57、リトルブレイバー3
予約設定ミス……!
でもまだ水曜だからセーフ!
「ただいま〜ミオ」
「ママ!」
家に帰るとミオが力強く抱きついてくる。
最近とくに多い、やはり寂しい思いをさせているのだろうか。
罪悪感を感じつつ部屋を見渡すと、ケイは酒を飲んだらしく机に突っ伏して寝ていた。
「ミオ、お風呂入った?」
「まだ……」
この生活をしてから私は帰りが遅く、お風呂はケイに任せていた。
疲れているが今日は久々にミオと入ることにしよう。
「じゃあママと入ろっか」
「ホント?」
「ええ」
嬉しそうな顔のミオ。
もっとかまえたらいいのに、最近は仕事が忙しい。
でもこれも家族のために頑張っているのだから許して欲しい。
この様な状況になって、私は別れた元夫、マサトのことを思い出す。
彼もこうして家族のために頑張っていただけなのだ。
それを私は……。
止めよう、結局マサトとは相性が良くなかったのだ。
私はこの道を選んだのだ、もっと幸せになるために。
そしてミオの服を脱がせて私は目を見開き絶句する。
何だ……この無数のアザは。
まさか……虐待……?
「ママ?」
「え、ええ、入ろっか」
違う違うそんなはずがないケイに限ってそんなことしないだって彼は優しいもの絶対違う見間違い違う違う違う!
そうだ、またミオが無意味に泣いたから仕方なく躾けたんだ!
私には出来なかったが、こういう躾も必要なのかもしれない。
それにきっと大きくなって泣かなくなればこんなことはしないはず。
絶対そうだ、そして家族3人でずっと仲良く暮らせるはずよ……!
私は、自分が間違えたことを認めたくなくて、虐待を正当化し、痛々しいアザから目を背けた。
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「あークソ!またパチンコスッちまった、あの店絶対不正してやがる」
平日の昼、わたしを置いて出かけていた新しい父が不機嫌そうに家に帰ってきた。
わたしは隠れようとしたが、見つかってしまう。
「何だよその目は」
「別に……」
「チッ、おい、こっちこい」
「ヒッ…イヤ……」
泣いたら殴られる、でもこんな恐怖、抑えられる訳がない。
「イヤーーーーー!!!」
「うるせぇ!」
「ぐっ、カハッ……!」
父がお腹を蹴飛ばす。
わたしはゴロゴロと転がって壁にぶつかった。
「あーイライラする、まったく辛気臭え顔しやがって、初めは美人な娘もいいかと思って我慢してたが、もういいや、お前、いらないわ」
そう言ってわたしにまたがり首を締める父。
「や、めて……助けて……」
「死ね死ね死ね死ね」
細かった目を見開いて、わたしに殺意を向けてくる。
「ごめん、なさい、謝るから、許して……」
「…………」
ギリギリと締められた首がふっと緩まる。
「なんてな!冗談冗談、これからも仲良くいこうぜ。な?」
何を言ってるのだろうこの男は。
わたしはまったく理解できなかった。
ただ一つ解ったことは、わたしはこのままだと死ぬ、と言うことだ。
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「じゃあお母さん、頼んだわよ」
「はいはい、楽しんでおいで」
今日は母と男が二人で出かけるというので、わたしは祖母の家に預けられた。
「久しぶりだねミオ。寂しいだろうけど、今日はばぁばと遊ぼうね」
「ばぁば……たす…助けて?」
わたしは祖母と二人きりになった瞬間、大粒の涙を流して泣き出した。
大声を出すと殴られるから、声を押し殺して。
「ミオ?何があったの!?」
「う、うぅ……わ、わたし、殺されちゃう……」
「ミオ……!大丈夫、大丈夫だからね、ばぁばはミオの味方だから」
そう言って祖母はわたしを優しく抱きしめる。
様々な感情が混じり合って泣き止むことが出来ないが、殴られることもない。
そうしてわたしは、ようやく思いっきり泣くことができたのだった。
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「なんてこと……ケイ、あの男……!」
落ち着いたわたしは祖母にこれまでのことを全て話した。
