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84、密着ドキュメンタリー

天才子役、天原久遠の朝は早い。

朝6時に起きて自宅近くの堤防でランニングをし、川原で発声練習を始める。


「久遠ちゃんおはよう、今日も元気だねぇ」


「久遠ちゃん今日も落語やるんかい?」


「おはよーおじいちゃんおばあちゃん」


川原で近隣住民と挨拶をかわす久遠ちゃん。

彼らにとって久遠ちゃんは小さなアイドルだ。


――おはようございます――


「おはようございます記者さん、天原久遠です」


――本日は密着取材を受けて頂き、ありがとうございます――


「いえいえ」


――しかしお早いですね、毎日こんなことを?――


「そうですね、少し眠いですけどやはり体力は大事ですし、この仕事を続けるなら体形も気になりますからね」


――ははぁえらいですねぇ。先ほどの発声練習は外郎売ですか?


「ええそうです、記者さんも知ってますよね?」


――ええもちろん。見事な喋りで感心しました――


外郎売ういろううりは古い言い回しと早口言葉が特徴の落語の一つだ。

その言い難さから演者やアナウンサー等の喋る仕事のウォーミングアップによく利用されている。

難しい噺だが久遠ちゃんの完成度は高く、かなり言い慣れてるように見える。

まだ4歳だと言うのに、朝トレといい一体どこまでストイックなのか。

天才と言われる彼女だが、こうした努力あってのことなのだろう。


「あ、こんな時間、幼稚園の準備しなくちゃ」


そう言って先ほどより早い速度で家へ帰っていく。

恐ろしい体力である。


家の前で待つことしばし。可愛らしい洋服に着替えた久遠ちゃんが母親と一緒に出てくる。


――社長、今日はよろしくお願いします――


「ええお願いねー」


天原伊波さん。

久遠ちゃんの所属するエターナルプロダクションの社長だ。

その名の通り久遠ちゃんのために会社を作り大成功。

天才天原久遠を育てた手腕と言い、全国の母親たちの憧れの存在である。

母親たちは子育ての秘密を知りたくて堪らないと言う。

現在第二子を妊娠中、家庭は円満のようだ。


「うふふ、今日はきっと良い画が撮れるわよ」


まるで確信するかのように言う社長。

天才を育てた彼女には、一体何が見えているのだろうか。




社長の運転で久遠ちゃんが通う白鳥幼稚園へ。

車に気付いた園児たちが一斉に集まって道を作る。


なんだ?


「「おはようございますくおんさま!」」


「くおんちゃんおはよー」


こ、これは一体……!


