74、弟か妹か、それが問題だ
「パパ、くーちゃん、大事なお話があります」
「「へ?」」
夕食時、私たち家族は父の就職祝いであろう高級寿司を囲み、美味い美味いと食べていたのだが、母の一言でその手が止まる。
しかし寿司など、何処で食べても同じだと思っていたが全然違うものである。
私はこのような寿司を食べたのは久々だが、父と母は毎日のように食べれる身分であるにも関わらず、わざわざ庶民食を食べていたのだ。
聞けば2人は別に駆け落ちでもなんでもなく、普通に両家合意の元結婚したらしい。
本来なら父は月詠家長女である母に婿入りし、そのまま月詠家に住む筈だったのだが、
式を挙げた翌日にいつの間にか建てていたこの家に引っ越し、そのまま庶民暮らしを始めた。
しかも婿入りなのに天原姓を名乗っている。
一体こりゃどうしたことかと月詠家は母を連れ戻そうとしたが、母の「この方が良くなるから」との一言で色々納得して帰ったという話だ。
まあ確かに高天原グループの総帥を目指すなら天原姓の方が通りがいい。
母はこうなると分かっていたのだろうか。
それに別に嫁入り婿入りなんてのは苗字が変わるくらいで、あとは気の持ちようだ。
戸籍は天原久遠だが、月詠家として仕事をする時は「月詠久遠」と名乗ってもいいかもしれないな。
月詠久遠、神秘的で良い響きだ。
と発言した母の顔を見ながら最近知ったあれこれを思い出す。
「何ママ改まって。パパが何かしたの?」
「ええ?なんだろう、大したことはしてないと思うけど」
この男にとって日本一のたこ焼き屋の会社を作り、速攻で実家に譲り転職したのは大した事ではないらしい。
「実はね~……」
「……溜めるね……」
「ねぇ、俺ほんとに何にもしてないよね?ね?」
「くーちゃんに弟か妹が出来ましたー」
「「マジで?」」
くっ、さっきから父と同じ顔で同じ返事をしてしまう。
こういう時この適当な父と同じ血を感じる。
しかし今はそんなことどうでもいい。
私に弟か妹だと?
「おおー2人目!ありがとう伊波!体は大丈夫?今日病院行ったの?」
珍しく私の前でも母の名前を呼び喜ぶ父。
本当に嬉しそうである。
「うふふ、最近体調悪かったから仕事サボってね。2ヶ月だって」
「あ、だから高級寿司なの?パパの就職祝いだと思ってた」
「久遠?パパ一応ずっと高天原の社員だからね?」
「食べ飽きた味だけど、折角のお祝いだしねー」
「こういうのはたまに食べるから美味しいんだよね」
そうか?私は毎日高級寿司でもいいが?
「2人は男の子と女の子、どっちがいい?」
「「え?」」
非常に答えにくい質問である。
どちらかを選び、違う方が産まれたら母子共に禍根を残す危険な質問だ。
故にここは……
「ど、どっちでも嬉しいかな」
答えとしては父のこれが正解だろう。
だが私は考える。
どちらが欲しいかと言えば私は妹が欲しい。
ノーシンキングで可愛い妹一択である。
だが待ってほしい。
妹と言えば当然女である。
女と言えば可愛いだけではない、そう嫉妬だ。
この私の妹だぞ?
容姿はきっと問題ないだろう、私よりもかわいいかもしれない、しかし他が問題だ。
妹は姉を真似るもの。
私と同じように芸能界入りするかもしれない。
しかし私は天才子役かつ月詠家当主かつ高天原グループ総帥(予定)だ。
私と同じになるのは不可能である。
妹はそんな私に嫉妬して私を嫌いになるかもしれない。
いや嫌いになるならまだいい。
私と比べられ、そのせいで女子に妬まれたり、イジメられたり、ネットで陰口を叩かれたりするかもしれない。
本人も真に受けて、超天才たる私との違いに自分に自信が持てず、引きこもりになるかもしれない。
そしてそのうち非行に走って変な男に引っ掛かり、ろくでもない人生を歩むのだ。
なんと恐ろしい未来、これはいけない。
対して弟はどうだ。
きっと私に似て超絶イケメンだろう。
芸能界に入っても比較されるどころか、流石私の弟だとチヤホヤされると思う。
イジメなんかもされることなく、女子はもちろん男子も私目当てに寄ってくるに違いない。
そして弟は姉の真似はあまりしないだろうから、才能の違いに絶望する可能性も低いと思われる。
なんなら私自ら鍛えてやってもいい。
男は多少雑に扱っても問題ないから厳しく稽古や勉強を見てやろう。
私こそが絶対上位者であると幼少期から叩き込めば嫉妬する気もおきまい。
弟は姉に逆らえないものである。
となると弟か……。
私は母の質問に答えようと顔を上げ……
いやまてよ?
そうだ、始めに弟、次に妹を産んでもらえばいいのでは?
なにも妹を諦める必要はない、もう一人作ってもらえばいいのだ、まだ若いのだし。
間に凡人の弟を挟めば、妹が私を追いかけて絶望する危険度は非常に下がるはず。
それにイケメンの兄がいれば、女子からの嫉妬やイジメは避けられる気がする。
イケメンで私に絶対服従な弟と、超絶凄い姉に守られたフワフワでお姫様な世界一可愛い妹。
うん、いいんじゃないか?
これでいこうこれで。
私は改めて母に向き合う。
「随分長く考えてたわねー、決まった?」
机に両手をついて頭を下げる。
「まずは弟、次に妹でお願いします!」
「あ、ずるい!」
「うふふ、気が早いわねー。弟と妹かぁ、今回はどっちかなー?」
「ていうかもう分かってるんじゃないの?教えてよー」
「この事に関しては見ないようにしてるから分かんないわー、お医者さんにも秘密にしてもらってるの」
「久遠の時もそうだったぞ。産まれるまで分からなくて、名前を考えるのが大変だった」
だから男女どちらでも通用しそうな名前なのか……。
「くーちゃんもその時までお楽しみに、ね?」
「むー」
何でも分かってしまう母だが、何でもは知ろうとはしない。
きっと産まれるまでのこの期間は、母にとってはとても楽しい時間なのだろう。
私も楽しみだ、どちらが産まれてもめちゃくちゃ可愛がって、お姉ちゃん大好きっ子にしてやるのだ。
でもそうなるとやはり妹……いややはり弟……。
私のこの問答も、しばらく続きそうである。