60、リトルブレイバー5
「うーん……」
「あ、大丈夫……?」
目を覚ますとそこはベッドが並べられた白い部屋の中だった。
窓は高い位置に小さく空いており、ドアには覗き窓が付いている。
周りにはわたしと同じか、少し年上の少女が5人いた。
どの子も暗い目をして座り込み、こちらをぼんやりとした目で見つめている。
ひどい暴行の跡にひどく怯えた目。
これが調教の効果なのか。
怒りで衝動的に動きそうになるが、わたしは冷静に装備を確認する。
スマホやバックは取り上げられたが、それらは元々ダミー。
着ているジャケットや靴は健在だ、これならいける。
わたしは声を掛けてくれた一番年上らしい女の子にお礼を言う。
「うん、ありがとう、ここは?」
「わからないけど、私たち全員悪い人たちに攫われてここに捕まってるの。だから多分あなたも……」
「そうなんだ……わたしはミオ、お姉さんは?」
「私はリリ、一番年上だからリーダーになるよう命令されてるの……いい?ここの大人の前では、辛くても絶対に泣いたり暴れたりしては駄目よ?ひどく殴られるの。大人しくジッとしてるのよ?」
リリという少女はこのような状況であっても他人を気遣える、優しい人のようだ。
「ここって何人くらい大人がいるの?」
「え?わかんない。見回りの人とご飯の人で、少なくとも4人は見たけど……」
ネットで調べたところ、この場所は町外れの打ち捨てられた介護施設。
部屋数が多くベッドも付いて、賊のアジトにうってつけ。
ただ福祉施設故に非常口も多く、脱出だけなら簡単に出来そうだ。
だけどわたしの目的はデータの入手と子供たち全員の救出。
脱獄は多分出来る、一対一なら勝てる。
その後は子供たちだけで逃げてもらうプランもあったが、こうまで状態が悪いと無理だろう。
やはり事が終わるまでここに居てもらおう。
そのためにはリーダーシップのある協力者が必要だったけど、丁度適任者がいる。
「リリさん、実はわたしみんなを助けるためわざと捕まったの。て言ったら信じる?」
「そういう冗談やめてよ……」
「ほんとほんと、ほら見て」
わたしはジャケットの隠しポケットに仕舞われたミニサイズのスマホを取り出す。
「え?スマホ?」
「ね?こんなこともあろうかと色々仕込んでたの。これで助けも呼べるし大人とも戦えるよ」
「無理だよ、すぐに見つかって殴られるだけ……大人たちは本当に恐ろしくて、ずる賢くて、子供にはどうしようもないんだから……」
「確かに大人は恐ろしいね、わたしもみんなと同じだったからよく分かるよ。でもね、子供だって大人を倒すことが出来るんだよ」
「無理だよ、子供が勝てっこない……」
「大丈夫、勝てるよ、勇気があれば」
「勇気?」
「そう、やってやるっていう勇気。大人だってわたし達と同じ人間、無敵じやないんだから。それにケンカして勝つ必要なんかないよ、例えば、警察に助けを求めるとかね。学校の先生じゃなくて警察ね」
「どうせ信じてもらえないよ……」
「そこを上手くいくよう考えるんだよ、証拠を用意したりね。虐待は犯罪なんだから即逮捕だよ」
「うーん……」
「しかもこんな組織に売られたんでしょ?もう証拠も必要なし、ここから出れば親は逮捕確実、みんなも自由になれる大チャンスだよ。ね?ちょっとやってみない?」
「私にできるかな……」
「必要なのは少しの勇気だよ。覚悟を決めたら世界が変わるよ、わたしは変わった。あんなに怖かった義理の父とか、今やザコだよザコ」
「ふふ、なにそれ」
「だからリリさんも、他のみんなも勇気を出して欲しい」
そう言って見回すと他の子も会話を聞いていたのか目を向けてくる。
「ここで大人しくしてもただ売られていくだけ。海外で言葉も通じないまま一生を過ごすことになる。でもここで勇気を出して、わたしと一緒に戦ってくれるなら、無事に逃げられて自由になれる」
「わたし……」
