51、久遠の教育論2
「くおんちゃん何読んでるのー?」
「英語の教科書」
今はお昼休みの時間。私は運動場にある小山の遊具の山頂に陣取って小学校の英語の教科書を読んでいた。
やはりこれからの時代、グローバル社会に対応するためには英語は不可欠だ。
私の記憶力をもってすれば単語や文法は楽勝だが、会話となるとまた別の話だ。
どこかのタイミングで英会話教室に通うことは必須だとして、まずは単語や文法のおさらいをしている。
そうしながら思考を、前回中断されたタケルの教育論へと飛ばす。
勉強してお金を稼ごう、というタケルの考え。
タケルは日本の思想教育にそれ程否定的ではないが、一点だけ文句を言いたい部分がある。
それはお金儲けが悪、という思想だ。
単純な労働力が欲しかった戦後ならともかく、今の時代にはまったく合っていない。
お金を稼ぐ事=卑しい事と言う思想のせいで日本の経済は歩みを止めている。
学生時代その思想に染まった人間は大きく稼ぐことを望まず、安定した公務員などを選んだり、低賃金で働き転職もすることなく、ブラック会社にやりがい搾取され、ネットで成功した金持ちを悪だと叩くのだ。
今は個人で稼げる時代。
ネット上に誰でも簡単に店を開くことができ、素人でも子供でも自由に商売が出来る。
それは日本だけじゃなく世界中の話。
学生のうちから商売を学んだ他国は若い起業家がガンガン出現しているのに、日本は時代に合わない美徳を守り、どんどん置いていかれるのだ。
そんなわけでタケルは、子供のうちからお金の稼ぎ方を勉強するべきだと考えていた。
それにこれにはもう一つ、子供の成長に大きな効果がある。
子供時代は自信を持つことが何よりも大切だ。
自信があれば友達も沢山でき、勉強も積極的になる。何よりもイジメの標的にされにくいのだ。
ではどうやって自信を付けるのか。
それは成功体験である。
そして究極の成功体験とは、仕事をして報酬を得ることだ。
この経験こそが、最も子供に必要な事だと私は思う。
とはいえ学生がそう簡単に稼げるはずもない。故に金になる勉強や習い事をする。
学ぶべきはまず数学、これは大前提、思考力を鍛えないと自分で稼ごうという発想すら生まれない。
次に英語。
このグローバル社会、英語が出来ればほぼ勝ちである。
日本では駄目でも海外には何百倍もの商売のチャンスが転がっている。
日本人なら誰でも出来る折り紙だって、やりようによっては海外では金になるのだ。
そして私が考える最もおすすめな習い事が『裁縫』、そして『デザイン』である。
裁縫技術なんぞ中世に戻ったようだが、今の時代に必要なものこそ裁縫、というかモノ作りの技術だ。
ネット上で店を持てる今なら、良いものを作れば小学生でも売れるのだ。
それにデザイン。
モノを作るならデザインの勉強はするべきだ。
それに応用力もかなり幅広い。裁縫に限らず、人生において強力な武器となるだろう。
それらを独学ではなく、ちゃんとした教室に通い学びたい。
プロから学ぶのは大事だ。
独学でどんなに素晴らしい作品を作ってもイマイチ自信が持てず、大きく売れないものだが、プロに教わり評価されれば同じような作品でも、これはプロの作品だと自信を持って世に送り出せるのだ。
想像してみよう。
小学生で裁縫とデザインを習い、作品をドキドキしながら出品し、初めて売れた喜び。
中学生で裁縫部に入り、友達にもネットで売れることを教え、先生には内緒で友達とコソコソ商売をする楽しさ。
高校生でより本格的な仲間を得て、ネットだけでなくイベントにも参加、ファンもできた。
大学生で起業、大学生起業家としてのブーストを得ながら軌道に乗り、一気に躍進する。
そしてやがてはブランド化、部下や弟子も大勢抱えて今では世界に名だたる有名メーカーだ。小さい頃ネットで細々と自作の小物を売っていた自分が、世界を相手に大商いをしているのだ。
それってすっごい楽しそう、今の時代なら叶えられる可能性は十分にある!
もちろんそう理想通りにはいかないだろう、何度も失敗するはずだ。だが失敗も意味がある、原因を解明し、改善してこそより良いものが出来るのだ。ならば、学生のうちに沢山失敗をしておくべきであろう。
「故に!我々は勉強をしなければならない!それもお金になる勉強を!そうしていれば自信も付きイジメも受けず、お小遣いに困ることもない自由な学生生活を送れるのだ!勉強して良い大学に入り有名企業に就職?古い!勉強し技術を得て、己の力で有名企業を作るのだ!」
いつの間にか私は小山の上に立ち上がり、手を広げて演説をしていた。
小山の下では園児たちが集まって体育座り、教諭たちも腕を組み、真剣な顔で聞き入っている。
「多くの人は勉強を軽視し、大人になって悔いるのだ、もっとしっかり勉強しておけばよかったと。私は君たちにそのような後悔はして欲しくない!が、実際に勉強は退屈で苦痛だ、だが!夢があれば頑張れる!夢を持て!無いなら今日から君たちの夢はお金儲けだ!というかどんな夢も結局はお金儲けだ!」
なりたい職業と言っても、所詮はお金儲けのための手段だ。
私はお金が無限に湧いてくるならニートになりたい。
「皆勉強だ!己の為に勉強し、力を付け、そして大企業をも倒す人間になれ!さもなくば社会の歯車となれ、それも必要だ、私は否定しない、だが、せめて私の目の届く範囲では、私は君たちによりよい未来を掴むための手助けをしたいと思う。……以上です。ご清聴ありがとうございました」
パチパチパチパチ!!!
「くおんさまー!」
「よく分かんなかったけどおれ勉強がんばるよ!」
大喝采。
なんだかヒートアップしてわけわからん演説をしてしまったが、もう終わっていいだろう。
私は適当に締めて終わろうとする。
と、先生が一人小山に登り近づいてきた。あれはユリ組のアオイ先生だ。
「久遠ちゃん、素晴らしい演説だったわ……じつは私、自作のアクセサリーショップを開くのが夢だったの。でも自信が無くて……今からでも間に合うかしら……」
ふっ……
私はアオイ先生の手をとり優しく微笑む。
「もちろんです。遅いなんてことはありません、むしろ早い。それに幼稚園教諭という経験は他にはない先生だけの色を出せることでしょう。応援しています」
「久遠ちゃん……そうね、頑張ってみるわ!」
「アオイ先生⁉」
教頭先生がなにか言ってる。
「何か相談があればおっしゃってください、格安でコンサルタントを引き受けましょう」
「あ、お金取るんだ」
((お金取るんだ……))
会場の心の声が一つとなった。
当然だ。私はお金儲けが悪という思想を否定する者である。
故に私はこれからも遠慮なくお金を稼ぐのだ。
「アオイ先生!あと2年はいてもらいますからね!人手不足なんですから!」
「私はもう止まらないわ!」
「なあ言ってること理解できた?」
「さあ?でも勉強してお金を稼げってことは分かった」
「ぼくの夢は今日からお金儲けだ!」
「わたしもー、帰ったらママに言おー」
とりあえず裁縫とデザインを学びたいなぁ。
そしてゆくゆくは自分のブランドを作って……うふふ。
そう妄想しながら私は小山を滑り降り、ざわめく会場を後にするのだった。
ストックが尽きた&リアルが立て込んでるので少し休みます!
再開後は不定期更新になると思いますが、今後も久遠ちゃんを応援よろしくお願いします。