55、リトルブレイバー1
「ただいまー」
「パパだ!パパ帰ってきた!おかえりなさーい!」
「おーミオただいまー。良い子にしてたかな?」
「うん!見て見て、今日ママと一緒に作ったの」
「おおーミオは天才だなぁ」
夜9時、子供はもう寝る時間ギリギリに夫のマサトは帰ってきた。
「お帰りなさい。遅かったのね……もうミオ寝る時間よ?」
「これでも急いで帰ってきたんだけどな。それにもう少し頑張れば給料も増えて君にも楽をさせられる。君には苦労をかけるけど、もう少し我慢してくれ」
「そう、よね……ごめんなさい、疲れてて……」
(そうよ、私達家族のために頑張って働いてるのよ、不満なんて持ってはいけない)
私、カオリと夫のマサトは結婚5年目。
勤めていた一流企業を妊娠を機に退社。
今は専業主婦として育児と家事を一身に背負っていた。
夫は帰って寝るだけ、私は子供の世話に付きっ切り。これで本当に結婚してると言えるのだろうか。
いや、贅沢な悩みだとは分かっている。本当のシングル家庭だと自分で働いて子育てをしているのだ。
だから私は恵まれている。
そう頭では分かっていても、心はわがままだ。
寂しい。
それに最近はミオも難しい時期に入り、よく泣き暴れるようになった。
ツラい。
そんな私を見かねて夫は提案してきた。
「疲れたならお義母さんにミオを預けて、休んだらどうかな」
いいかもしれない。
幸い実家はそう離れていない。
「うん、そうしてみる」
思えばこれが、私たち家族の、終わりの始まりだったかもしれない。
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「ミオ、よくきたね。今日はばぁばと遊ぼうか」
「うん……ママは?」
「ママは大事な用事があるからね。さ、何して遊ぼうか」
「ごめんお母さん、ミオのことよろしくね」
「いいんだよ、子育ては大変なんだ、一人でやるもんじゃない。思い悩む前にいくらでも頼ればいいんだ」
「そうだね……ありがとう、じゃあ、行ってくるね」
「ああ、ゆっくり休んでおいで」
久しぶりの一人。
私はOL時代によく通っていたお店に行き、少しお高いランチをとる。
そうだ、あの頃の私は将来を期待されたバリバリのキャリアウーマンで、金持ちの男たちがこぞって私に貢いでご機嫌を取ってきた。
煌びやかな夜の街を練り歩いて、信じられないような大金を毎日使っていた。
あの頃の私は輝いていた。
どうして、マサトと結婚したんだっけ……。
もう、忘れてしまった……。
「お姉さん、一人?」
「え?」
気付くと目の前には若い男がにこやかに立っていた。
ナンパだろうか、随分久しぶりだ。
「お姉さん疲れた顔してるね、美人が台無し。よければ俺にグチってみない?」
「……」
こんなナンパ、今まで数えきれない程躱して来た。でも……誰かに話を聞いてもらいたい。
(こんなおばさん、本気ではないでしょ)
そう思って私は溜まった鬱憤を全て吐き出すのだった。
「うわーそれはお姉さん大変だったねぇ。俺も姉貴の子供の面倒見たことあるけど、死ぬ程大変だったもん。それを一人で毎日って、凄すぎでしょ、よく頑張ったね」
「そう!頑張ってるの!でも誰も褒めてくれないし……」
「うんうん偉い偉い」
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それから私はこの軽薄な男、ケイと度々会うようになった。
一線を越えるのもあっという間で、私は昔を取り戻すように派手な格好もするようになった。
ツライ子育ても彼と会えば癒してくれる。
後ろめたさはあったが充実していた。
でも、そんなもの長く続くはずがなく。
近所の住民に教えられ、夫が探偵を雇って全てが明るみになったのだ。
「ミオのこともある。このまま何も無かったことに出来ないか?」
「こんな時でも優しいのね。でももう無理よ……私は完全に愛を失ってしまった。このまま死ぬまで夫婦を続けるより、別れてしまった方がお互いの為よ」
「……そうだね……僕も、君を愛するのはもう無理かもしれない」
「ミオは私が預かるわ」
「何故だ、もう相手がいるなら君にとってミオは邪魔だろう?僕が育てるよ」
「あなたには無理よ、あの子は私が育てる」
今にして思えば、この時が最後のチャンスだったかもしれない。
私は、ミオを手放すべきだった。
ミオに対する愛情はもちろんある。あるはずだ。でも、これからも子育てが続くのか、といううんざりした気持ちもある。
しかし、ミオをここまで苦労して育ててきたのは私だ。
マサトはたまに相手をして、かわいい部分しか触れて来なかったではないか。
今更渡せるものか、この子は私のものだ。
そう思っていたが、実際は、子持ちのバツイチでありながら親権を持たない母という、世間の評判を気にしたのかもしれない。
納得のいかないマサトだったが、裁判で私が親権を手にした。
「さ、ミオ、パパとお別れしなさい」
「パパ……もう会えないの?」
「月に一度は会えるよ……ミオ、元気で、愛しているよ」
「パパ……」
「このロケットをあげよう。(ボソッ)この写真の裏にパパの電話番号が書いてあるから、何かあったら連絡するんだよ」
「うん……パパ……やだ……やだーーーーー!!!」
ミオがマサトに抱きつき泣き出す。
いつもはイライラする泣き声だが、この時ばかりは悲痛で、泣き疲れて眠るまでそのままにしておいた。
「じゃあ、行くわ」
「ああ、さようなら、元気で」
私はミオを抱え、結婚と同時に買った一軒家を出て行く。
これからは安アパートにケイと一緒に住むのだ。
結婚は当分しないので、内縁の夫となるだろう。
昔の伝手で良いところに再就職も決まった。
いずれは引っ越してケイと結婚しよう。
ここからだ。
私は昔の自分を取り戻し、真に愛する人と共に、幸せになるのだ。
そう私は夢想して、古いアパートの扉をガチャリと開くのだった。
「はいカットーー!うんいいね、すっごいドロドロしてるよ」
「ふう……」
ようやく1話目を撮り終え一息つく。
「はぁ……」
このドラマ……おもたーーーーーーい!!!
私は心の中で思いっきり叫んだ。
思ったよりドシリアスになったけど
次回はいつも通りに戻ります