画した私の作品なんですよね、当然キャスティング権は私にあります」
「はあ?そんなことできるわけ……」
「私、高天原の総合広報部の部長ですから」
「ぶ、ちょう?」
役職があった方がやりやすいだろうと総帥がポンとくれた名誉職である。
だがただの名誉職ではない。
「総合ですから、グループの社長よりも立場が上です。今後はグループの宣伝やキャスティングなどにも自由に口出し出来る立場です。といってもまだ子供なので普段は部長代理が仕事をしますが、私の意見が一番優先されます」
「じゃ、じゃあ、私の番組や私のCMは……?」
「私、配慮するつもりだったんですよ?効果は低くても今まで貢献してくれてた訳ですから。新しいCMを回してあげたり、他社に紹介するつもりで交渉もしていたんですけどね。でも山下さん私のこと嫌いみたいだから、もういいかなぁって」
「ぇ……?もういいって……?」
「お疲れ様でした」
にっこり笑顔で追放宣言。
「ちょ⁉ちょっとまってちょっとまって!ご、ごめんなさい!アタシが悪かったです!追放だけは許してください!」
必死にしがみつき謝罪をする山下鎌瀬。
何事かと見物人も多く集まってきている。
「謝るからぁ!もう絶対難癖付けたりしないからぁ!」
「…………」
「大人げなく嫉妬して申し訳ありませんでしたぁ!もうこんなことしませんだから……!」
「あのー」
「ははい!」
「私思うんですけど、ちょっと高くないですか?」
「高、い?ですか……?なにが……」
「頭が」
!?
「謝罪って、相手の目線より低く頭を下げるものじゃないですか?なのに私は今あなたを見上げている、おかしいでしょう?だから謝るにしてもせめて私の目線より下に来てくれないと、どうにも謝意が伝わらないんですよねぇ」
そう言って久遠様は目線を下げる。
ただでさえ背の小さな久遠様だ、これ以上頭を下げるとなるともうあれをするしかない。
そう。
土下座。
久遠様は大御所元CM女王に土下座を強要していた。
「そ、それは……」
「斎藤、枠が空きそうだからおすすめ俳優リスト頂戴?」
「かしこまりました」
そんなものはないがタブレットを操作する振りをする。
「ちょっ、ちょ待って……!分かった、分かったから!」
そうして追い詰められたCM女王は冷たい廊下にゆっくりと膝を付き――
「ぐ、ぎぎぎぎ……!」
プライドを必死に抑え付けながら頭を下げ、額を地につけるのだった。
「も、申し訳、ありませんでした、久遠様……!」
山下鎌瀬、屈服。
そんな彼女を見下ろし、冷めた視線で見つめる久遠様。
「ふむ、まあいいでしょう、許します。あなたと違って私は寛大ですから。ただし、一度だけです。最近のあなたの横暴さは目に余ります、心を入れ替え真摯に人と向き合えば、また仕事を与えるのもやぶさかでないでしょう」
そういって腕を組み、土下座をさせたまま懇々と説教をする4歳児。
端から見るととんでもない光景だが、言ってることは至極真っ当で、最近の彼女に迷惑していたスタッフたちは心の中で大喝采をあげていたという。
久遠様伝説にまた一つ新たなエピソードが加わった日であった(一応口止めはした)。
ちなみに後日、久遠様はちゃんと仕事を回してあげた。
本当に器の広いお方である。
――――――――――――――
「強すぎるんだよなぁ」
ホットサンドの残りをモグモグしながらあの衝撃事件を思い出す。
普通の少女漫画であったなら、主人公の久遠様は様々な障害や嫌がらせ、イジメなどをうけ成長していくのだろう。
なのに久遠様ときたらそういった事を物ともせず、全てを踏み倒し我が道を進んで行く。
金持ちで天才で障害もなく全てが順風満帆なお嬢様。
むしろ立ち位置的には主人公の前に立ちふさがるライバル令嬢といった感じだ。
とはいえ久遠様も影で相当な努力をしているのだが。
(ライバルか……)
競争相手がいてこそ人は成長していく。
そのうち漫画の主人公のような天才が久遠様の前に現れるかもしれない。
(でもそうなったらすっごく可愛がりそうだなぁ)
表では対立しつつ、裏で手を回したり助言したりしそう。
多分全力でライバルムーブをして、それはそれで楽しむのが久遠様だろう。
「ま、しばらく先の話か」
こんな4歳児は2人もいない。せめて小学生くらいにならないと現れない予感がする。
「とりあえず地盤固めだな」
子役として本格的に活動し始めるのは小学生からだ。
それまでに色々と根回しをしていく。
「よし、がんばりますか」
敏腕マネージャー斎藤は決意を新たに、冬の透き通った星空を見上げるのだった。