68、月詠家の伝統行事 肝試し編
「くーちゃんお盆だからおばあちゃんち行くわよー」
「えー」
「いってらっしゃい」
「もちろんパパもよ」
「えー」
「あなた達ほんと性格そっくりねぇ……」
うだるような暑さの八月半ば、普段は疎遠であるが流石にお盆と正月は顔を出さねばなるまい、ということで母の実家である月詠家へ向かうこととなった。
とは言え最近は道場に通うことも多く、実家が苦手な両親と違い、私はそんなに久々でもない。
ちなみに普段の送迎は斎藤だが、流石にお盆休みを取らせ、今日は父の運転である。
さて着いた。
「おー久遠ちゃん久しぶり。相変らずかわいいねぇ」
「伊万里お姉ちゃん久しぶりー」
この人は月詠伊万里、母伊波の妹、つまり私の叔母である。
本家の次女として、一時期は逃げ出した母に代わり次期当主の最有力候補であったが断固拒否。
絶対にやりたくないと思っていた所に私が現れ、泣いて喜ばれた。
将来的にはツクヨミグループの要職に就き私の補佐となる予定だが、今は大学院生としてモラトリアムを満喫している。
ちなみに専攻は民俗学だとか。
一度叔母さんと言ったらすごい顔をされたので、空気の読める姪である私はお姉ちゃん呼びを心がけている。
「伊万里ー久しぶりー」
「姉様久しぶり。久遠ちゃん大活躍だね」
「そうなのよー、毎日電話が鳴りっぱなしよー、社長変わってー」
「姉様の代わりとか無理無理」
母は能力の負い目もあって妹に次期当主を譲ろうとしていたようだし、なにか確執でもあるのかと思ったが、意外と姉妹仲は悪くないようだ。
「私遊びに行ってくるね」
「気を付けるのよー」
お盆に里帰りしたところで子供には退屈なものだ。
これが普通の田舎だったら付近を散策でもしたいところだが、生憎ここは広大な敷地をもつ月詠家本家。
庭を歩いてるだけで十分暇を潰せる、なんせ歴史の古い家だ、曰くのありそうな建物がわんさかとある。
そんなわけで、正装である和服を着てしずしずと歩いていたところ、なにやら子供達が集まっている場面に遭遇する。
なんだろう。
様子を伺っていたら見知った顔を発見したので声を掛ける。
「やあやあ我が下僕の竹丸くんじゃないか、これなんの集まり?」
「ゲ!久遠さま⁉」
「ゲとはなんだゲとは」
そこにいたのは正月に私が指相撲で負かし下僕にした三日月竹丸だった。
ちなみに同じ忍者道場に通ってるのでよく顔を合わせる。
せっかく下僕にしたので組み手の相手にしたりと色々構っているうちにすっかり仲良しになった親戚である。
「で、これなに?」
「あーこれは……」
「ダンジョンですよ久遠様!」
竹丸より少し年下の男の子が答える
「ダンジョン?」
ダンジョンときたか。
普通に考えれば何かの比喩だろう、秘密基地的な。
しかしここはファンタジーに定評のある月詠家。
世間には知られていないダンジョンを所有しており、その無限の資源を使ってここまで繁栄してきたと言われても不思議ではない。
「おーみんなダンジョンに行くの?」
「伊万里お姉ちゃん」
伊万里叔母さんだ。
大人の女性である彼女が言うならこれはもう確定か、流石月詠家、常識が通用しない。
「ダンジョンかぁ……やっぱりゴブリンとか出るの?」
「ん?あはは久遠ちゃんは初めてか、ダンジョンって言ってもただの真っ暗闇の洞窟で、毎年ここで肝試しみたいなことするのが伝統なんだよ」
「!そうなんだ!」
だよね⁉流石にダンジョンとかあるわけないよね!危うくこのお話が現代ダンジョンものになって、ジャンルが変わってしまうところだった、はーまったく月詠家め、驚かせてくれおるわ。
「正確には黄泉比良坂って言うんだけどね」
「なお悪いわ!!!」
黄泉比良坂――現世と幽世の境と呼ばれる神話級の心霊スポット。
黄泉の国にまつわる漫画やゲームはいくらでもあり、和風ファンタジーの定番ラストダンジョンである。
ウソでしょ?黄泉比良坂ここにあったの?
ああーなんなんだこの家は、この私がツッコミ役に回らざるを得ない、瑞希ちゃん助けて!
「久遠ちゃん詳しいねぇ。黄泉比良坂って言ってもレプリカよレプリカ、ほんとにただの洞窟だから」
「ほんとに?」
「多分」
「やっぱり!」
絶対にこれ本物だわ、今盛大にフラグが立った、きっと私が入ったら古代の封印が解かれて、街に悪霊が溢れてジャンルが変わっちゃうんだ。
「大丈夫ですよ久遠さま、俺毎年参加してますが本当にただの洞窟です。確かに封印っぽいものがありますけど、雰囲気作りの偽物ですよ偽物、よく出来てますけどね」
そういって竹丸がフラグを重ねてくる。
お前、あとで覚えてろよ。
「ルールは簡単。真っ暗闇のなか左手で壁を伝い歩いて、奥にある勾玉に霊力を注ぎます。そしたらまた左手をついて帰ってくるだけだよ。だけど決して左手を離しちゃいけないよぉ、現世に帰れなくなっちゃうからね~」
「「きゃーーー!」」
なるほど、お寺にある胎内巡りのようなものか。
暗闇と光を体験することで、疑似的に生まれ変わり、煩悩を祓うんだっけ?