「やあおはよう」


久遠ちゃんは当然のように花道の真ん中を通り、手を振りながら穏やかな笑みを浮かべている。


――く、久遠ちゃん今のは?――


「ただのお迎えですが?」


――全然ただのではなかったですけど⁉――


「まあ一時期のごっこ遊びの影響が残ってる感じですかね、私が王様役で皆が騎士?みたいな」


――は、はぁ、ごっこ遊びですか――


「多分そんな感じです」


そう言って教室に向かう道中も沢山の人に話しかけられる久遠ちゃん。

どうやらかなりの人気者のようだ。

しかもみんなから「くおんさま」と呼ばれている。

これもごっこ遊びの影響だろうか。




「みんなおはよー今日もお勉強がんばろうねー」


「「おはようございます!」」


担任のミドリ先生が現れお勉強が始まる。

しかしなんと統率の取れたクラスだ。

知り合いの保育士から、園児など猿山の猿のような存在だと聞いていたがここはまったく違う。

担任の先生は相当の腕をお持ちのようだ。


「今日はお絵描きをしましょう!」



休み時間


――お疲れ様でした久遠ちゃん――


「お疲れ様です、退屈だったでしょう」


――いえいえ、興味深かったです。ところで皆さん今は何をしてるんですか?――


「かるたとトランプです」


――かるたとトランプ?――


「やはり文字や数字を覚えるならかるたとトランプは鉄板ですからね」


――そうなんですか?――


「ええ、ラノ…本で見ました。私が推奨し、なるべくこれで遊ぶようにしたところ、既に全員文字も読めるし、簡単な計算もできますよ」


――え、凄すぎません?みんな4歳ですよね?――


「まあ子供の遊びに対する集中力は凄いですから、上手くハマってくれて助かりました」


――きっと久遠ちゃんという目標があるからでしょうね――


「だといいですね」


どうやら天才天原久遠は自分だけでなく、周りの学力もあげようと色々しているらしい。

その強力なリーダーシップとカリスマに先生も助けられている、と同時に胃も痛めているらしい。


胃も?



お昼休み。

おや?園児達の様子が?


「ウホッウホッ」


「キィキィ」


園児たちがいきなり野性的に!やはり幼稚園は猿山だったのか……⁉


「ああこれはごっこ遊びですよ」


――これがごっこ遊び⁉――


「ライオンクィーンのDVD見せたらこうなりました」


――こうなりました⁉――


普通こうはならないと思うが、それは置いといて、丁度聞きたい話題が出てきた。


――ライオンクィーンと言えば今度公演予定の舞台ですよね――


「ええ、本番に向けて園全体で頑張っていますよ」


――なんでもチャリティーではなく、収益を目的とした新しい取り組みだとか――


「はい、記者さんはどういった時に自分が認められたと感じますか?」


――……仕事を人に褒められた時ですかね?――


「でもそれがタダ働きだったら、本当に自分の仕事が認められたか分からないですよね?」


――まあ確かに、誰でもよかったんでしょとはなるかも――


「やはり真に認められたと感じるのは報酬、つまりお金を貰った時だと思うんですよ。お金はとっても大事ですからね。大事なものを分け与えるほどならその評価は本物です」


――なるほど。ということは今回も?――


「一生懸命頑張って、お客さんから賞賛と報酬を貰って、自分の力で欲しい物を買えた時、きっと子供たちにはすごい自信が付くと思うのです」


――それは……すごいことですね――


子供の頃に自信が有ると無いとでは、その後の人生に多大な差を生む。

それをこの子はこの歳で悟り、なんとかしようと行動しているのか……。


「まあ私も初めての試みなので、どうなるかは分からないですけどね」


しかしその顔は自信に満ち、成功を確信しているようだった。



「そろそろお昼休みも終わりですね。午後からは丸々舞台の準備に使います」


「年少さんはこっちでーす!」


時間になると各学年に別れ、踊りの練習を始める。

稽古を付けているのは今回のために雇ったプロの舞台役者だという。


――プロを雇うとは思い切りましたね――


「お金をとる以上は当然です。それにチケット代から報酬を払うので懐も痛まないですからね」


――なるほど、よく考えてますね――


ここで役者たちのリーダー柿沼さんにも聞いてみましょう。


――どうですか出来栄えは――


「いやー園児たちもこちらの言うことをよく聞いてくれるし、期待以上のものが出来そうですよ」


――普段は舞台役者をしてるんですよね?お忙しいのでは?――


「いやいや、フリーの舞台役者なんてこのご時世全然仕事ないですからね。この話を聞いて飛びつきましたよ」


――そうなんですか?子供が好きで、ボランティア精神でやってるのかと思いました――


「始めはただ仕事が欲しかっただけですね。ボランティアなんてしてる余裕ないです」


――そうだったのですね。かなり熱心に取り組んでいるので、仕事以上の気持ちがあるのかと思ったのですが――


「ふふ、この仕事を大成功させたらどうなると思います?」


――話題にはなりますし、柿沼さんの人気も上がって仕事が増える?――


「それだけではありません。もし幼稚園公演が成功したら他の幼稚園もマネをするでしょう?そうしたら全国の幼稚園から僕のような仕事のない役者に声がかかるわけです、もちろん僕は実績があるから一番忙しくなるでしょうね」


