7、エタプロ
エターナルプロダクション。
つまり久遠プロダクション。
この親、なんの恥ずかしげもなく会社に娘の名前を付けおった……
私は遠い目をしながら目の前にそびえ立つビルを見上げる。
場所は都内の外れにある築十年くらいの6階建てで横に広い。
表札は全階ぶち抜きで「エターナルプロダクション」1つだけ。
「ここが私達の城よ!」
ババンと母が無駄に豪華な表札を叩く。
「え?このビル全部?すごく大きいけど……ていうか会社作るの早すぎない?」
「会社なんて名乗るだけならすぐ出来るわ。
場所は丁度事業に失敗した芸能プロダクションがあったから、ありがたく頂いたの」
「そうなんだ……」
追い出したりしてないよね?
「大事なのは商品と実績よ、それがあって初めて会社として成り立つの」
商品は私がいるからいいとして、実績はどうにもならないのでは?軌道に乗る頃には私中学生になっちゃうよ?
「問題ないわ、このエタプロはツクヨミプロダクション傘下の子役部門ってことになってるから」
「ツクヨミプロダクション⁉」
めちゃくちゃ大手の芸能プロダクションである。
「え、何でそんなとこが……?」
「お母様…くーちゃんのおばあちゃんにクーちゃんの写真とか動画見せたらポンとくれたわ!まあ当然ね」
「ええ……?」
いくら私が超絶美幼女でも、孫可愛さでビル1個会社付きであげちゃう?
「もーママの実家ってなんなの?いい加減教えてよー」
「そーねぇ、成長に悪影響ありそうだから、中学生くらいまで黙ってようと思ってたけど、もう大丈夫そうだし言っちゃおっかなー」
「えーなになに?」
「実は……」
「お嬢様!」
ビルの自動ドアが開くと同時に現れたのは、メイド服姿の女性。
なぜメイド?
「あら……」
「お会いしたかったですお嬢様ー!」
よよよとメイドが母に抱きついて泣き出す。
歳は母より少し高いくらい、ギリ30前だろうか。
「久しぶりね楓、でも”お嬢様”は止めてちょうだい。もう結婚してるし子供もいるのだから」
「うぅ、お、奥…奥さ…まオェェ!」
「えぇ……」
急にえづき出したぞこのメイド。
「くーちゃん、この変なのはママが実家にいた時の専属使用人よ。生まれた時からのママ至上主義者で、結婚したことを未だに認められないの。メイドの格好は彼女の趣味よ」
「う、う、あの男、何度この手で殺そうと思ったことか」
「わぁ何かすごいこと言ってる」
「有能なんだけど、忠義心が重いのよねぇ」
それはこの一瞬でよく分かった。
しかしこのメイド、名前、暗殺、忠義心、そして母の実家はおそらくかなりの旧家。
もしかしてアレだろうか。
「お姉さんって忍者?」
「むっ何奴!?」
「さっきからいたけど……ママの娘の久遠です、よろしくお願いします」
「娘!?」
メイドはこちらをジーーっと見つめてくる。
するとおもむろに跪く。
「失礼をいたしました。わたくし、メイドの楓と申します」
なおもジーっと見てくる。
なんだろう、私の美幼女っぷりに見とれてるのだろうか。
ちょっとポーズを取ってみる。
少し足を開いて片手をグーにして腰に。
ちょっとおしゃまなお嬢様ポーズだ。
「なるほど……」
メイドさんは納得した様子。
「流石にございますおじょ、いえ伊波様。久遠お嬢様が産まれるのを見越して、あの男と結婚したのでございますね?」
「全然違うけど、偶然の産物だけど、結婚したのも愛よ愛」
「分かっております。伊波様の先を見る能力はますます冴えわたっているご様子。大奥様もご安心でしょう」
「はぁ、まああなたが納得するならそれでいいわ」
いいんだ。
ちなみに伊波は母の名前で父は凪である。
「先ほどの質問ですがわたくしは忍者ではありません。
ですが先祖は月詠家に代々仕える忍びでしたね。
今は流石に忍びなんていませんよ、まあ技はいくつか残っていますが」
「おお~ほんとに忍者いたんだ……っていうか月詠家?」
「おや?まだ教えていなかったのですか?こちらの伊波様こそ月詠家現当主の娘、月詠伊波様です」
月詠家。
平安時代から続く由緒正しい名家。
天皇の側近を務め、華族制度が廃止された後もその影響力を失わず、今でも経済界にも君臨する。
ツクヨミグループとして知られる企業群は、駅前一等地にビルを構え、巨大な資本力を誇る。
そんな家が母の実家だという。
「しかも伊波様は長女!月詠家は代々女性当主ですから次期当主なのです!」
衝撃のあまり唖然としている私に追撃を駆けるメイド。
私は頭が真っ白になった。
(じじじ次期当主⁉そんなとんでもないお嬢様と結婚したのかあのたこ焼き屋は!)
なんということだ、家同士の仲が悪いから駆け落ちしたロミオとジュリエットだと思ったら、身分違いの恋パターンだったか。
ということは今の家の資金や生活費は母の実家のお金ということ?
それなのにあの父はのんびりたこ焼きを焼いてると?
うわぁ……。
「元よ、元次期当主。色々あって妹に立ち場を譲って結婚したの」
「何をおっしゃいます、未だ有効です。ご当主も妹様も貴方様の帰りをお待ちしております」
「ええ~もう諦めてよ」
「くっ……それもこれも全てはあの男が……」
まったくだわ、なんてことをしてくれたんだあの父は。
まあ顔はいいからな。
母も所詮は女。
恋に身をやつしてしまったか。
私は絶対そんなことしない。
顔だけでなく、能力、収入、性格、すべてを見極めるのだ!
天原久遠。3歳にして高望みするのだった。