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66、閑話 久遠とサウナ

温泉ガチ勢による温泉回!

ジジジ……ジュッ……

赤黒く焼けた石に水滴が落ち、一瞬で蒸発する。

薄暗く狭い部屋はその石により危険域にまで熱せられ、灼熱の部屋には裸の女たちがひしめき合っていた。

女たちは大量の汗を流し、あるものは苦悶の、またあるものは恍惚とした表情を浮かべている異様な光景。

そんな中で一際目立つ存在が居た。

体は小さくまだ幼児だろう。そんな幼児が一人、慣れた様子で部屋に入り、熱すぎる故に誰も座らなかった最上段にどかりと座った。


危険だ!幼児には無理よ!


誰もがそう思ったが、誰も声をかけることは出来なかった。

何故なら幼児……天原久遠はものすっごい笑顔だったから――


――――――――――――


ドラマ「リトルブレイバー」の撮影の帰り、私は斎藤と共にスーパー銭湯に訪れていた。

なんとここは4歳以上なら一人でも入れるし、サウナもいけるとのこと。

そのことを知った私はテンションが爆上がり、撮影中もずっとサウナのことを考え楽しみにしていたのだ。教えてくれた悟さんには感謝である。


というわけで「2時間は出てこないからゆっくりしてきなさい」と斎藤にスパ銭の作法を叩き込んで男湯に送り出した私は一人女湯へ。

今日こそ念願のサウナに入るのだ。


洗い場に座り、まずは体を洗ってからしっかりと水分を拭き、タオルを巻いていざサウナルームへ。

扉を開けるとムワッと汗と木の匂いが顔にかかる。

入っているのが男でも女でも、この匂いは変わらないのだなぁ。

うむ、これぞサウナだ。


私はちらりと部屋全体を見渡し、空いてる場所を探す、かなり盛況だ。

丁度私、というかタケルの定位置、最上段が空いているのでそこに座る。

サウナというのは高い場所ほど温度が高い。

記憶では何度も来ているが私は初めて、かつ幼女ボディだ。

耐えられるか心配したが、まあ大丈夫だろうと判断する。


ジリジリとした熱が体を包み込み、体温を強制的に上げていく。

ああーこれこれ、この感覚だよ。

部屋にはアロマを使っているようで、仄かに落ち着く香りも漂いリラックスできる。

いいサウナじゃないか、ここは分かってる店だ。


しばらくして、体がソワソワしてきたのでそろそろ出ようかと体を浮かす。

と、隣りに座っていた小学生くらいの少女がものすごい勝ち誇った顔をこちらに向けてきた。

どうやらいつの間にか辻我慢比べが始まっていて、私は負けてしまったようだ。

しかしサウナで我慢比べとは……。


「…………なんだ素人しろうとか(ボソッ)」


「なんだと⁉」


おっと声に出してしまったか。

だがこの令和の時代に我慢比べなど、時代錯誤も甚だしい。

そんなものは昭和の時代で終わり、今はサウナ研究が進み、最適な入り方がマニュアル化されているというのに。

ふむ……よかろう。

このモノを知らない哀れな少女に、私が正しいサウナの入り方を教えてあげようではないか。


「おい!」


「しっ……」


尚も怒ろうとする少女を黙らせる、サウナで騒ぐのは御法度である。

私は表へ出ろ、とクイっと親指を外に向ける。

少女はハッとして頷き、私と共にサウナルームを出る。


「おい!素人しろうとってどういうことだ!アタシはこれまで何人も……!」


「まあまあ、まずはシャワーを浴びて汗を流しましょう」


出た瞬間憤る少女をスルーして私はさっさと汗を流す。

掛け湯でもいいがここにはサウナ専用のシャワーがあったのでそれを使う。

早く早く、熱が逃げる前に。


「浴びたぞ!」


「次はこれに入るのです」


そういって私は水風呂に入る。

くはーつめたーい!でもこれがサイコー!

はぁ~火照った体が急速に冷やされるこの瞬間。

水風呂に最高に気持ちよく入るためにサウナがあるのだ。

決して我慢比べのためではない。

例えるなら、真夏の昼休み、たっぷり遊んだ後に入る5時間目のプール。

それを10倍にしたような爽快感。


「なんだよ風呂か?って冷た!これ水じゃないか!」


「そうだけど?」


「そうだけどって、あ、分かった!熱いのじゃ勝てないから、今度は冷たいので勝負しようってことだな!よし、負けないぞ!」


そういって少女は元気に水風呂に入ってきた。


「冷たい!あれ?でも意外と大丈夫かも?アタシこっちの方が才能あるかも!」


「ふふふ、それがサウナの効果なのです」


「効果ってどういう……っておい!」


答える前にザザァっと水風呂から上がる。

冷やし過ぎは厳禁である。


「次はあの椅子に座って休息し、外気浴です」


私は露天に備え付けてあるゆったりとした椅子、通称ととのい椅子に座る。


「なんだよ、もう……あーでも風がきもちいー」


「そうでしょうそうでしょう」


はー気持ちいい。

まるで部活を頑張った放課後、ふわりと吹く爽やかな秋風、それを10倍にしたような心地よさ。

サウナとは、そんな青春の風をいつでも好きな時に感じられる極上のリラクゼーションなのである。

そんな感じのことをダラっとしながら説明する。


「そうだったのか、これがサウナかぁ、今までサウナなんて熱いだけで何がいいのかと思ってたけど、なるほどなぁ。部活とかはわかんねーけど、むしろなんでお前は分かるんだ?」


