93、久遠とソロキャン
秋も深まり肌寒くなった11月。
私は斎藤の運転する車の窓からボーっと色づき始めた山を見ていた。
この時期になると毎年思うことがある。
正確には私じゃなくてタケルが、だが。
「ねえ斎藤」
「はい」
「キャンプ行きたい」
「この時季にキャンプですかーいいですねぇ。ご家族とですか?それともご友人達と?」
「一人で」
「え?」
というわけで私は念願のソロキャンデビューをすることにした。
「おおーすっごい綺麗な場所」
場所は風光明媚な都内の山。
人気のキャンプ場で設備も揃っていて初心者向けだが景色は最高に良い。
ブームは去ったがサイトにはチラホラと人がいる。
「あまり遠くに行かないでくださいよ久遠様」
ソロは流石に許可が降りなかったので斎藤もいるが、私と斎藤は互いが目につく所にテントを張りソロキャンプ体験をするという、いわゆる2人ソロキャンプ方式をとることにした。
「うむ、ここをキャンプ地とする!」
「では私はこちらで。ほんとに手伝いはいいんですか?」
「いいのいいの、予習はちゃんとしてきたから」
この日の為に家の庭で道具の試用はもちろん、キャンプ漫画や動画で予備知識はバッチリだ。
私に限って「いやーんわかんなーい」「どうしたんだいお嬢ちゃん」といったイベントは絶対に起こり得ない。
というわけで手早くテントを張る。
そして椅子とテーブルをセットし、集めておいた薪を焚き火台の上に並べ、サクッと火をつける。
うん、楽勝楽勝。
椅子に座り、パチパチと爆ぜる焚き火の音を聞きながらしばらくボーっと景色を眺める。
(これがキャンプか……)
多趣味なタケルは当然キャンプにも興味があったが、節約志向故にいつ飽きるとも知れないお高いキャンプ用品を買い揃える行為に踏ん切りがつかず、結局憧れるだけで終わってしまった。
私はタケルではないが、念願が叶ったような気分だ。
ちなみに私のキャンプギアは、有り余る金に飽かせて全て最新かつ軽量かつ高品質で揃えてある。
(たまにはこうしてのんびり景色を見るのもいいもんだ)
思えば私は働き過ぎだ、まだ4歳なのに。
ここらで魂のリフレッシュが必要だろう。
ちらりと斎藤の方を見るとヤツもテントを張り終え、小物もしっかり飾り非常に見栄えよくセットしている。
斎藤も初心者のはずだが、仕事柄こうした設営はお手の物なのだろう。
そういえば道具を買いに行ったときやけに真剣だったし、斎藤もキャンプに興味があったのかも知れない。
そんな斎藤は椅子に座りタブレットを高速で弄っている。
(し、仕事しとる)
まあそれもありか。
キャンプで何をしようが自由である。
時刻は午後3時。
まだ夕食には早いため本を読むことにする。
今日の私のファッションはゆったりとしたクリーム色のロングワンピースに、帽子とブラウンのストール、更にひざ掛け毛布といった完璧な文学少女スタイルである。
こんな格好をした美幼女が紅葉舞う山の中で椅子に座り読書に耽る、さぞ絵になるに違いない。
と内心ほくそえみながら小難しそうな純文学の本を開く。
ビュオオオーーバサバサバサ
(…………)
風で本が捲れて読みにくい。
そして、
(純文学つまんねぇ……)
背景描写や心理描写に何行費やすんだ、しかも分かりにくい。
私はそっと本を閉じ、スマホでweb小説を読み始めるのだった。
やっぱ異世界転生最高だわ。
夢中になって読んでいたら少し日が傾いていた。
そろそろ頃合いか。
私はいそいそと準備を始める。
(キャンプと言ったらやっぱりこれでしょ!)
キャンプ飯。
野外活動時に作って食べるアウトドア料理である。
焚き火などを使い大自然の中で作る料理は創意工夫にあふれ、非日常感と達成感により格別に美味しく感じるという。
正直ずっとやってみたかった。
むしろキャンプ自体よりこれがメインとさえ言える。
さてキャンプ飯は愛好家の間で膨大な数のレシピが公開されているが、どれにしようか悩みに悩んだ末に私がたどり着いた結論、それは……
(やはり肉!)
しかもシンプルで小細工無しのステーキだ。
野外で巨大な肉を焼き、食らう。人間結局はそこに帰結するのだ。
(ふ、初キャンプにして真理にたどり着いてしまったな)
というわけで取り出したるは解凍して下味をつけた1ポンド牛肩ロース肉。
スキレット(キャンプ用のフライパンみたいなやつ)を焚き火台の上に置き、あらかじめ切っておいたニンニクと玉ねぎ、バターを入れ軽く炒める。
炒め終わったらそのまま肉をズドン。
溶けたバターをすくい肉にかけながら火が通るまで待つ。私はミディアム派だからもうちょっとかな。
頃合いになったらステーキソースを投入。
ガーリック醤油バターの暴力的な匂いによだれが止まらない。
もうそろそろいいだろうか、ナイフで切れ目を入れて中を確認、良し。
肉を切り分け、スキレットをそのままテーブルに置く。
皿などいらない、そのままでいい、むしろそのままがいい。
付け合わせに買っておいたパンを用意する。
余ったソースにつけて食すのだ。
これ絶対上手いやつ。
「できたー」
おおーすっごい肉だ、これ以上ないほど肉。
普段こんな体に悪そうな肉そのものな肉、滅多に食卓に出ることはないが、それが許されるのがキャンプ飯というもの。
さっそく頂きますか。
切り分けた肉をフォークに刺してガブリと食いつく。
(うんめー!)
