80、園長先生のお願い
「くおんちゃんなに読んでるのー?」
「ペーターラビットの絵本」
ある秋の日の幼稚園。
私は何故かすっかり定位置となった小山の上に陣取り、読書をしていた。
私とて毎日勉強ばかりしているわけではない。たまにはこうして幼児らしく絵本なども読んだりするのだ、原書だけど。
ちなみに今話しかけてきたのはスミレちゃん。
周りが何かと様付けしてくるなか、唯一くおんちゃんと呼んでくれる我が道を行く女の子だ。
「よしスミレちゃん、せっかくだし私が読み聞かせてあげよう。えー、わんすあぽんたいむ」
「くおんちゃんなに言ってるかわかんないよー」
「くおんさまー」
と、私が女児に絵本を読み聞かせるというハートフルな時間を邪魔する者が現れる。
「なんだ我が騎士小太郎、邪魔をするな」
コイツの名は小太郎、私の子分だ。
ただ子分だと親御さんの印象が悪いので、騎士と呼んでいる。
待遇に変化はないが本人たちは大いに気に入り、おうちでも騎士ごっこをしている、親御さんにも好印象だ。
ちなみに小太郎は私をブス呼ばわりしたオス猿である。
最初に子分となったことで私の一の騎士だと自慢げに言ってるが、それは私をブス呼ばわりしたことで私の怒りを買っただけであって、別に誇るようなことではない。
「エクスカリバー貸してくださいよエクスカリバー!」
そのことを忘れて私に非常に懐いてくるが、私は記憶力がいいので忘れていない、ブス呼ばわりしたことを。
「やれやれまたか、はいエクスカリバー」
私は遊具のフニャフニャな剣を霊力で光らせ、小太郎に渡す。
「やったー!お前ら見ろー!これが我が王から授かった聖剣、エクスカリバーだぁぁ!」
「ぐあぁぁ!」
「小太郎ずりー!」
「次ボク次ボク!」
男の子たちは元気いっぱいだ。
やれやれ、これでは静かに読書もできやしない。
私も適当に遊ぼうかな、と立ち上がろうとしたら担任のミドリ先生が近づいてきた。
「久遠ちゃん、園長先生が何かお話があるそうよ」
「園長先生が?なんでしょう、特に心当たりはありませんが」
「私にはいっぱい心当たりがあるわよ久遠ちゃん。とにかく行ってあげてね」
「はーい」
園長先生か。
普段は教頭先生が前に出るので影が薄いが、子供好きで優しいおじいちゃんだ。
しかし東西の砂場を掛けて園児達が争うのを是とするお茶目な面もあって、私的には中々話せるお人である。
「失礼しまーす」
職員室に入る。
「いらっしゃい久遠ちゃん、こちらにどうぞ」
園長先生だ。
園長室という豪華なものはないので、職員室の奥の応接間に案内され着席。
「さて久遠ちゃん」
「はい」
「以前久遠ちゃんが話してたあれね」
「あれ?」
「子供のうちから勉強してお金を稼ぐべしってやつ」
「あーはい、言いましたね」
以前私が今後の教育について考えていた時、テンション上がって演説をぶちかました時か。
「先生の一人があの演説撮影しててね、それが親御さんにも広まっちゃったんだよね」
「何してるんですか?」
「それで親御さんたちいたく感動しちゃってね、特に自信を付ければイジメられないって部分」
「はぁ」
確かに言った。
究極の成功体験は働いて報酬を得ることだと。
そうして自信がつけば、勉強に積極的になり友人も増え、イジメられることも無くなるだろうと。
根拠の無い持論だがそう間違ってはいないと思う。
「そしたら問い合わせが沢山きてね、『是非教育に取り入れてください』『何を売るんですか』『まだ教えてないんですか』って」
「ええ……?」
私は小学生になってからのつもりで言ったのだが。
「そんなわけで先生もなんとかしようと思うんだけど、何も思い浮かばなくてね。久遠ちゃん、何か案はないかな」
「そう言われましても……うーん幼稚園児には流石にお金になるクオリティのものは作れないし……」
「お遊戯会ではダメなんだよね?」
「あれでお金を取るのはちょっと。ここで重要なのは思い出作りではなく実績。努力して苦労して、それが認められて報酬を得るというのが大事なのであって、うーん」
「クッキー作って売るとか?」
「簡単すぎます。小学生になった瞬間に忘れますね」
「ふーむ、昨今は少し厳しくするとクレームがくるからねぇ、まったくあれくらいで文句言ってたら将来ロクな子に……」
園長先生も色々溜まってそうである。
「あ」
「何か思いついたかい?」
「演劇なんてどうでしょう」
「演劇?お遊戯会と変わらないのでは?」
「私が主役をすればそれなりにお客が呼べるはずです。……いや?折角なら他にも演劇のプロを呼んで、その人たちと本格的な舞台を作り上げた方がいいかも?それでああしてこうして……」
メインキャラを私やプロが演じ、園児たちはモブや小道具作りをやってもらうのはどうだ?
クラシックの合唱コンサートでは、ソリストをプロがやり、合唱は学生やアマチュアがやることも多いし有りだろう。
指導はプロにお願いして、1ヶ月くらいかけて放課後みっちり演技を練習し、本格的なセットを子供たち自身が作り上げる。
そして劇場でお金をとって公演し、そこからプロに謝礼を渡したり、園児たちに報酬を支払うのだ。
園は実質タダでできて嬉しい、プロは話題になるしお金もらえて嬉しい、園児はプロの現場を体験し、成功体験が積めて報酬も貰えて嬉しいのオールハッピートライアングルだ。
「そして何より!この私と一緒に演劇が出来る栄誉!きっと大人になっても『俺、天原久遠と同じ舞台に立ったことあるんだぜ』って生涯の自慢になることでしょう!」
「お、おおー」
パチパチパチパチ。
園長先生が若干気圧されながら拍手をする。
どうだろう、悪くないと思うのだけど。
「ふむふむ……いいねそれ、やってみようよ。と言っても先生にはどうすればいいのかまったく分からないけども」
「まあ初めてのことですしね。うちのマネージャーがコネとかすごいんで、彼に手伝ってもらいましょう」
プロの人との交渉とかスケジューリングとか劇場の予約とかその他諸々、全部斎藤に丸投げでいいだろう。
「こうなるとやはり大々的にやりたいですね……宣伝とか広告とか……知り合いのテレビ局に頼んでメイキングドキュメンタリーとか面白いかも……他にも……」
折角やるならとことんやりたいよね。
「子供たちにも良い思い出になるよ」
ニコニコと笑う園長先生。
しかし彼は分かっていなかった。
天原久遠の影響力というものを。
彼の平穏な園長生活は今、終わりを迎えようとしていた。