「気にしない気にしない。さて、もう一回いきましょう」


「え?」


「サウナ10分、水風呂1分、外気浴10分を3セット行ってこそ、真のサウナに至るのです。まあ時間は目安なので半分でもいいですが。さ、いきますよ、あ、その前に水分補給です」


「お、おう」


そして私たちは仲良くサウナ活動、通称サ活をする。


「あーなんか最初より熱いのが染みるー、あ、もう出るのか?」


「冷た!でもさっきより気持ちい~」


「あ~風が心地いい~」


「あ”あ”~熱い、でも水風呂のため、水風呂水風呂」


「うはー水風呂さいっこう!」


「でもやっぱり外気浴がさいこ~」


うむうむ、これで彼女も身に染みてサウナの良さが分かったであろう。

この3回目の外気浴で、より深い休息をとる。

するとサウナ水風呂をくり返したことで体から心地よく力が抜け、意識も朦朧とし、日頃の疲れや悩みも無くなるディープリラックス状態に入るのだ。

俗に言う「ととのう」といわれる現象だが、私は「ととのう」という言葉があまり好きではないので意地でも使わない。

だって別に整った感じとかしないし、なんだが如何にもブームに乗ったニワカっぽくてなんかイヤだから。

まあ実際ブームに乗ったニワカなのは間違いないのだが。


はぁ、なんたる心地よさよ、このまま一眠りして……。


「このあとはどうすんだ?」


……そういや居たねこの子。

リラックスしすぎてすっかり忘れていた。


「自由にしていいけど、私としてはお風呂かな。色んな種類のお風呂を楽しむの。それでのぼせそうになったら水風呂入って、また外気浴して、って流れで無限に過ごせるよ」


「なるほどな、それも色々教えてくれよ」


「はいはい」


そうして私たちはスーパー銭湯を思いっきり楽しんだ。


…………


「今日はありがとな、色々教えてくれて」


寝湯に並んで寝ころびながら少女が言う。


「アタシの家さ、温泉旅館やってんだけど、最近客が減ってきてさ。それなのにスーパー銭湯は大人気っていうじゃん?銭湯なんて温泉の劣化版だろ?なのになんで、って気になってさ、調べてたんだ」


「そう、原因はわかった?」


「ああ。旅館の温泉とは全然違う。こっちの方がずっと楽しくて癒される。うちの旅館は、いいお湯が出るってだけ。そりゃ風情はあるけど、泉質と風情だけじゃなぁ。もう今の時代にはそれだけじゃダメなんだな。勝てないわけだ」


「ふーん、それを理解して、それで終わり?」


「え?でもこんなのどうしたら……」


「理解したなら、行動すればいいんだよ」


「行動?」


「私も思っていたよ。温泉街の温泉はどれも古臭い、進歩がない、エンタメがないって。ああ私がこの旅館の持ち主だったら、この温泉と風情を維持したまま、施設をスーパー銭湯並みにして、宣伝もしまくって、ロウリュウショーなんかもしちゃって!スパ銭マニアを沢山呼んで!温泉街で一番楽しい温泉にして!客を全部奪ってガッポガッポと稼ぐのになぁって!」


「お、おう……」


「でも流石に私は温泉持ってないから夢物語。その点あなたは持っている。持っていて答えを得たなら、あとはやるだけだよ」


「でもお金とか親の説得とか……」


「お金なら融資を募ればいいよ。今ならクラファンとかあるし、スパ銭マニアが興味を持つと思うよ。足りなかったらウチ(月詠家)が協力してもいいし」


「え、お前んち金持ちなの?」


「まあそこそこね。そして親の説得だけど、やり方はもう分かってるはずだよ」


「やり方?」


「私がやったように、サウナの良さを知らしめてやればいいんだよ!一度味わえば絶対ハマるに違いないんだから!」


「⁉そうだな!今度親も誘ってみるよ!そんでなんの説明もせずに無理矢理水風呂に放り込んでやるんだ!」


私はそんなことはしていない。


「あんがとな、そうだ、あんた名前は何て言うんだ?」


「私は天原久遠、ただのサウナ好きな幼女よ。あなたがサウナを愛するなら、また会うこともあるでしょう……」


「久遠……ああ、またな!」


私は湯からザバっと上がりフッと髪をかき上げ、背を向けて優雅に去るのだった。


なんだか焚きつけてしまったが大丈夫だろうか。

きっと山奥の寂れた旅館で、お金もあんまりないんだろうなぁ。

まあでも、小さなサウナくらいはあってもいいだろう、少なくとも私はそれだけで行きたくなる。

謎の少女よ、お父さんの説得頑張ってくれ。

私はマッサージチェアに座りながら、今日出来たばかりの同好の士にエールを送るのだった。



後日。

私の元に仕事のオファーがきた。

お相手はギャラクシー温泉グループの会長。

全世界の温泉地にホテルを建てる世界一のホテル王だ。

なんでもこの度娘の進言に従い、ホテルの温泉を全店リニューアルしたところ大ヒット、

業績が5倍になったとのこと。


それもこれも全ては私の助言おかげらしく、

ギャラクシー温泉のイメージガールとして是非採用したいとのことだった。

……つまりあの時の少女はホテル王の娘……。

あの適当なアドバイスで動いた金は一体如何程なのか。

流石の私も膝がガクガクするのだった。


ガチすぎて色気皆無……!

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