95、お嬢様とじい
『じ~~~~い』
『お嬢さま~~~』
宮殿と見まがう豪邸の広大な庭で、一人の小さなお嬢様と一人の老執事が優雅に追いかけっこをしていた。
しかし……
『あははっ、じい、おそ~~い!』
『お、お嬢さまっ……はぁはぁ、まって……はぁはぁ』
お転婆なお嬢様の体力に爺やは次第に離され、力尽きようとしていた。
『くっ、こうなったら……!』
爺やは何処からかキックボードを取り出す。
『これは我が社が開発した電動キックボード韋駄天RX5!最新技術によるドライビングアシストや転倒防止機能搭載で安心安全、、各種センサーで事故を事前に回避、さらに軽量かつコンパクトにたためて持ち運びも簡単な次世代必須アイテムです、これなら……!』
そう言ってキックボードに搭乗する爺や。
『じい~~~?』
『今行きますお嬢様!韋駄天、発進!』
キックボードが軽快に走り出し、どんどん距離を詰める爺や。
『わぁ~、じいはや~~い!』
『お嬢さまーー!』
遂にお嬢様に追いつく爺や。
しかし爺やは止まらずにそのままお嬢様を抜かして走り去って行くのだった。
『ちょっとじい⁉どこ行くの!』
『お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁ~~~……』
『じーーーーーーーーい!』
「はいカットぉーーー!」
「はぁはぁ、どうでした監督」
「流石だねぇ完璧!いや~面白いCMになりそうだよ」
あの会議から数日後、私はさっそくCMの撮影に入っていた。
私の考えた『お嬢様とじい』シリーズ。
その内容は、お転婆で好奇心旺盛なお嬢様と、忠実でお嬢様に激甘な執事の爺やが、高天原の製品やサービスを使ってお嬢様を満足させてあげるコメディである。
前々からぼんやり考えていた企画ではあったが、私の理想とする爺や役がいなかった。
このCMはこの爺やの存在が非常に重要であり、作品の出来を左右する大事なファクターであったため一時保留していたが、先日偶然理想通りの人に出会えたことで実行することにした。
「ただいま~、このキックボードすごくいいね、キャンプに持っていきたい」
「お疲れ様です大蔵さん。一発OKだって」
「ほんと?助かるよ~、この歳で全力疾走は大変でねぇ」
大蔵重明さん。
先日キャンプで知り合ったソロキャン仲間だ。
男前で激しい動きが得意なアクション俳優として名をはせ、彼を主役にしたドラマや映画は数知れず。
業界の大物としてブイブイいわしていたが、寄る年波には勝てず引退。
しかし数年後に復帰し、今度は作品の脇を固める名脇役として今でも前線で活躍する大先輩だ。
復帰後の彼は暴れまわった全盛期と違いすっかり落ち着いた紳士であり、穏やかなお爺ちゃん役が大変似合うと評判である。
そんなわけで私は彼に理想の爺やを見出し、今回のシリーズに出演を依頼したのだった。
「久遠ちゃんも大蔵さんもイメージピッタシだったよ。しかしよく大蔵さんなんて捕まえたね」
「山で偶然見つけました」
「山で⁉」
ちなみに監督はCMやドラマで何かとお世話になってる盛岡監督にお願いした。
今後何年も続くシリーズなので、気ごころの知れた人がいいと我が儘をいった形だ。
「じゃあ軽く編集したのを見てみようか」
「お願いします」
「どれどれ?」
監督の仮設テーブルに集まる私たち。
ちなみにここは天原家の本邸の庭である。信じられないほどデカい。
『お嬢さまぁぁぁぁぁぁぁ~~~……』
『じーーーーーーーーい!』
「あははっ、いいですいいです、まさにイメージ通りです」
「これは面白いね。こんなCMが流れたら毎回見ちゃうよ」
「爺やの長台詞の所は商品のイメージ動画を重ねて、最後に久遠ちゃんが『高天原電子!』ってセリフ入れる感じだね」
「うんうん、仕上げは監督にお任せします」
「任されました。っていうかこれ久遠ちゃんがクライアントなんだよね?4歳の子役から依頼を受けるなんて初めてすぎて戸惑いがすごいんだけど」
「まあなんか責任者に任命されましたから」
今回のことは私の仕事として全采配を任されている。
4歳児に任せるなど前代未聞だが、まあ私だしな。
誰からも異論は無かったし、部下も何人か付けてもらった。
みんな非常に素直に言うことを聞いてくれて、今回のセッティングもササっとやってくれた。
「松浦社長はどうですか?」
「はっ、非常に面白いCMだと思います。この度は私どもの製品を第一号に選んでもらい感謝にたえません」