ガツンとくるワイルドでジャンキーな味わい。
更に野外かつ自分で作ったというシチュエーションも加味され感動的な美味しさだ。
パンも想像通り美味い、このタレだけで無限に食える。
と、そんな美食にキラキラと目を輝かせる美幼女を見つめる視線があった。
斜め向かいのテントの爺さんだ
アウトドアスタイルをバッチリ決めたロマンスグレーな紳士で、道具のセンスが良く、かなりの熟練キャンパーであろう。
そんな爺さんがこちらを見てポカーンと口を開いている。
(なんだ爺さんそんなに見てもやらんぞ、私は今肉を食ってるのだ、邪魔するでないぞ)
私は無視して食い続ける、うんまー。
食べることしばし。
「うぷっ……」
なんか……飽きてきたな、っていうかちょいキツイ。
流石に幼女ボディに1ポンド(450g)は無理があったか。
でもこの至高の一品を捨てるなどあり得ない。
どうしようか、とちらりと斎藤の方を見る。
「ずずー」
(カップメン……⁉)
キャンプに来てカップメンとかお前……!
その表情は「無」。
普段から夕食はこれですが何か?
むしろこれごちそうですが?といった泰然とした態度。
そんな独身マネージャーの悲しき姿を見た私は、仕方なく美幼女の手作り料理(肉焼いただけ)をおすそ分けすることにした。
「斎藤、作り過ぎたからこれあげるわ」
「久遠様?しかし私にはこの地域限定ご当地ラーメンベスト100のNo.48が……」
「いいから食べなさい、私はもういらないから」
私は優しい目で温め直した肉を差し出す。
「久遠様……では有難く……うんま!」
「ゆっくり食べなさい……」
がっつく斎藤に私は慈愛に満ちた目を向ける。
「なんだ、ちゃんと親御さんと来てたんだね」
と突然声が掛かる。
「あら、あなたは……」
よく見ると斜め向かいの爺さんだった。
「いや失礼、すごく小さい子が一人でいたから気になってね。お留守番かと思ってたら一人で料理を作り出すしやけに楽し気だし、つい見てしまったよ」
まあそりゃ普通は気になるわな。
「ご心配なく。私はただのソロキャン好きな幼女です。彼はお目付け役ですね、流石に一人は許可がおりないので」
「ホッホッホッ、そうかそうか、こんな小さい子もキャンプをする時代かね。やはりブームとはすごいなぁ」
「おほほ」
なんかすごい紳士な爺さんだなぁ。まるで老執事。理想の「爺や」って感じ。
思わず釣られて私もお嬢様モードになってしまった。
「しかしお嬢さん、どこかで見たような?」
「え?えーっと……」
「失礼します。もしや大蔵重明さんですか?」
完食した斎藤がそう質問する。
大蔵重明大蔵重明、どこかで聞いたような?
私がうろ覚えということはタケルの記憶か。
「バレましたか、ええ大蔵重明です」
「やはりそうですか!久遠様、こちら大物俳優の大蔵重明さんですよ」
「え?俳優?」
「はい、様々なドラマや映画で活躍した名俳優です。今も現役で沢山の作品に出ていますよ。大蔵さん、こちらは子役の天原久遠様です。私は専属マネージャーの斎藤と申します」
「おおそうだ天原久遠ちゃん!ニュースで見たよ」
「なんと大先輩でしたか。改めまして、天原久遠です、若輩者ですがよろしくお願いします」
「ホッホッホッ、君に比べたらしがない俳優だけど、よろしくね」
業界の大先輩と握手をする。
道理で理想的な老執事と感じたわけだ、それがこの人の芸風なんだろう。
「しかしこんな所で俳優さんとお会いするなんて。キャンプお好きなんですか?装備も随分本格的ですし」
「ああいや、実は私も初心者でね。立派なのは道具だけなんだ」
「そうなんですか?それにしては堂に入ってましたが」
「以前キャンプを題材にしたドラマに出たことがあってね。漫画から実写化したものでそれが面白くて、やってみたらハマってしまったというわけさ。今日は4回目だね」
「え?あの漫画の実写版のキャストですか⁉私もあれ見て興味持ったんですよ、実写の方は見てないんですけど、すみません……」
「ホッホッホッ、そういう人も多いから気にしてないよ」
それから私たちは焚き火を囲んで某キャンプ漫画と仕事の話で盛り上がった、斎藤のスペースで。
大先輩は話上手で聞き上手な良いお爺ちゃんだ。
大御所の武勇伝は非常に興味深く、いくら聞いても聞き足りない。
「ふぁ……」
夜も更けて眠くなってきた。
「おっと子供はもう眠る時間だね、すまないね少し話し過ぎた」
「いえいえ、楽しい時間でした。斎藤、名刺」
「はっ」
斎藤が名刺をシュっと取り出して腰を曲げ両手で差し出す。完璧な角度だ。
「これはこれはご丁寧に。私も、えーと、あ、これこれ、どうぞ」
「頂戴いたします」
私は大蔵さんの顔をジーっと見つめる。
見れば見るほど完璧な「爺や」だ。
「ん?どうかしたかね?」
「いえ、もしかしたらお仕事を依頼するかもしれません」
「おおそれはありがたいね」
「ふふ、またご縁があればお会いしましょう、おやすみなさい」
「おやすみなさい小さなお嬢様」
そうして私たちは解散してそれぞれのテントに戻った。
歯を磨いて寝袋にもぐりこむ。
あ、お風呂入ってない。
まあいっか、明日朝一で温泉に連れてってもらおう。
途中からソロキャンではなくなったがこれはこれで楽しかった。
また暇を見つけて来ようと思う。
動画配信してもいいかもなぁ。
釣りもしたいな、捌けないけど。
料理も次はもっと凝ったものを作って……。
それとそれと……ZZZ……