72、久遠の所信表明
『我が親愛なる社員諸君、今宵はよくぞ集まってくれた。さっそくパーティーを始めたい所だが、今日は大事な知らせがある。なに、良い知らせだ、楽にして聞いて欲しい』
さる高級ホテルの大広間に総帥の言葉がマイク越しに響き、
正装した大勢の男女がざわざわと予想を始める。
「お知らせ?珍しいな総帥自ら」
「何処かの部署が大成功でもしたか?」
「跡取りが決まったとかでは?」
「高彦様だと我々一般人は困るのだが……」
「あの方は能力はあるが、理想が高すぎるからなぁ……」
今日は高天原グループの創立記念パーティー。
煌びやかな内装、高級な料理に酒、
グループの幹部や功績を上げた社員を労うため開かれた、日本屈指の豪華さを誇る社内パーティーだ。
しばらくの間を置き、祖父が語りだす。
『まずは我が三男、天原凪が帰ってきた』
「おお……」
「凪様が……」
「今回は長かったな」
『この5年間何をしていたかと言うと、なんとたこ焼き屋をしていた』
「た、たこ焼き屋……⁉」
「天原家の御曹司ともあろうお方が何故たこ焼き⁉」
『そのたこ焼き屋だが、小さな屋台から一人で始め、5年で全国のシェアを塗り替え、日本トップのたこ焼き屋にしおった。流石の儂も訳が分からず笑ってしまったわ』
「流石凪様だ」
「相変わらず神懸っておられる」
「しかし気まぐれが過ぎるぞ。もっとやって欲しい仕事はあるのに」
「次は何をしてくれるんだろう、うちに来てくれないかな……」
「気まぐれな上天邪鬼だからなぁ……また屋台とかだろ」
『凪の次の仕事だが……なんとスマホに決まった』
その瞬間会場がザワリと大きく揺れた。
「スマホ⁉」
「よっしゃーーー!!!」
「うちに凪様が⁉」
壇上に父が現れマイクを渡される。
『やあみんな久しぶり、凪だ。今後はスマホ開発に力を入れることに決めた。目標はPフォンの駆逐だ。圧倒的な女性シェアを誇るPフォンを超えるスマホを作り、我々の手で女性客を全て奪ってやろうじゃないか。やはり真のスマホとはサイボーグフォンしかあり得ないからね』
「まったくその通り!Pフォンはクソ!」
「Pフォン駆逐ってマジかよ、出来るのか?」
「オモイカネが天下をとる時が遂に!」
盛り上がる男性陣に対し、一部の女性社員は気まずげに目を反らしている。恐らくPフォンユーザー。
自社のオモイカネフォンを使わずにPフォンを使うとは、とんだ裏切りものである。
そんな彼女たちにこそ、何故Pフォンを使うのか聞き、是非参考にしたいものだ。
一通り挨拶を済ませた父は、再び祖父にマイクを渡す。
『そしてもう一つ。我が天原家に新たな才能が加わった。儂の孫、天原久遠だ』
そうして勝負服のゴスロリドレスに身を包んだ私は、舞台袖から中央へ歩き出す。
背筋を伸ばし、堂々と。演技の練習ですっかり慣れたものだ。
「孫?もしかして凪様の?」
「まだ幼児ではないか、紹介するには早いのでは?」
「あの子ってドラマに出てた子じゃないか?」
「く、久遠ちゃん⁉」
「天原家の関係者だと思ってたけど、まさか総帥の孫とは……」
『皆様初めまして、天原凪の娘、天原久遠と申します。この度父の復帰に伴いまして、天原家の末席に加えていただく運びとなりました。未だ4歳と若輩の身ではありますが、この素晴らしきグループの為、一族の者として、身を粉にして働きたいと存じます。皆様どうか、ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします』
パチパチパチパチ、と戸惑ったような拍手が鳴り響く。
「4歳って、若輩ってレベルじゃなくない?」
「えらく丁寧な挨拶だ。しかし小さいのに何だかオーラがあるな」
「天原家ともなると、4歳でもこんなに違うのか……」
「ふ、久遠ちゃんならあれくらい出来て当然……」
「くくく……そこは既に我らが通った道よ……」
後方で腕組している数人は私のファンだろうか、そこそこいるな。
『この久遠は実に優秀でな。既に天原の才を開花させ、子役として働いている。ヨーチューバーとしても活躍し、登録数は既に100万人、今もっともホットな子役として有名だ。人気コンテンツは除霊動画、最近バズったのは』
