90、カーテンコール
わあぁぁぁバチバチバチバチ……
「はぁ、はぁ」
幕が降り、王の丘でとっていたキメポーズを解く。
「や、やっと初日が終わった、しんどー」
3時間にも及ぶ長編ミュージカルに出ずっぱり。
流石の私も息を切らす。他の子は大丈夫だろうか。
「ぼくちょっと間違っちゃった~」
「大丈夫だよ出来てたよ」
「すっごい拍手!」
「うるさーい!あはは!」
元気そうだ。
それよりも終わったことの達成感の方が大きそう。
「くおんちゃーん」
「「くおんさま」」
ララ役のスミレちゃんとティモシ役の小太郎、フンバ役の鈴木君が近寄ってくる、鈴木君は隣りのクラスの子だ。
「みんなお疲れ。さ、並んで、カーテンコールだ」
「カーテンコール?」
「お客さんにご挨拶だよ。みんなも!私達の後ろに手を繋いで並んで!私がお辞儀したらみんなもお辞儀すること!」
「「はーい」」
ここまでやってきただけあって、指示を受けるとすぐ並び始める。
大人たちも列整理を手伝い準備完了。
私の右手にカース役の柿沼さん、そして大人組。
左手にスミレちゃん、小太郎、鈴木君と並ぶ。
そして幕が上がるとまぶしい照明と大音量の歓声と拍手、そして総立ちしたお客さんの笑顔が舞い込んできた。
「おおースタンディングオベーション」
「はは、すっごい歓声、こんなの初めてかも」
柿沼さんも驚いている。
特に2階席の外国人のおっさんがブラボーブラボーと目立っている。
あ、近くに祖母と祖父がいるな、手を振りたいけどまだ我慢だ。
そして幕が上がりきる。
「さ、久遠ちゃんいくよ」
「はい」
手をつないだまま腕を大きく上げて、腕と一緒に深く頭を下げる。
来てくれたお客さんにありがとう。
着いてきてくれた仲間たちにありがとう。
もうなんか世界にありがとう。
歓声と拍手のボリュームがまた一段上がる。
熱気とライトで前が滲み、これまでの練習の日々が走馬灯のように駆け巡る。
DVDを徹底的に研究し、大人組と演出やアレンジについて議論したこと。
――実現可能なレベルに落とし込むのに苦労した――
園のみんなとセットを作ったり踊りの練習を毎日遅くまでして居残ったこと。
――飽きたり出来なくて泣く子もいると思ったけど、みんな一生懸命に着いてきてくれた――
オーディション組と休日も特別レッスン受けたり合宿したりもしたこと。
――日向先生や事務所の先生、保護者たち沢山の大人たちが協力してくれた――
そういえば小太郎が「エクスカリバー入れましょうよエクスカリバー」とか言うからちょっと色々演出や技を入れて、バトルを派手にしたんだよね。
中々面白くなったから、素人の子供の意見というのも侮れないものである。
っといけない、挨拶の途中だった。
私は手を解いて後ろの子供たちに向けて手をひらひらする。
彼らも頑張ったんですよ、沢山褒めてくださいって。
子供たちも私たちを見習って手をつないだままお辞儀をする。
始めはあまりの歓声に驚いていた子供たちだが、次第に笑顔になり、やがてやり遂げた人の顔になった。
自分たちが頑張ったから、こんなにも沢山の人に褒めて貰えたんだ。
どうかそのことを忘れないで、これからも自信を持って生きてほしい。
その狙いはどうやら達成できたようだと確信する。
それくらい、みんな良い顔をしていた。
未だ拍手が鳴り止まないので再度お辞儀をし、手を振って幕が下がるのを待つ。
そして幕が降りて。
「すごかったね」
スミレちゃんが呟く。
「だね」
「くおん様」
「ん?」
「ありがとうございます」
小太郎が頭を下げる。
「なんだ改まって」
「いやなんか、うお~って思って」
感極まったということか。
「ボクからも、くおん様、ありがとう。多分みんなもそう思ってるよ」
鈴木君もお礼を言う。
他の子供たちもみんなモノ言いたげに私を見ていた。
「あはは……みんなもよく頑張った、ありがとう!」
私もなんだかお礼を言ってしまった。
「うう~くおんさま~」「ありがと~」「ありがとうくおん様!」「スーちゃんもありがと~」
みんな泣き笑いでお礼を言い合う。
ああ~ギャン泣きはしないでくれよ~?
