54 、日向ウズメ
日向ウズメ。
大女優として名を馳せ、数々の舞台やドラマ、映画に出演。
それと同時に後進の育成にも熱心で、大学やスクールの講師をするほか、特に気に入った生徒は弟子として特別なレッスンを授けることもあった。
今は60歳くらいだろうか。
ミステリアスな西洋の老婦人といった様子で、凛とした佇まいが美しい。
そして数々の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう、オーラが凄まじい。
周りのスタッフもどこか緊張しているようだ。
タケルは20代の頃幸運にも彼女に見出され、内弟子として大変お世話になった。
遅いスタートで右も左も分からなかったタケルの、一体何が気に入ったのか分からないが、まさに一番の恩人と言っていいだろう。
そんな大恩を受けておきながら、タケルは一度も主役を掴むことなく死んでしまった。
師匠孝行もできず、合わせる顔がない。
そう私が思ってしまうのは、それだけ気持ちが強いからか。
こうして固まっていても仕方がない。だいいち私はタケルではないのだ。
そんなこと知らんがな。
私は隅っこでうずくまっているタケルの手を無理矢理引くイメージで、日向ウズメの前へ歩き出す。
「初めまして日向先生、エターナルプロダクション所属の天原久遠です。娘役をやらせていただきます。今回はよろしくお願いします」
「あら、先生?」
「はい、お弟子さんが沢山いる演技の大先生だと聞きまして。私も先生と呼ばせてください」
「フフ、いいわよ、日向ウズメです、よろしくね可愛いお嬢さん。それにしても、フフフ、さっきは上手くやりましたね」
「えーっと、何のことでしょう?」
誤魔化してみたが流石にバレバレか。
「あの気を張っているミナトさんを相手にああも軽々と懐に入って、小さいのにお見事でした。何だか懐かしいものを見たわ」
「懐かしい、ですか?」
もしかして……
「ええ、ちょっと前までそういうのが凄く上手な子がいたんですけどね。現場を取りまとめるのが上手くて、みんなで仲良く作品を作るのが何より大好きで……でももう死んでしまったわ、師匠である私に挨拶もなしに、まったく薄情な子ですこと」
「そうですか……」
タケルよ、先生めちゃくちゃ気にしてるじゃないか。
もう色々ぶっちゃけて最後の気持ちを伝えるべきだろうか。
「さっきは思わず彼を思い出してしまったわ」
「その人と私、似てるんですか?」
「いえ、全然似てないわね。あの子は才能はあったのに自分に自信がなくてね。その点あなたは、自信満々ね。あなたの自信があの子にあればもっと上を目指せたのに」
そう、タケルはコミュ力があっても根は陰キャでネガティブなのだ。
記憶があっても唯我独尊を地で行く私とはまったく性格が似ていない。
この体にタケルの魂なんて残っていない。
能力や知識だけを都合よく私に利用されてるだけなのだ。
だから……
「あはは……ええ、私、世界一かわいくて天才ですから。私がその人の技術を受け継いだなら、代わりに、いえ一緒に、世界一の女優になった姿を見せて、先生に師匠孝行してあげます」
だから私はタケルに天辺を見せてあげようと思うのだ。
タケルの代わりにではない。
私が天辺を見たいからついでに見せてやるのだ。
「あら、ウフフ、生意気ね。でも楽しみにしてるわ」
「ええ、取りあえず今回のドラマの間、よく見ててください。撮影が終わったらお茶でも飲みながら、またその人のお話聞かせてください」
「ええわかりました。でも、下手な演技をしたら厳しく指導しますからね」
「う、はい、その時はよろしくお願いします」
私は会釈をして先生の元を離れる。
なんだか色々すっきりしたな。
よし、まずはこのドラマからだ。
間接的とは言え先生の教えを受けた事がある以上、無様な演技は見せられない。
私は気合を入れてカメラの前へ向かう。
いよいよ撮影開始だ。