『お、おじい様、その辺で』
この数日で私の身辺を調べたのだろうか、流石総帥ともなれば耳も早い。
『コホン、そしてなんと久遠は……後継者レースに名乗りを上げた』
更にざわりと湧く会場。
隅の方にいた伯父たちも驚いた顔をし、こちらに近づいてくる。
「なんと⁉」
「いや流石に子供の冗談では?」
「うおおおお久遠ちゃんがまさか俺の上司に⁉この会社入って良かった!」
『しかも久遠はあの月詠家の次期当主にも内定している。久遠が総帥になった暁には、両社の関係はより親密になり、出来る事も増えるだろう』
「月詠家ってあのツクヨミグループの?」
「高天原とはライバルじゃなかったのか」
「そういえば凪様のお相手は月詠家の令嬢って噂があったな」
「さ、流石久遠ちゃん、予想を遥かに超えてくる……」
とそこでダンダンダンと足音を響かせ、マイクを持って高彦伯父さんが壇上に上がってくる。
『父さ、総帥、本気ですか⁉』
『本気だ。久遠はまだ子供だが知能は既に大人並み、才能も総帥に向いている』
『才能?記憶力が良いと聞きましたが……』
『もう一つある。人をその気にさせる才だ』
『そんなものが何の……』
『少なくとも凪をコントロール出来る。お前も見ただろう、今回凪がスマホを選んだのは、久遠が勧めたからだ』
『っ……確かに……それは……』
「おいおいマジなのか?」
「凪様をコントロールってとんでもないことじゃ……」
「他の我がままな天才たちにも効くのか?それって……」
『伯父様、私はすでに天原家の人間。よってグループの社員も私の家族同然です。私は自分の才能がこのグループに有用だと知り、もっと役に立ちたいという想いから、次期総帥を目指すことにしました。認めてくださいませんか?』
今考えた理由だがまあ間違ってはいない。
私は自分の手の届く範囲は幸せにしたいと思っている。
『子供の遊びではないんだぞ』
『もちろん分かっております。私が総帥になったら個々の能力を存分に発揮させる環境を作り、社員を鼓舞し、ツクヨミグループと共に世界一の企業にしてみせましょう』
『そうか……次期総裁を目指すというなら、今日からお前は私の敵だ』
『私は敵対するつもりはありません。このレースを通じて、共にグループを盛り上げていけばいいじゃないですか、それで最後に伯父様が勝っても、私は文句を言いません。正々堂々と、才能比べといきましょう』
『ふん、抜かせ……確かに人をのせるのが上手いようだ。精々あがくがいい、次期総帥は私だ』
『はい、お互い頑張りましょう』
そう捨て台詞を吐いて伯父は壇上を降りて行った。
段どりとは違うが、中々いい所信表明になったんじゃなかろうか。
さて、退場して料理でも食べよう。
「えーっと、まあ俺ともよろしくな、久遠ちゃん」
「はい、頑張りましょうね、辰巳伯父様」
舞台袖にいたのは完全に出遅れたもう一人の総帥候補、辰巳伯父さんだった。
一見ただのチンピラだがこの人は侮れない。
おそらく一族外からかなりの支持を得ているだろう。
私は飄々と去っていく伯父の背中を見つめた。
こうして私の後継者レース参戦は周知され、事業に口出しをする権利を得たのだった。
スマホは父に任せるとして、さて、何から始めようか。
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「とんでもないことになったな」
「ああ、まさかの3人目の候補者、しかも4歳の幼女」
「しかし能力と家柄は突出している、性格はまだわからんが」
「ああ、凪様を動かせるなら無敵だぞ」
「月詠家の次期当主って、ほんとなのか?」
「そうすると月詠家に乗っ取られるんじゃ……」
「久遠ちゃんはそんなことしません!」
「「そうだそうだ!」」
「君たちは久遠様について詳しいのか?」
「ええ、ええ、とりあえず皆さん、Yo!tubeのこのチャンネルを見てください」
「グイグイくるな、君ら普段大人しいのに一体どうした?む、これは……」
ファンの暗躍により、久遠の存在は一気にグループ全体に知られるのだった。