「久遠ちゃん、まだ拍手鳴り止まないからアンコールね」
「アンコール?ああはい」
この場合のアンコールはもう一曲やるとかではなく、もう一度幕を上げ全員でお辞儀をすることを指す。
ということで私たちは鳴り止まない拍手に応え、3回も挨拶をして、まだ鳴ってたけど強制終了して舞台袖に引っ込んだ。
「さあみんな、急いで出口に向かうよ!」
「「?」」
「お客さんのお見送り!衣装はそのままでいいから」
「「はーい」」
そうして私達は急いでロビーに続く通路に並ぶ。
普段から花道を作っているから慣れたものだ。
私は何かと挨拶を受けそうだから一番外側だ、後ろには舞台袖にいた斎藤が立つ。
「久遠様、素晴らしい舞台でした」
「当然ね」
ふふんと髪をかき上げる。
「久遠さまー、こっち向いてー」
そしてさっきからパシャパシャとカメラを鳴らすのはお馴染み有栖川蘭子さん。
この劇の専属カメラマンとして雇っている。
それだけでなく、私の写真集を作るために私の仕事先には時々ついてきてもらってるのだ、もちろんドラマの時にもいた。
次の写真集は4歳が終わる5月頃に発売する予定だ。
そんなことを考えているとお客さんが次々出てくるのでみんなで手を振ってお見送りする。
「きゃーかわいいー、ほんとにこんな小さな子達なんだぁ」
「よかったよー頑張ったねー」
お客さんも手を振って応える。
みんな笑顔で満足そうだ。
「く、久遠ちゃん!最高だったよ!」
「ありがとー」
「立ち止まらないでくださーい、写真はご遠慮願いまーす」
私のファンが来ると軽くハイタッチをして斎藤が熟練の剥がしをする。流石慣れたものだ。
「スーちゃん良かったよー!えらかったねー!」
「ママ!」
親たちは自分の子の前で立ち止まり、抱きしめたり頭を撫でたりする。
うんうん、思いっきり褒めてやんなさい。
ざわざわ……
そろそろ終わりかな、というところで謎の黒服の集団が現れた。
お偉いさんだろうか。
その中で巨漢の外国人のおっさんが私に向かって腕を広げダッシュしてきた。
「ニンジャガール!ナイストゥーミーチュー!」
勢いよく私に抱きつくおっさん。
「ンーなんて小さいガールでしょう!体重もまるで羽のように軽い!」
「まあそれぬいぐるみですからね」
「⁉」
おっさんはライオンのぬいぐるみを抱いて頬刷りしていた。
「こ、コレガ空蝉の術……!流石ニンジャガール、ワタシ感動デース」
「良かったです、それ記念に差し上げます」
「Hahaha!サンキューサンキュー」
改めておっさん、もとい大統領と握手する。
「久遠ちゃん始めまして」
声の方へ顔を向けると、ニュースでよく見る人がそこにいた。
「これは宗方総理、お楽しみいただけましたか?」
「もちろん、素晴らしいものを見せて貰ったよ。改めて子供たちの教育について考えさせられたね」
「それは良かったです」
「これからも日本の役に立つようなアイデアがあったら力になるよ、日本政府は月詠家と天原家には世話になってるからね」
「あはは、その時はお願いします」
そうして和やかに握手をする。
しかし普通に政界にも食い込んでるのか両親の実家は。
私が当主や総帥になったらこういう付き合いも増えるのだろうか。
「くおーん!素晴らしい劇だったぞー!」
「あ、おじい様」
「ほれ、いつまで手を掴んでる、離さんか」
おじい様が総理の腕にチョップする。
「ちっ、天原め」
「おじい様と総理って仲いいの?」
「まあな、大学の同期だ、だから遠慮せずこき使ってやれ」