「やっぱり高天原の主力は家電ですしね」
「はっ、恐縮です!」
この人は高天原電子の社長の松浦さん。
とっても偉い人なのに私に対してめちゃくちゃかしこまっていて対応に困る。
「これからも自信作が出たらCMは任せてください。あ、もちろん他の人にCM任せても全然いいですからね?」
「かしこまりました!これぞというものが出来たら真っ先に頼らせて頂きます!おそらく今後は久遠様のCMが切り札となるでしょうから」
「あ、うん、そうかな?でも私のCMばかりなのも飽きられちゃうから、ほどほどにね」
「心得ております!」
軍隊かよ。
私は次期総帥候補ではあるが未だ役職も無いのだが。
高天原グループにおけるうちの力関係がよくわかる態度だ。
「よっし、続けて次も撮りますか」
「スタンバイお願いしまーす」
スタッフが準備をする間私はぼんやりとこのだだっ広い庭を見つめる。
(デカすぎんだろ……)
こんな広大な屋敷が日本にあるとは驚きである。
天原家の本邸ではあるがここは都心から離れていて、祖父とか本社で仕事がある人は都内の別邸に住んでるらしい。
引退した時や、客人を呼ぶときに利用するくらいだとか。
はぁ~、改めて思うととんでもない家だな。
確かにこんな豪邸に住んでたら世間と感覚がズレるだろうし、今の庶民暮らしは正解かもしれない。
でもこんなところでお嬢様生活もちょっとしてみたい。
長期休みに使えないかお願いしてみようかなぁ。
「久遠ちゃ~ん」
「はーい」
さて仕事仕事。
――――――――――――――――
お嬢様とじい『たこ焼き編』
とある町中。
お嬢様は爺やに日傘をさしてもらい、街を歩いていた。
お嬢様が街行く人を見ていると、数人が同じものを食べていることに気付く。
『ねえじい、あれは何かしら?』
『あれはたこ焼きでございますな、庶民の食べ物ですのでお嬢様にはちょっと『食べてみたいわ』あ、はい』
お嬢様のお願いなら叶えてさしあげたい。
しかしこんな何処ともしれない屋台で作られたものなど、お嬢様の口に入れるわけにはいかない。
『かしこまりました、少々お時間をください。今度屋敷でお出しします』
『お願いね』
こうして爺やのたこ焼き研究が始まった。
厨房のテーブルにずらりと並べられた古今東西のたこ焼きを食べ比べ、熱心にメモをとる爺や。
シェフと相談し、何度も試作をする爺や。
夜中にパソコンに向かい、目元をほぐす爺や。
完成が近づき、シェフとハイタッチする爺や。
そして……
『お嬢様!出来ましたぞ!』
『なにが?』
『たこ焼きです!』
『それって半年も前の話じゃなかった?』
『名付けて【高天原スペシャル】です!』
そう言って銀のふたを開けると光があふれ、現れたのは豪華な皿に盛られた美味しそうなたこ焼きだった。
『わぁ!』
『さ、お嬢様、お召し上がりください』
フォークで刺し、フーフーして食べるお嬢様。
『はふはふ、んーおいしーーい!たこ焼きってこんなに美味しいのね!』
『お気に召しましたか?』
『流石じいね!いつもありがとう!』
『お嬢様……』
ほろり。
満面の笑みを浮かべるお嬢様を見て、取り出したハンカチで目元を押さえる爺やだった。
たこ焼き高天原/高天原グループ
――――――――――――――――――
【カオスwwww】
【このシリーズ好きすぎるwww】
【おれもお嬢様のお世話してぇ】
【高天原スペシャルってこんな風に出来たんだ……w】
【お嬢様形態の久遠ちゃん最高】
【↑一応日本一のお嬢様だぞ】
【大蔵御大の爺やがあまりにも爺やすぎる】
【街頭で流れるとみんな足を止めるから面白い】
【気持ちは分かる。何度見ても飽きない】
【明日たこ焼き高天原行くか】
【キックボードも買っちゃったし、このCM効果ほんとやばいよね】
【最近キックボード乗る人ほんと増えたよな】
【もう死のうと思ってたけど、このシリーズ見るために生きることにした】
【↑あと20年は生きれるな】
久遠のCM『お嬢様とじい』シリーズは一瞬で話題となり、対象となった商品は飛ぶように売れた。
更に高天原の社員は久遠のCMに使ってもらうことを目標にし、やる気と品質が上がるという謎の効果も確認され、会社に多大な恩恵をもたらした。
こうして久遠は高天原グループの広告塔として無事採用され、世間の認知はすっかり、「高天原グループ=天原久遠の会社」となるのだった。