隅っこでうずくまっていた子供が小さい声を出す。
「わたし、やる」
「いいの?パパとママ警察に捕まっちゃうけど」
「いい。どうせ本当のパパじゃないし。ママももうわたしのこと嫌いみたいだし」
「うちもそう……」
「わたしも……死刑になっちゃえばいいんだ」
どうやらみんなわたしと同じ境遇らしい。そういうやり口なんだろう。
「みんな……分かった、私も勇気を出す」
最後にリリさんが覚悟を決める。
「ありがとうリリさん、みんな。絶対にみんなを無事に帰してみせるよ」
「でもどうやるの?」
「実はもう警察には連絡済みだから、基本的にはここで待ってればいい」
「ほんと⁉」
「でも敵は当然立て籠もり、時間を稼いで犯罪の証拠を消そうと動くはず」
「証拠……」
「うん、資料と……わたし達のこと」
「え⁉」
「出荷を早めるか、最悪殺して埋めるか……」
「そんな……」
「そうならないようにわたしが上手く誤魔化すから。みんなはその間扉をバリケードで塞いで時間を稼いでほしい。多分そんなに長い間じゃないと思うから、怒鳴られても脅されても、勇気を出して頑張って耐えてね」
「そんなことでいいの?私達も何か……」
「いやいや、きっとすごく怖いことだから。それにみんなが引きつけてくれれば、わたしもやりやすくなるよ」
「ん……分かった、頑張る」
「うん、よろしくね……あ、誰か来た」
カツカツと廊下から足音が響き、部屋の前で止まる。
カチャカチャと鍵の鳴る音。
ガチャリと扉が開き、気持ちの悪い笑顔を浮かべた小太りの男が入ってくる。
「リリちゃ〜ん、新入りに説明は終わったのかなぁ?」
「は、はい……終わりました」
「よくやったねぇ、仕事ができる子はきっと向こうでも可愛がってもらえるよぉ。さて新入りちゃん」
男が笑みを消しこちらを向く。
わたしは怯える演技をする、
「変な気は起こすなよ、逆らったら容赦なく殺すからな」
そう言ってわたしに銃を突きつける。
銃があるのか……!
心の中で驚愕しながら、わたしはわざと不思議そうな顔を浮かべる。
「ん?チッ、これくらいのガキは銃を知らないのか怖がらねぇ。やっぱりこれだよな、いいか、逆らったらこれでそのキレイな顔をズタズタにしてやるからな」
男はナイフに持ち替えて腰をかがめ、わたしの頬をナイフの腹でペチペチと叩く。
チャンス。
「バカめ」
「え?ガッ!」
わたしは一歩前に出てナイフを持つ男の腕を両腕でがっしりロック。
そのまま急所を蹴り上げ、意識が逸れたところでナイフの底に掌底を叩き込み宙に飛ばす。
そしてジャケットからスタンガンのコードを伸ばし、男の首筋に当て気絶させる。
「少し予定が早まったけど、行動開始だね」
わたしはクルクルと回り落ちてきたナイフの刃を指の間でキャッチして、みんなに告げる。
「あ……え?」
みんな、口を開けて啞然。
「ね?何とかなりそうでしょう?」
「う、うん、すごいのねあなた……」
「とりあえずこいつは厳重に縛って口も塞いで部屋に置いておこう。目が覚めたらすっごく暴れて怖いと思うけど、無視してね。いや、せっかくだから一度殴るといいよ、殺さない程度に」
殺しはしない。殺すと後がめんどくさくなり、平穏な生活が送れなくなるからだ。
「じゃ、わたしは予定通り行くよ。わたしにが出たあとはベッドを使って扉を塞いでね、覗き窓も見えなくして、わたしの声が聞こえるまで絶対開けたらダメだよ」
わたしはナイフを回収し男のポケットから鍵やスマホ、銃を取り出す。
まずは残弾を素早く確認、8発か……。
「ミオちゃん」
「ん?」
「気をつけてね。私達も、勇気を出すから」
「うん、きっとこれから全てが良くなるよ」
「ありがとう」
「お礼は全部終わってからね」
そう言ってわたしは廊下に出て鍵をかける。
さて、反撃開始だ。
3話くらいで終わらすはずの劇中劇が終わらない……!
多分あと2回くらいのはず……!