50、久遠の教育論1
「くおんちゃん何読んでるのー?」
「算数の教科書」
幼稚園に入園して2ヶ月。
何だか色々あったけど、妙なブームも去って教室は落ち着きを取り戻していた。
あれ結構楽しかったから、少し残念ではある。が、ブームなんてそんなものだろう。
ましてや幼児なのだ、それこそ日替わりでブームが切り替わってもおかしくない。
ブームは去ったが園児たちが身につけた礼儀はそのままで、良い所に着地したようだ。
あれ程猿のようだった園児たちも今ではすっかり文明人である。
思えば原始→中世→戦争を経て現代へ、と文明が発展するプロセスを超高速で再現したと言える。
やはり文明の発展には戦争が不可欠なんだろうか。
さて、そんなどうでもいいことを考えつつ今何をしているのかというと、小学校の範囲の勉強をしている。
本当はひらがなの授業中なのだが、私には必要ないので堂々と別のことをしている。
私が妙なことをするのは日常茶飯事なのでみんな深くは追求してこない。
大卒のタケルの記憶を持つ私には勉強なんぞ必要ないかと思われるがそんなことはない。
タケルが忘れてることは私も忘れてるので、詳しい授業の内容なんて殆ど覚えていないのだ。そのため覚え直しは必須である。
それに、いくら私の記憶力が良くても、ある程度は勉強する必要があると考えている。頭脳は筋トレと一緒で、使って鍛えなければ強くならないからだ。
「はーいじゃあプリントに『あいうえお』を書いてみましょう」
私は配られたプリントにサササッと「あいうえお」と書き思考を続ける。
私の知識元、タケルは独自の教育論を持った男だった、
自分に子供が出来たらこう育てよう、こうすれば元気に育つ、と計画を練っていたのだ。独身なのに。
正に机上の空論なのだが、これが中々理に適っていて、私はこれを実践してみようと思うのだ。
内容はざっくり言うと、勉強してお金を稼ごう、と言うものである。
ありふれたことではあるが、タケルはもっと具体的に考えていた。
先ず勉強だが、数学を最優先、他は捨てても数学だけは絶対に諦めないこと。
と言うのも人間の頭の良し悪しというのは極論、数学が出来るかどうかで決まるからだ。
生きるというのは常に計算の連続で、脳は常に回転して複雑な計算をし、最適な行動を毎秒決めている。その回転速度を最も効率よく鍛えるのが数学という学問なのだ。
極めれば統計による勘も良くなるし、未来を予測し巨万の富を手にすることも出来るだろう。
よく数学なんて人生で全く必要ないと言う者もいるがアホの極みである。
確かに数学自体は使わないかもしれないが、数学の問題を解き頭を鍛えることは、人生に於いて何よりも大事なことなのだ。
ゲームで例えるなら、計算問題と言う敵を倒すことで、経験値を得て脳を鍛えるRPGだ。
難しい問題を解けば解くほどレベルアップし、脳のステージが上がるのだ。
そう考えると数式は強敵に立ち向かう武器といったところか。ボスに特効のある武器を使い、充分に経験を積んだら次の武器を使う。古いものは使わなくなり、壊れたり倉庫に忘れ去られたりするのだ。
うむうむ、何となくゲームに例えてみたが、これ中々説得力があるんじゃないの?
とまあそんな訳で私は今、将来のために算数の勉強をしているのだ。
「スミレちゃん上手に書けたわねー、花丸あげちゃう!」
「えへへ」
おっと先生が来た。
一応教科書は置いておこう、いくら私でも先生の目の前で他ごとするほど図太くはない。
「久遠ちゃんは……うーんもうちょっと丁寧に書きましょう、三角!」
「な……!」
ば、バカな!
この私が三角⁉
「え……?私ダメでした……?」
「ダメって言うか、崩しすぎね。今日は文字を丁寧に書く練習なのに全然丁寧さが無いもの」
「で、でも私、もうひらがな書けるし!書ける大人はみんな崩して書くでしょ?」
「それはそうなんだけど、崩して書くにしても、あれも結局は元の字をちゃんと書けないと。久遠ちゃん、試しに丁寧に書いてみて?」
「……」
私は大人しくゆっくり丁寧に「あ、い、う」と書く。
どういうことだ、もしかして私って字が下手なのか?
でも例えそうだとしても今はデジタルの時代、字の上手さなんてナンセンスだ、だいたい……
っといつの間にか書き終わってた。
「うん、下手ね」
「下手⁉」
園児に対してハッキリ言う先生だ。
どうやら今までのあれこれで私に遠慮は無用となったようだ。
「最初はいいけど途中からバランスがめちゃくちゃよ。右下がりでだんだん小さくなってる」
言われてみれば確かにそう見えなくもない。
「久遠ちゃんは頭がよすぎて、字を書くのに最後まで集中できないのね。天才型には多いのよこれ」
ほう、天才故に、か。続けて?
「頭の中でいつもアイデアが駆け巡っていて、書いてる途中でそちらに気を取られたり、思考に文字が着いてこれないって聞くわね。あと自分だけ分かればいいという自己完結型が多いから字が下手とも聞くわ」
確かに私はいつもこの先如何に行動すべきか考えてるし、文字を書く時間が惜しいと思ってる。ノートを積極的に誰かに見せる気もないし。
「他に字が下手な人の特徴としては、合理主義、自分に自信がある、大雑把、せっかち、コンプレックスが強い、などがあるわ」
完全に私である。
なんてこったい、完璧な私だが字が汚いことが弱点だったとは……!
あれ、ちょっと待てよ?
「先生、これ私のサインだけど、どう思う?」
私はお渡し会の時に書いた「くおん☆」というサインを書いて見せる。
もしかしてこれ下手だった?この下手さで将来プレミアが付くとかのたまってたとしたら恥ずか死ぬのだが?
「あら、これはかわいいわね。うん、よく出来てるわ。イラストっぽいから?……いえ、これは……!久遠ちゃんのダメなクセを上手くカバーするようなデザインになっている!かなりの職人技よ!」
「……」
私がどんなサインにしようか悩んでいたとき、アドバイスをくれたのは斎藤だ。
どうやら奴には私の字の下手さはバレバレだったらしい。
流石数々のアイドルを手がけた伝説のマネージャーである。字の下手なタレントのカバーなどお手の物か。
「わかりました、先生。私は超天才故にこの先ずっと字が下手かもしれませんが、なるべく上手くなれるよう努力します……あとこのサインあげます、額に入れて飾ってください」
「うん、先生そういうところだと思うな」
思わぬ展開で思考を中断させられてしまった。
タケルの教育論はまた次の時間に回すとしよう。
取りあえずこの時間は真面目に授業を受けようと決めた私だった。
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