77、新月美空
「ソラ……」
「やっぱり斎藤さんだ!なんだかすっかり健康的になってるし、格好もピシッとしてるから一瞬誰?ってなりましたよ!」
秋葉原で街ブラしていたら一人のメイドに話し掛けられる久遠と斉藤。
彼女を見て斎藤は、直前までの予言めいた会話を思い出し、諦めた。
もうなるようになれ。
「へー斉藤って名前で呼ばれるくらいメイド喫茶に通ってたんだ。ね、メイド喫茶ってどんな感じなの?楽しい?」
メイド喫茶に興味津々の久遠。やっぱり萌え萌えキュンするのだろうか。
「ち、違いますよ。えーと、この子は先程話していたスターリーステラのリーダーの……」
「お初にお目にかかります久遠様、ソラこと新月美空と申します。このような格好で恐縮ですが、お会い出来て大変光栄に存じます」
ものすごく深く丁寧に挨拶をされ、たじろぐ久遠。
「え、ええ、始めまして天原久遠です……ん?新月?」
「はい、新月家は月詠家の分家。次期当主たる久遠様のことはよく存じております」
「ええ⁉」
担当なのに今まで知らなかった事実に驚く斎藤。道理で一人だけ身体能力が異常だと思った。
スターリーステラはリーダーのアクロバティックなダンスが売りのグループだ。
「そうなの?へー世間は狭いなぁ」
身内だと知り即態度を身内用に切り替える久遠。
「はい、斎藤さんを助けたのが久遠様と聞いて、本家の方は流石だと思い知らされました。私の言葉にはちっとも耳を貸さなかったんですけどね……あんなに励ましたのに……やっぱり私アイドル向いてないんだぁって……」
「う、ソラ、そのことは……その……」
急に闇落ちする美空にアタフタする斎藤。
「なーんて、冗談ですよ!こうして元気になってくれて本当に良かったです!久遠様にも本当に感謝しています!」
「ソラ……心配をかけてすまなかった、そしてありがとう、君の存在は本当に心強かった」
「はい!全部許します!」
本当に嬉しそうに話す美空。
気まずくて連絡を取らなかった斎藤を責めるより、生きて無事会えたことを喜んでる様子だ。
その態度を見てピーンと察する久遠。
(ははーん、成程そういうことね)
この美空、どうやら斎藤のことを憎からず想っているようだ。
そういうことなら可愛い親族のために協力するのもやぶさかではない。
まあアイドルとしては褒められたものではないが、元ならいいだろう。
「じゃ、斎藤、積もる話もあるだろうし、美空さんと二人で話してきなさいよ。私もうタクシーで帰るから」
「え?いやいやそうもいきませんよ、送っていきます」
「ぐぬぬ」
そりゃそうだ、斎藤でなくとも4歳児を一人で放り出す大人はいない。
「あー、じゃあスパ銭入ってくるから、3時間くらい。その間に二人で」
「え?あの最近できた所ですか?抜け駆けはずるいですよ久遠様。もちろん私も行きます、じゃ、ソラ、また」
「こいつマジか」
こんなに二人きりで話したいオーラを出してる元アイドルに対して、この朴念仁っぷり。
仕事のことになると鋭いのに、こっち方面ではラノベ主人公並みに鈍感な斎藤だった。
「あはは、いいんですよ久遠様、私も仕事がありますし、大体いつもこうなんで……」
美空の目からハイライトが消えていく。
「分かった!じゃあ美空さんの仕事先に行こう!」
「美空でいいですよ。でもうちメイド喫茶なんですけど……幼児はOKだったかしら……」
「前々から興味あったんだよねメイド喫茶!斎藤もメイド大好きよね?」
「え?斎藤さんほんとですか?」
「やめてくださいよ捏造は……」
「でも最近メイドの楓と二人で何かしてるし」
「久遠様詳しくお願いします」
「誤解を招く言い方は止めてください!仕事の話です!」
「じゃ、案内宜しくね、美空。そこで話をしましょう」
「は、はい!かしこまりました!」
「久遠様?私別にメイド好きじゃありませんからね?」
「わかったわかった」
こうして初めてのメイド喫茶「あいどりーメイド」に足を踏み入れる久遠。
「ご主人様のお帰りでーす」
「お帰りなさいませご主人様!お嬢様!」
「おおーこれがかの有名な」
アニメの世界でしか見たことない光景に目を輝かせる久遠。
ちなみに久遠はガチのお嬢様なのでこのようなごっこ遊びは通用しないはずだが、両親の趣味で庶民暮らしをしているため、お嬢様扱いされて普通に気分がよくなっている。
「あ、どうも……」
斎藤はさっきから非常に緊張している。アイドルのマネージャーとは言えストイックにやっていたため、このようなオタオタしい所は慣れていない上、知り合いが働いていることで共感性羞恥が働き、どうにも気恥ずかしい。
店内はそこそこ広く、清潔で治安も良さそうだ。
先客が3組いて久遠を見て驚愕したが、すぐに目を伏せゲ〇ドウポーズをとり日経平均の話をし始める。
しかし内心は嵐のように渦巻いていた。
(どえぇぇ久遠ちゃん⁉)(なんでメイド喫茶に⁉)(おちおち落ち着けお前ら鉄則を思い出せ!)
久遠たちが席に着くと、その直後一斉に客がドカドカとやってきて一瞬で席が埋まる。どうやら丁度いい時間に来たようだ、と久遠は思った。
言うまでもなく外で様子を見ていた久遠ファンたちである。代表として美空ファンも兼任している者達が、厳粛なじゃんけんの末数組が入店を許された。
そのファン達は席に着き全員でゲ〇ドウポーズ。これから始まるイベントを決して聞き逃すまいと聴覚に全神経を集中し黙り込み、異様な雰囲気を醸し出している。
しかし久遠は気付かず、(メイド喫茶ってもっと騒がしいと思ってたけど、意外と静かだなぁ。けっこう本格的なお洒落メイド喫茶なのかもしれない。しかし何故全員ゲ〇ドウポーズ?もしかしてあれがここの主人としての正式な待機ポーズなんだろうか。あ、これがコンセプトカフェのロールプレイングってやつか!深いわー)と一人納得して頷く。
自分に向かう好意に対する鈍感具合は、斎藤と大差ない久遠だった。
とりあえず自分はお嬢様だからあのポーズは取らなくていいだろうと判断し、メニューを広げる。
「さて、何食べよっかなー」
どれも高い。けどまあこんなものだろう。
折角ならメイド喫茶ならではのものが食べたい。
「やっぱオムライスかなー、斎藤は?」
久遠が目を向けると斎藤は緊張のあまり、無言でゲ〇ドウポーズをとっていた。
その姿に「やはり斎藤はメイド喫茶の常連なのでは?」と疑いを深める久遠であった。
また長くなったので分割!