「カオリに話して……いえ、あの子はこのアザを見て見ぬふりをした、きっと当てにならない……警察や児童相談所では時間がかかるし、気付かれたら逆上してどんな目に合うあかわからない……それなら……」
祖母は真剣な顔でこの先どう動くべきかを考えている。
それだけで、わたしは嬉しかった。
「ミオ」
「うん」
「ミオはどうしたい?ケイに反省してもらい、これからも一緒に暮らす?それともケイを追い出す?その場合、ママとも会えなくなるかもしれないけど」
「え、ママも?」
「見て見ぬふりも罪なんだよ……でも、上手く行けばマサトさん、ミオの本当のパパと暮らせるようになるかもしれない」
「パパと!?うんミオそれがいい!パパと暮らす!」
わたしはその言葉を聞いた途端、未来に光が差した気がした。
「そう、ならミオは決定的な証拠を掴んで、ケイを警察に突き出さなきゃいけない」
「証拠?」
「ええ、ミオが虐待を受けてる瞬間を、映像か音声に残すんだ。他にも証拠は多ければ多い程いい。ケイの普段の生活や人柄とかね。だからミオにはもう少し我慢してもらうことになるけど、頑張れる?」
「もう一度パパと暮らせるなら、頑張る」
それに……あの男にも復讐出来るかもしれない。
この時わたしはどんな顔をしていたのだろう。
祖母は一瞬驚いたが、すぐに話を続けた。
「分かった。ちょっとママと電話してくるね。……もしもしカオリ、ミオだけどね、1週間くらい預かるから、ええ、いいじゃない、あんたが中々連れてこないから、してあげたいことが山ほどあるんだよ、ええ、その間ゆっくり遊んでな、ええ、それじゃ」
どうやらしばらくは祖母の家にいるようだ。
どうせならずっとここにいさせてほしい。
そう考えていたら祖母がこちらを振り向いた。
しっかりと背の伸びた正座と鋭い眼光、自然とわたしも姿勢を正した。
「さて、ミオ。お前にはこの1週間で戦う術を身に着けてもらうよ」
「たたかうすべ?」
「ああ、標的にバレないように懐に入り、あらゆる証拠を集めるスパイの術さ」
「え?す、スパイ⁉」
斜め上の答えが返ってきた。
「私は昔情報局で働いていてね、色々あったもんさ。……ふ、戦後の日本を影で支えたこの技術、このまま墓にもっていくと思っていたが、まさか後継者が現れるとはね」
祖母が初めて見るような顔でニヤリと笑った。
「ミオ、先ずはスマホを買いに行くよ。時代に合わせてツールをアップデートしていくのも、スパイの仕事だ。あと、私のことは師匠と呼ぶように」
「は、はい、師匠」
こうしてわたしは伝説のスパイである祖母の下で、修行をすることになったのだ。
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「もしもし、パパ?」
『ミオ?ミオか⁉元気だったか⁉』
師匠にスマホを買ってもらい、わたしは真っ先にパパに電話をした。
あの日、パパにもらったロケットに仕込まれていた電話番号は使う機会こそ無かったが、何かあればパパを頼れるという、心の拠り所になっていた。
『カオリのやつ、毎月会わせるという約束なのに理由を付けて会わせないんだ。ミオが病気だとも言ってた、無事なのか?』
ママはわたしが自分よりパパに懐いているのが気に入らないようだった。
わたしは、ちゃんとママもパパと同じくらい好きだったのにな……。
「うん、わたしは大丈夫だよ……でもねパパ、新しいお父さんは悪い人だったの。だからその内逮捕されると思うから、今度はパパと一緒に暮らしていい?」
『な……⁉どういうことだ?悪いやつ……⁉な、なら今すぐ迎えに行くよ、すぐにパパと暮らそう!』
「ありがとう、でも色々と準備がいるんでしょう?大丈夫、しばらくはそのままだと思うから。パパはその間に準備をお願い」
『確かにそうだけど……身の危険はないのか?』
「大丈夫、助けてくれる人がいるから。その人に色々聞いてるの」
『そうか……分かった、パパも準備するよ』
「うん、ありがとう……ぐすっ……パパと、久しぶりに話せてよかった……」
『ミオ……ああ、パパもだ、また一緒に暮らそう』
「うん、じゃあね」
『ああ、待ってるよ』
通話を切る。
やはりわたしのパパはパパだけだ。
あの悪魔が父だなんてあるものか。
あいつを追い出してわたしは幸せを手に入れるんだ。
絶対に、わたしの手で。
わたしは拳を強く握り、固く決心した。