47、薔薇百合戦争
ひゅおぉぉ~~……
バラ組とユリ組。にらみ合う両者の間に、5月のまだ肌寒い風が吹く。
東西に別れそれぞれの砂場に陣取った彼らは、リーダーの指示に従い動き始める。
「製造班は壁と泥団子の生成を急げ!足の速いものは特攻班だ!三人一組を作れ!投げるのが得意な者はこちらへ」
「ハッ!」
久遠ちゃんの命令を受けてバラ組は班を作り始める。ちなみに運動の得意な女子もいる。
戦いに参加した人数は両者とも20人といったところか。
久遠ちゃんに耳打ちされた何人かは、コソコソと移動を始める。
数が少ないのにさらに班を分けるようだ。
「くおんさま、準備が整いました」
「よし、敵がくるまで待機!」
「ハッ!」
どうやら体制が整ったらしい。
鮮やかすぎる指揮だ。まるで熟練の指揮官のよう。
対するユリ組は全員で団子を作り、全員で攻めるようだ。
うん、普通こうだよね、なんだか安心した。
「うちの子たちはまだまだねぇ、あれではバラ組に簡単に負けてしまうわ」
どうやら数々の戦いを見てきたアオイ先生には、勝敗が見えているようだ。
腕を組んで真面目な顔で解説してくれる。
「でも全員で攻めれば数が多い方が有利なのでは?」
「いえ、今回バラ組は砂で壁を作って籠城するようね。籠城されると普通攻め手は3倍の数を要すると言われているわ」
「なるほど」
アオイ先生が戦記物好きだってことはわかった。
ちなみにルールは泥団子を投げ合い、当たったら退場、自軍が全滅したら負けと言うシンプルなものだ。
一応子供たちはスモックを着てるので汚れても大丈夫。
「あ、ユリ組が動いたわよ!」
「全員でこられると迫力がありますね」
20人からなるユリ組の子供たちが一斉に走り出す。
あっという間にバラ組側の砂場にたどり着き、壁に向かって泥団子を投げるユリ組の子供たち。
しかし泥団子は砂でできた壁にあっさり防がれる。
「くっ!」
「なんて丈夫な壁なんだ!攻撃が通らない!」
どうやら壁となった砂山には少量の水が含まれていて、簡単には崩れないようだ。
「まだ、攻撃するなよ……いまだ!」
と久遠ちゃんが合図を送ると、東西の砂場の間にある水飲み場の影から、先に移動していた別動隊が現れ、ユリ組の背後から一斉に遠距離攻撃を始める。
なるほど、あの時移動させていたのはこのためか。
「伏兵だ!引け!引けぇ!」
「今が好機!殲滅しろ!一人も逃すな!」
久遠ちゃんも戦いに参加し、泥団子を投げ合う。
「前からも攻撃が!うわぁ!」
「顔は狙うなよ!親御さんに説明が面倒だ、腹だ!腹を狙え!」
久遠ちゃんはよく親御さんを気にする。
「くっそぉ、せめて玉砕覚悟で……!」
「ダメだ!もう弾(団子)がない!」
「なんだと!なぜあいつらは弾切れしないんだ!」
泥団子を無くし、一方的にやられるユリ組たち。
ちなみにさっきから全然子供らしくないセリフのオンパレードだが、これも当然久遠ちゃんの影響だ。
「兵站を怠るからこうなるのよ……」
「兵站?」
「補給活動のことよ、戦争で最も大切なのは兵站とも言われるくらい重要なことよ」
「へー」
ほんと詳しいなこの人。
「久遠ちゃんは特攻班と製造班、防衛班に班を分けていた。全員一緒ではなく、得意なことは得意な人に任せている。そして子供たちは得意なことだから自信を持って力を発揮してる。ふ、最近の幼児教育はみんな一緒が当たり前、それではいけないと言うメッセージを込めているのかもね……」
「久遠ちゃんそこまで考えてないと思いますよ」
絶対適当にやってる。
「この戦い、我らバラ組の勝利だ!勝どきをあげろ!」
「「うおおおお!!!!」」
「「く、おん!く、おん!」」
どうやら決着が付いたようだ。
子供たちは大いに盛り上がり、勝利の立役者である久遠ちゃんを称える。
敵だったユリ組のみんなも相手の実力を認め拍手を送る、
ここに第何回目かの東西戦争、いや薔薇百合戦争は両者の合意のもと、一時停戦条約を結ぶのだった。
さて、と。
「はーい、みんな勝利おめでとー、着替えてお昼の勉強始めるわよー」
「はーい」
園児達は素直に従い、スモックを脱ぎ、両組仲良く教室に戻るのだった。
はぁー今日もみんな元気ねー。
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「こんな感じですね」
私は教頭先生に久遠ちゃんがどんな子か、普段どんな遊びをしているのかの説明を終えた。
「…………」
教頭先生、顔ポカーン。
「あの、やっぱり変ですよね?」
「…………」
教頭先生はメガネを外して眉間をモミモミ。
そしてメガネをかけガシっと私の肩に手をかける。
「ミドリ先生、あなたはとってもよくやってるわ、自信を持っていい」
「え?ええ」
「だからその子の面倒、3年間頼むわね!」
「えええーーー!」
ニッコリ衝撃発言をする教頭先生。
「ていうか天原久遠ってあの伊波ちゃんの娘……どおりで……」
と教頭先生はブツブツ言いながら去っていった。
「さ、さんねんも……」
幼稚園の担任は持ち上がりが多いとは言え、あの子たちの面倒をこの先3年も見れるのか、その時私の精神と常識はどうなっているのか。
とても心配だ。
「でも」
予想外で楽しい毎日が待っていることは、間違いないのだろう。
私は心を強くもって、久遠ちゃんの担任を3年務めようと誓うのだった。
後日、あの天原久遠の恩師として全国報道され、伝説の幼稚園教諭と呼ばれることになるとは、この時の私には知る由もなかった。
そして、このベルばらと薔薇百合戦争の話は、私の鉄板ネタとして、この先何度も語ることになるのだった。
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