――おお、業界全体が活気づくわけですね?――


「久遠ちゃんのすごいところはそこです。自分だけでなく周りを、業界全体、いや日本全体を見ている。まったく恐ろしい子ですよ」


――な、なんという……この一手で子供の教育だけでなくそこまで考えて――


「買いかぶりですよ。まあ私の手の届く範囲は幸せにしたいとは思ってますけどね」


そう言う久遠ちゃんの頬は少しだけ赤くなったように見えた。


「その手が広すぎるんだよなぁ」


――これは今度の舞台がより楽しみになりましたね――


「期待していてください。素晴らしいものにして見せますよ、子供たちと共にね」


「あはは、私も頑張ります」


なんとこの公演にそこまでの意味があったとは。

一部で噂される「金持ちのわがままお嬢様が出しゃばったお遊び劇」などとはとんでもない。

大いなる意義のあるとても尊い行いであることが分かりました。


「最初は打算で始めたことですが、今ではもう子供達が大好きで、非常にやりがいを感じています。どんな結果になろうとも、この活動は続けていきたいですね」



子供たちの様子も見てみましょう。


――これは何を作ってるのかな?――


「わたしたちの衣装!」


見ると細かいパーツを子供たちが色を塗り、あとで組み合わせるようだ。

成程、切ったり塗りつぶすだけなら園児たちでもできる。


――君たちは今度の劇のことどう思ってるのかな?――


「たのしみ!それにうれしい!」


――うれしい?――


「だってこれくおんさまが考えたことなんでしょ?くおんさまはいっつもわたしたちのこと助けてくれるから、力になれてうれしいの!」


――君たちにとって久遠ちゃんってどんな子?――


「おうさま!」「ボス!」「ともだち!」「すごい子!」


――そうかそうか、ありがとう、舞台、楽しみにしてるよ――


「「はーい!」」


天才子役天原久遠。

彼女は己の才能に驕ることなく、その才を人の為に使い幸せにする真の天才だった。


「久遠ちゃんお迎えきたわよー」


「はーい」


「くおんさま!さようなら!」


「くおんさま!またご指導お願いします!」


「くおんちゃんまたねー」


拍手をし、彼女を送るこの花道は決してごっこ遊びの延長ではなく、子供たちの心からの行いなのだろう。


「久遠様、お迎えにあがりました」


「ええ斎藤、ご苦労様」


バタンと黒塗りの車のドアが閉まる。

まるで漫画の中のシーンのようだ。

気付けば私も周りの子や親と一緒に手を叩いていた。


こうして天原久遠の一日は終わる。

彼女が主演のミュージカルはいよいよ来週公開。

一体どんな内容になるのか、その後の社会はどう変わっていくのか、私も非常に楽しみである。


――――――――――――――


【情熱世界終わた】


【久遠ちゃんやべーな】


【そら(久遠ちゃんと直に接したら信者になるのは当然)そーよ】


【あの公演にそんな意味があったとは……】


【多分最初そこまで考えてなかったけどいつの間にかそうなってたんだと思うよ】


【久遠ちゃんだからな……】


【そういう適当なところも好き】


【なんだあの花道www】


【ワロタけど実際久遠ちゃんが登場したら俺らもそうすると思う】


【間違いない、考える前に体が動く】


【久遠ちゃんもお嬢様ムーブできてまんざらでもなさそうなのがいいよね】


【あれ絶対気分良くなってるよね】


【さていよいよ来週か、俺二日目】


【ライブビューイングなんとか当たった(´・ω・`)】


【お偉いさんも来るみたいだから風呂入って正装してけよ】


【叫んだらSPとか来そう】


【オフ会行く人ー】


【ノシ】


【ノシ】


【え?俺聞いてないんだけど?】

…………


……


そうして色々な所で話題になりつつ、公演の日がやって来るのだった。


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