62、リトルブレイバー7
あれから、ミサトという結婚詐欺師を死闘の末排除したわたしは、パパと二人でバタバタしながらもそれなりに平和に暮らしていた。
まさかあの結婚詐欺師が、以前取り逃がした誘拐組織のボスだとは思わなかった。
大きな組織を完全に潰したことで、わたしの存在は警察で密かに話題になり、その後も特殊協力員として、幼児に関する犯罪の捜査に協力している。お金ももらえてパパの助けになってわたしも嬉しい。
もちろんパパには内緒だ。仕事の時は師匠の家に遊びに行くと言っている。
そして今日もそう言って、わたしは刑務所を訪れていた。
「久しぶり、元お義父さん」
「ミオちゃん……まさか面会者がキミとはね。恨み言でも言いにきたのかな?」
「そうだね。あなたはわたし達家族をバラバラにして、わたしも殺そうとした。恨み言なら腐るほどあるよ。でもそれとは別に。今日は他に見たいものがあったんだ」
「……なにかな?」
「わたしに負けた敗者がどんな顔をしているのか」
「は?」
「ほらこれ、聞き覚えない?」
わたしはケイに虐待された時の音声をスマホで聞かせる。
「それは……録音してたのか⁉」
「うん、これを提出して逮捕させても良かったんだけどね。もっと面白いのないかなぁって、その後も調べてたら、凄い悪い組織と繋がってるじゃない?ちょっと笑っちゃった」
「な……なっ……」
「それでその組織にわざと捕まってさ、警察と協力して組織潰しちゃった。こう言ってはなんだけど、楽しかったなぁ」
わたしは食卓で父親に報告するように、誇らしげに報告する。
ケイはそんなわたしを恐れるような目を向ける。
「で、デタラメだ……子供にそんなこと出来るはずがない……」
「あなたの敗因は、子供だからと知能の無いモノのようにわたしを扱ったことだよ。あんなことをされたら恨むに決まってる、同じ人間なんだから。恨んで、生き残るためにどうにかして排除してやろうと考えるのは当然だよ」
「それは……」
「あなたは、ママと同じようにわたしに優しくして、愛するふりをするだけでよかった。それだけでわたしもあなたを愛したと思う。結局、詰めが甘くてバカなんだよ、悪人に向いてない」
「はは、悪人に向いてないか……でもバカな俺には、この生き方しか出来なかった……」
「ほんとにバカだね、生き方なんて他にいくらでもあるのに。そうだ、暮らし始めの頃、わたしにギター弾いてくれたでしょ?わたし、あれ嫌いじゃなかったよ。ママも、本当にあなたの音楽の才能を認めてたのかもしれないし」
「ギター、か……そうか……はは、そうだな、そうすればよかった、どうしてこうなっちまったんだろうなぁ……くそっ……」
泣き出すケイを、わたしは冷めた目で見つめる。
おそらくこんな奴でも音楽は特別な存在だったのだろう。
きっと夢を持って、沢山努力したに違いない、でないとあんなに弾けはしない。
それがこんな犯罪に手を染めて。
彼には彼の事情があって、葛藤もあったのかもしれない。
しかしこの男はわたしだけじゃなく、過去にも数人、同じ手口で女子供を売っていた。
今は警察と政府が必死に行方を追っているが、何人が無事に戻ってくるかわからない。
とても許せるものではない。
今日はもしもこの先ケイが釈放されたとしても、同じ犯罪を犯さないよう、
子供だからと舐めないよう警告にきたのだが、
思いのほか効いているようだった。
「じゃ、もう行くよ。これが最後だけど。お元気で」
「ああ、ミオちゃん、本当に、すまなかった……」
大人なのに涙でぐしゃぐしゃな敗者の顔をしっかり目に焼き付けて、わたしは面会を終える。
復讐は終わった。
仮にとは言え、一時は親子として一緒に暮らした仲だ。
少しは感傷的になるかと思ったけど、まったくそんなことはなかった。
やっぱりケイは最初から最後まで、結局は他人だったということだろう。
さて、今日はもう一つ面会の予定がある。
――――――――――――
「久しぶり、ママ」
「ミオ……久しぶりね、元気にしてた?」
「うん、見て?今日小学校の入学式だったの」
そういってわたしは立ち上がりくるくると制服をママに見せる。
「おめでとう。立派になったわね」
実はこうして面会するのは初めてのことだ。
忙しかったのもあるが、わたしのせいでこうなったという後ろめたさもある。
「あの……」
「どうしたの?」
「ママが捕まったのわたしのせいなの、それに元お義父さんとも別れされたのも……ごめんなさい」
いくらケイが悪いやつでも、ママにとっては愛した男だったかもしれないので、わたしは謝る。
「ああ……やっぱりそうだったの……ふふ、でもいいのよ、ママね、こうなることは分かっていたから」
「え?」