「お前なぁ」
「ふふ、そうでしたか、では私とも仲良くしてくださいね」
「いつでも国会に遊びにきてよ!」
「お前……まあいい。久遠、儂は毎日くるからまた明日」
「何!ずるいぞ!」
「ええ……?」
仕事はいいんだろうか。
呆れた目で言い争うお爺ちゃんたちを眺めていたら、ギュッと手を握られる。
「久遠さん!お会いしたかった!」
「え……?」
ドキン、と心臓が高鳴った。
ふわーなんだこの美幼女。
サラツヤの黒髪ロングにパッツン前髪の姫カットがこの上なく似合う、まさにお姫様のような女の子が目の前にいた。
歳は同じくらい、黒い瞳はとても神秘的な色をしていて吸い込まれそう。
じっと見ていると何故か物凄い庇護欲が湧いてくる。
守りたい、お世話したい、この子を大切にしたい……
「久遠さん!わたくしすっごく感激いたしました!わたくしと同じ歳の子がこんなことが出来るなんて、とっても勇気を貰えました!だからわたくしがんばります!貴方と並びたてるように沢山努力します!だから、待っていてくださいね!あ、やっぱり待ってなくていいです!どんどん先に行ってください、わたくし、頑張って追いつきますから!」
「え、あ、うん」
神秘的な美幼女から意外と情熱的な言葉が飛び出し、混乱している間に謎の美幼女は嵐のように去って行った。
「久遠、初日の大成功おめでとう」
唖然としている私に月詠の祖母が話かけてきた。
「ばぁば、さっきの子は?」
「あの子は皇太子殿下唯一の子、刹那様だよ、何か感じたかい?」
「うん、守りたいなって」
「ははぁ、天原の血が入ってもお前はちゃんと月詠の子だね。そう感じるならお前も大丈夫さ」
「どういうこと?」
「まあそのうち分かるよ、明日も頑張んな」
「う、うん」
そういってお偉いさんの集団も去って行った。
刹那様、か……。
また会えるかな。
……
さて、何はともあれなんとか初日が終わった。
これをあと5日もやるのかと思うと正直気が重い。
今は初回が終わってテンション高く晴れやかな気持ちだが、2回目以降もこのキラキラした気持ちでいられるんだろうか、飽きて手を抜いたりしないのだろうか。
私は未だに同じ演技を何度もやる演劇公演というものに慣れないでいる。
ベテランの柿沼さんに聞いてみると
「ボクも最初はそう思ってたけど、実際やってみると毎回感動するもんさ」
と返ってきた。
「そんなもんですかね?」
「そんなもんそんなもん、さ、明日もがんばろう」
そういってポンポンと頭を撫でられる。
まあ同じ劇を100近くやってきたこの人が言うならそうなんだろう。
明日のことは明日考えよう。
そう決意も新たに撤収しようとした時、園児たちの方からざわめきが聴こえる。
「園長せんせいだー」
「ははは……みんな頑張ったね……」
園長か、そういえばしばらく姿を見ていなかったな。
稽古に集中するため、お偉いさんとか色々なお客の相手を任せっきりだった。
久々に挨拶をしよう、と最後尾で待っているが園児に捕まっているのか中々ここまでやってこない。
遅いな……。
しばらく目をつむって休憩していると、ヨロヨロと誰かが近づく気配がする。
「やあ久遠ちゃん……素晴らしい劇だったよ……タスケテ」
「あ、園長先生、お疲れ様……」
目をあけ久しぶりに見た園長先生は
(す、すっごい痩せてるーーーーー!)
笑顔を浮かべた即身仏のような姿になっていた。
とりあえず会食があるようなので回復して行かせてあげた。