88、ライオンクィーン 3
わぁぁぁパチパチパチパチ!
突然の演出に会場が湧きたちます。
「ム、ムナカタ、さっき彼女は突然現れなかったか?あの光はなんだ?それにあの風は?」
「さ、さぁ、最新のVFXと劇場の効果かな?」
「オー流石ニッポンの技術デスね……」
光は霊力として、今のは月詠流忍術の技、「月影」ですね。
高速移動したり残像を残す技で、わたくしの護衛も鬼ごっこをする時使ってきます、大人げなく。
風は久遠さんが客席後方から高速移動したことで起きたのでしょう。
しかしあの年齢でもう「月影」を使えるとは……。
久遠さんは武術も相当なもののようです。
『シ、シン、その手は……、?』
『シンの手が光ってる!』
『これは……王の力だ……』
シンはじっと手を見つめます。
昔の弱弱しい光ではなく、強い光を放つそれを見て、王国を捨てたシンは何を思うのでしょうか。
『王のちからぁ?なんだそりゃ、それよりシンてめぇ!よくも戻ってきたな!』
『ティモシごめん!ボクがいないせいで!』
『ま、まあな!』
『ボクのせいで、ボクせいでティモシは死んだ……』
『死んでねぇよ!』
『ボクのせいで死んで……ボクが……』
『死んでねぇっつうの!もうその話はやめだやめだ!ハクナマタータだぜ!』
『そうだよ、なにか食べにいこうよ!幼虫とかさ!』
『……うん、そうだね、行こう!』
こうして仲直りした3匹は、ホタルが舞う星空の丘にたどり着きます。
ごろりと寝ころび、ぼんやりと星空を眺める3匹。
『ねえティモシ、あの空に光るものが何か、考えたことはあるかい?』
『考えたことはねぇよフンバ。俺はね、知ってんだ』
『ほんとかい?』
『あれは全部ホタルなんでぇ、大きな黒い幕にくっ付いたホタル。いつか食ってみてぇよなぁ』
『そうだったのかい。シンはどう思う?』
『あれは……昔とあるライオンに聞いたことがあるよ』
『そのライオンはなんて?』
『あの星々には歴代の王がいて、ボクたちを見守ってくれてるんだって』
『へぇ、王様がアタシたちを?』
『うん……』
『シン?』
『お~い何処に行くんでぃ』
シンは立ち上がり、ティモシたちから離れ一人歌い出します。
「あなたはどうして~去ったのか~♪夜明けはいつ~晴れるのか~♪」
久遠さんのソロです。
ゆったりと踊り、父を思い出しながら、何故迎えに来てくれないのか、道を指し示して欲しいと願いを込めて。
すると次第に暗い夜が明け、じんわりと明るくなっていきました。
『陽はまた昇る♪いつかきっと晴れる♪』
コーラスとともに曲調も明るくなり、希望のある壮大な曲へと変化していきます。
(王国の夜明けだわ)
「久遠ちゃんのソロ……尊い……」
「ナルホド、シンの感情の変化がよく分かる演出デス。ニンジャガールの歌も素晴らしい」
総理が解説を放棄したので珍しく大統領が真面目に分析してます。やろうと思えば出来るんですね。
とにかくこれで落ち込む期間は終わりました。
ここからクライマックスに向けての盛り上がりが非常に楽しみです。
場面が変わり、ここは大樹のある森。
そこでは一人の老婆が瞑想をしていました。
王国のシャーマンであるマントヒヒのラフィカです。
『ムム!』
『どうしたのラフィカ?』
傍に居たララが問います。
『これは王の力……?まさかシン⁉』
『え?シン?』
『ララ様、シンは生きておりますぞ!』
『本当に⁉』
『ええ!しかと感じました!ララ様、シンを迎えにいってあげてください!』
『わかったわ!待ってて、シン!』
ララは森を飛び出してシンの所へ向かいます。
『時は……来たれり!』
ラフィカはドンと杖で大地を突き、待ち焦がれた時が来たと叫ぶのでした。
そして場面は草原に移ります。
そこではライオンが一匹の猫を追いかけていました。
『うおーい、助けてくれーい!』
『ティモシー!シン!ライオンにティモシが!』
『やめろ!ボクが相手だ!』
『ガウッ!』
ライオンとシンが取っ組み合いを始めます。
『くっ、強い……でも!』
勝負はシンが制し、馬乗りになったシンはトドメを刺そうと爪を振り上げます、でもそのライオンは……。
『ララ!』
『え?あなたは……シン⁉』
『そうだよボクだ!』
『シン!本当に生きていたのね!』
『ララ!どうしてここに!』
シンとララは抱き合ってテンション高く喜びます。