「あの男が悪い人っていうのは薄々気付いてたの。でも、パパ、マサトを捨ててまで選んだこの道が間違っていたことを認めたくなくて、必死に気付かない振りをしてた。その選択はミオを犠牲にすることだというのにね……」
「…………」
「でもね、お母さん……おばあちゃんがミオを一週間預かるって聞いた時、私は終わったと思ったわ。やっと開放されるとも」
「え?」
「昔からおばあちゃんには隠し事が出来なくてね。悪いことをしてもすぐバレるの。だから、今回もきっとすぐバレたのね。多分ミオはその時に色々教えられたんでしょう?」
「えっと、ママはばぁばの仕事のこと知ってるの?」
「ううん、昔警察で働いてたことは知ってるけど、詳しくは知らないわ。いっつもごまかすの。でも何となく分かるわ」
師匠はママにはスパイのことを教えていないと言っていた。
ママには普通の女の子として生きて欲しいし、何より才能がなかったから。
でも流石に何十年も一緒に暮らして、隠し通せるものでもないらしい。
「ママは頑固だから。こうやって誰かに無理矢理されないと、ダメみたい。本当はこの生活を終わらせたかった。だから、ミオにはとても感謝してるの」
「そうなんだ……」
その言葉を聞いてわたしはホッとする。
やって良かった。
纏わりついていた罪悪感が解けていく。
今のママは以前の優しいママに完全に戻ったようだ。
だから、言うつもりのなかった言葉が口を衝いた。
「ねぇママ、ここを出たらまたパパと3人で暮らそうよ」
「ミオ……ママ、パパにひどいことしちゃったし、戻れないわよ。パパも嫌だと思うわよ」
「全然そんなことないよ!だってパパ、まだママのこと好きだし」
「そんなはずは……」
「いつもわたしにそう言ってるよ!本当は未練タラタラんだから!」
「そ、そう?」
「うん!それにいつも子育ても家事も大変だー、ママには悪いことしたから謝りたいって言ってるよ!ママもお仕事大変だって言ってたでしょ?今なら仲良くなれると思うんだ!」
「ふ、アハハ……何それ、ミオはそんなにまた3人で暮らしたいの?」
「うん!わたしにとってパパとママはパパとママだけだもん!わたし、また3人で暮らせるなら何でもするよ!悪いやつが来てもやっつけるし!お金も稼ぐから!だから、だから……!戻ってきてよ……ママぁ……!いい子にするからぁ……」
今まで必死に蓋をしていた感情が涙となって溢れ出す。
スパイになって、大人たちより強くなって、冷静な振りをしていても、
結局は、まだ親の愛を求める子供なんだ。
「ミオ……ごめん……ごめんね、こんなに小さいのに無理させて……うん、ママが悪かったね……パパが許してくれるなら、こんな私でもいいなら、また一緒に暮らそうね……」
「ほ、ほんと……?ぐす……」
「ええ、ほんとよ、また3人で、今度こそ本当の幸せな家族になりましょう?」
「約束、約束だからね!絶対すぐ出てきてよね!」
「ええ、ええ……!ああ、こんなガラス越しじゃなく、今すぐこの手で抱きしめてあげたいのに……」
「待っててママ!すぐに釈放されるように、わたし頑張るから!その時はわたしを思いっきり抱きしめてよ!」
「ふふ、頑張るのはママのほうよ」
こうして、わたしはママの刑期を減らすべく、新たな戦いへと向かうのだった。
師匠にも協力してもらって、悪いやつらを全部捕まえるんだから!
~そして数年後~
「ママ!」
「ミオ!……マサト……私……」
「いいんだカオリ。また、3人でやり直そう」
こうして予定より大分早く釈放されたカオリはミオを抱きしめ、マサトと一緒に3人で、あの暖かい家に帰った。
一度はバラバラになった家族だが、再び結んだ家族の絆は決してほどけることなく、
3人はいつまでも幸せに暮らすのでした。
おしまい
――――――――――――
「カァーーーット」
盛岡監督のカットが入り、わたしはハッと意識を久遠に戻す。
「パーーーフェクト!みんな素晴らしい仕事だった!お疲れ様!」
テレビドラマ「リトルブレイバー」。
一ヶ月に及ぶ撮影が終わり、本日無事クランクアップを迎えた。
んんーーー、終わったぁーー。
私は思いっきり伸びをして、私の演じたミオに思いをはせる。
始めは地獄みたいなドロドロホームドラマだと思ったが、ハッピーエンドで良かった良かった。
内容は中々にぶっ飛んでたが、まあこれは私のせいでもある。
なんにせよ、
「よかったね、ミオ」
私はしばらく付き合った己の分身に、心から祝福を送るのだった。
やっと終わった……!
次回から久々に久遠が帰ってきます。
まあ今までも久遠と言えば久遠でしたが。
ちなみにバッサリカットしてありますが、
ドラマ中は父視点や母視点、ケイ視点もしっかりあります。