タケルも子供の頃に体験したことがある。本当に真っ暗で、めちゃくちゃ怖いのだ。
「じゃあみんな、こっちに来て―」
さっきからなぜか伊万里叔母さんが引率をしている。
本家のお嬢様なのでけっこう偉い立場だと思うのだが。
「伊万里お姉ちゃんは毎年こんなことやってるの?」
「いや?今年は久遠ちゃんがやるから特別だよ。だって歴代で一番霊力の強い久遠ちゃんだよ?絶対何か起こりそうだもん、何か変わったことあったら教えてよ」
コイツ……分かってやがる……月詠家の非常識さを……!
流石大学で民俗学を専攻してるだけある、月詠家の謎を解く気満々だ!
「はあ、分かったよ……何もないと思うけど……」
「それはそれで意味があるから」
そうこうしてるうちに、苔むした洞窟の前に着いた。
入口はしめ縄で封じられ、非常に雰囲気がある。
「じゃ、順番に入ってー」
「じゃあ俺から」
竹丸が一番槍を買って出る。洞窟に入っていき、あっという間に闇に呑まれていった。
その後も5分置きに一人ずつ入っていき、しばらくして竹丸が出てきた。
「どうだった?」
「いえ特に何も?いつも通りひんやりした真っ暗な洞窟ですよ。まあ流石にあれだけ暗いと、何もないと分かっていてもスリルがありますけどねー」
「ふーんそうなんだ」
「あ、久遠さまもしかしてこういうの苦手だったりします?いやー意外だなぁ、でもほんと何にもないんで大丈夫ですよ。ただいっつもここから出ると、何故か鳥肌が立ってるんですよね、不思議ですよね」
そう言って更にフラグを立てる竹丸。
もうなんなのこいつ、一級フラグ建築士なの?
「じゃあ最後はいよいよ久遠ちゃんね」
そうこうしているうちに私の番が来たようだ。
「じゃあ行ってきます」
「気を付けてねー」
洞窟の中に入るとさっそく真っ暗になる。
すごい、夜の闇より真っ暗でほんとに何も見えない。
左手で壁に触れるとごつごつした岩肌で、少しひんやりしている。
言われた通りに壁伝いに通路を歩く。試しにスマホのライトで照らしてみたが、案の定光が闇に飲み込まれて1センチ先も照らせない、明らかに普通の闇ではない。
「流石に怖いな」
数々の心霊スポットを巡り、悪霊を退治して耐性がついたと思っていたが、得も言われぬ恐怖が纏わりついてくる。
背中がぞわぞわとするのは、何かの警告だろうか。
歩いていくうちに方向感覚が失われる。
他の感覚も曖昧になり、ここが現世か幽世かも分からなくなるようだ。
どれだけ歩いたのだろうか、ぼんやりと光が見えた。
どうやらここが最奥らしい。
小さい社に祀られた、青白く光る勾玉。
脈打つように点滅している。
これか……。
手をかざし霊力を注ぎ込む。
するとカッ!と輝き目の前に半透明の幽霊が現れた。
異様なほど長い黒髪に骸骨の顔、豪奢な服を着て、その体は禍々しい瘴気に覆われていた。
『カカカッ、遂に現れたか、我に相応しき霊力を持った器が』
「…………」
『この地に封じられ早千年、この時をずっと待っておったが、ようやく時来たれり』
「…………」
『さあ体を明け渡せ、我の大いなる闇の力で憎き月詠家を滅ぼしてくれようぞ!』
「悪霊退散!!!」
『ぐぎゃぁぁぁぁぁ!!!』
どう見ても冥界の神とかではなく悪霊だったので、持ってきた木刀に霊力を込め、思いっきり殴りつける。
聖なる光の稲妻が、暗闇の中で激しくスパークして綺麗。
流石に一撃とはいかなかったが、2度3度と攻撃を続けたら叫び声を上げながら爆散して光の粒子となって消えた。
「さ、帰るか」
心なしか和らいだ闇の中、私はしっかりと左手を壁について出口へ向かうのだった。
「久遠ちゃんお帰りー!ね、どうだった?なんかいた?」
「なんかいたけど倒しちゃったよ」
「え?倒した?」
私は今起こったことを伊万里叔母さんに報告する。
「なるほどねー。つまり封印に成功したけど倒すに至らなかったご先祖様は、祠の周りに家を建てて、伝統の肝試しと称して封印を守ってたってことかな?いつかその霊を倒せる力のある子が現れるまで」
「おおーなるほどー流石民俗学者さん、それっぽい」
「でしょでしょ?しかし残念、黄泉比良坂ではなかったかぁ、いくつかある候補のうちここが本命だったんだけどなぁ。やっぱり島根県のが本物なのかな」
これ以上フラグを立てないでほしい。
私はファンタジー村の住人ではないのだ。
まあ多少変な力はあるけども。
そういった研究は私の居ないところでやってください。
こんな感じで私は、小さな冒険をはさみつつも、まったりとお盆を祖母の家で過ごすのだった。
「あ、竹丸、あとで道場ね」
「なんで⁉」