『い、一体どうなってやがんでぃ』
『ララ!彼はティモシ!でこっちはフンバ!ボクの友達だよ!』
『ティモシ?フンバ?』
『こっちはララ!ボクの幼馴染で友達だよ!』
『食べられそうになったのに宜しくなんて出来っかよ』
『よろしくねぇ』
『え、ええよろしく……じゃなくて!』
シンを振りほどくララ。
『わっ、どうしたのララ?』
『あなたが生きているなら、あなたが女王よ!』
『…………』
『女王?』
『どういうこと?』
『シンはライオンの王国の次期女王なの』
『シンが女王さまだぁ~?』
『ははぁ~今までとんだご無礼を~』
『やめてよ……ボクは女王にはならないよ……』
『なんで?一体何があったの?カースからヌーのことは聞いたわ』
『カースが喋ったんだ……』
『今王国はカースと手下のハイエナのせいでボロボロなの、帰ってきてよ!』
『帰れない……』
『どうして?』
『おいおい待てよ、俺たちの友達をどうしようってんだい?』
『僕たちにはシンが必要なんだ、連れていかないでよ』
『ティモシ……フンバ……そうだ、ララもおいでよ!ツラいことも忘れてさ!外は自由な世界、最高だよ!』
『あなたは王になるのよシン!』
『!……ほっといてくれ!』
『シン!』
そういってシンは逃げ出します。
(ああ~やきもきします。自分のせいで父が死んだと思い込み、後ろめたいのもあるでしょうけど、友との自由な生活が終わるのもイヤなんでしょうね。それは、少し分かります……)
『シン……シン……』
『ボクを呼ぶのはだれ?』
いつの間にかシンは森の中を歩いていました。
『シン』
『ラフィカ……』
呼び声の方へ向かうとそこにはシャーマンのラフィカがいました。
『お前は自分が何者か分かるかい?』
『ボクは……分からいない』
『私は知っているよ、お前はムファーサの娘、シンだ』
『父さん……』
『ムファーサは生きている』
『え?ほんとに?』
『こっちへおいで。この池の水を見てごらん』
シンは森の中の池に顔を映します。
『見えるかい?』
『見えない、いつも通りのボクの顔だ』
『よく見な、ムファーサはお前の心の中に生きておる』
『心の中……そうだ言っていた、父さんは星になってずっとボクを見守ると』
『お前こそが王となる。父も祖父もお前の中にいて、水に映るお前を通して見つめているのだ』
いつかの約束をようやく思い出したその時、星がキラリと光り、ムファーサの幻影が現れ語りかけます。
『シンよ、お前はすっかり忘れていたな』
『どうしてあなたのことを忘れることができようか』
『違う、お前は自分が何者であるかを忘れてしまった』
『…………』
『お前の心の中を見てみるのだシン、お前はただのライオンではない、お前に定められた地位に就かねばならぬ』
『でもボクはもう戻ることはできない、もう昔のボクではないのだから』
『自分が誰なのか記憶を蘇らせてくれ、お前は私の娘で、唯一の女王ということを』
『ボクは……』
『自分が何者なのか……思い出すのだ……』
星が隠れ、ムファーサの影が薄れていきます。
『父さん!いかないで!一人にしないでよ!お願い……!』
シンが手を伸ばした先には、もう何もありませんでした。
『……さて、風向きはどうなった?』
ラフィカがシンに語りかけます。
『風向きは変わりつつある……何もかもが変わりつつ』
『変わることはいいことだ』
『たやすいことではない……それは過去と正面から向き合うことを意味する。そんなこと……』
ポカリ。
『いたッ!何するの⁉』
ラフィカが杖でシンを叩きます。
『過去はもうどうでもいい!』
『でもまだ痛むよ』
『過去とは痛いものだ、でも道は二つしかない、過去から逃げるか、学ぶかだ。わかるね?』
今までのシンは過去に背中を向け、逃げてきました。
でも今、全てを思い出したシンは……。
『……分かった』
『ではどうする』
『ボクは……いや私は故郷に帰る、そして……』
拳を光らせ、女王となる決意をするのでした。
『お前~こ~そ~♪女王と~な~る~♪』
今まで薄暗かった舞台が明るく照らされ、バックダンサーの子供達が煌びやかに舞い踊る。
シンは真ん中に立ち豪華なコーラスをバックに高々とソロを歌い上げます。
迷いを振り払い、金色の光を浴びたその堂々とした姿は、まさしく女王と呼べるものでした。