46、年少バラ組
「ミドリ先生、この前チラっと教室の中見たけど、すごいわねぇ。あんなに子供たちが素直に言うこと聞くなんて」
「いやぁ、あはは……」
私の名前は深山ミドリ。
去年短大を卒業したばかりの新米幼稚園教諭。
私は今、自身が初めて担任をするクラスに、大いに悩まされている。
「その、私は何もしてなくて……クラスにすごいリーダーシップのある子がいて、その子が全部仕切っているんです」
本当に全部。
絶対おかしいわよね。私このままでいいのかな。
「ああーたまにいるわよねそういうすごい子、神童っていうか」
「いるんですか⁉」
私はベテランの教頭先生に詰め寄る。
「え、ええ。そういう子がいると私たちも助かるし、ラッキーだったわね」
「そうなんだ、たまにいるんだ……」
すごいな幼稚園。研修ではそんなの教わらなかった、やっぱり実戦は難しいな……。
世の中には私が出会ってなかっただけで、こんなことはありふれているのかもしれない。
「そのリーダーってどんな子なの?」
「聞いてもらえますか?」
そうして私は、バラ組の小さな覇王、天原久遠ちゃんの伝説を語るのだった。
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「先生、ミーちゃんがトイレに行きたそうにしています、連れて行ってあげましょう」
「ええ、わかったわありがとう」
深山ミドリ、私はこの年少バラ組の”王”だった。
といっても実権はまるでなく、全てを仕切るのは小さな覇者「天原久遠」ちゃん。
私は久遠ちゃんの意見にただ了承をするだけのお飾りの王。
このクラスの実質的な王は久遠ちゃんなのに、彼女は私に一々お伺いをしてくる。
「先生、お昼寝の準備が整いました」
「ありがとう、じゃあみんなーお昼寝しましょうねー」
「お昼寝開始!」
「「ハッ!」」
私の言葉を久遠ちゃんが復唱し、子供たちがキビキビとした動作でそれに応じる。
これ、私いる?
と何度か落ち込みそうになるたびに、それを察した久遠ちゃんが、
「先生、私たちにはあなたが必要です。今は先生になったばかりで無力に感じられるかもしれませんが、いずれ分かる時がきます。少なくとも、私は先生がいてくれて良かったと思ってますよ」と慰めてくれる。
「久遠ちゃん……」
言ってることは明らかにおかしいが、私は久遠ちゃんの言葉に何度も救われていた。
そんなある日。
「くおんさま!となりの組のやつらが攻めてきました!」
「なに⁉場所と被害状況を報告せよ!」
「場所は西砂場!被害は2人泥団子をぶつけられました!」
「ユリ組め、ここで仕掛けてきたか……よろしい、返り討ちだ!私も出る!」
「くおんさまがお出になれば、我が組の勝利間違いないでしょう!」
「先生はユリ組の担任と一緒に私達の戦いを見守っていてください、ご安心ください、けが人は出しません」
「う、うん、気を付けてね……」
この白鳥幼稚園は砂場が東西2箇所あり、しばしば組同士で争いが起こるのだ。
園長先生はこれも伝統と笑っているのだが……。
「くおんさまいってしまうの?」
「おお子ネコちゃんたち、不安にさせてしまったね、大丈夫、軽く蹴散らして戻ってくるよ」
クラスの女子たちが久遠ちゃんの周りに集まる。
「戦争なんて、なくなればいいのに……」
「そうだね……でも黙っているだけではみんなやられてしまう、私は君たちを守らなくてはいけない、どうか、帰りを待っていておくれ……」
「くおんさま……」
さっきからなんだこのノリはとお思いだろうが、これは久遠ちゃんが持ってきた宝塚版「ベルサイユの薔薇」の影響である。
クラスを締めた久遠ちゃんだが、子分は外聞が悪いということで、手下たちを騎士と改めた。
しかし「騎士ってなに?」と幼児たちは騎士を知らなかったので、久遠ちゃんが「とりあえずこれ見ればいいと思う」と持ってきたのがベルばら。
そのゴージャスで煌びやかな世界に、幼児たちはあっという間に影響を受け、男子は騎士に憧れ、女子は貴族令嬢に憧れた。ちなみにストーリーは誰も理解していない。
そんなわけで我がクラスは空前のベルばらブームであり、その影響はとなりの組まで及んでいた。
いや、私も好きだけどね?ベルばら。なんなら久遠ちゃんの上手すぎるオスカル様にキュンキュンしてるけど、なんで幼稚園でベルばら⁉普通ア〇パンマンとかじゃないの⁉
もはやツッコミしかない日常、私は止めさせるべきか、それとも見守るべきか、毎日頭を悩ませていた。
だってこんなの研修で習ってないし……!
クラスにベルばらブームが起きたらどうすればいいの先生……!
はあ、と溜息をつき私は隣りの百合組へ赴く。
「アオイせんせー、また戦争が始まったみたいですー……」
「ええ聞いているわ。なんというか、お互い大変ね……」
ユリ組の担任アオイ先生も疲れた顔をしている。
「でもねぇ、これで子供たちの教育には効果があるのよねぇ。男子は紳士たれ、女子は淑女たれって。例年ではありえないほどみんな行儀がいいのよ?」
「確かに異様に統率がとれてますけど、これ、親御さんになんと説明していいか……」
「それがね、以外と評判いいみたいなのよ」
「え?」
「これってあなたのクラスの天原久遠ちゃんが主導してるんでしょ?」
「ええまあ」
「あの子って有名な子役らしくて、しかも超天才なんですって」
「ええ⁉子役とは聞いてましたが、まだ幼児だしそこまでとは……」
超天才なのは知ってるけど、もうそこまで有名だったのか……納得しかない。
「それで、そんな子が提案した遊びなら、うちの子にも良い影響が出るかもしれないって。実際に礼儀正しくなってるし」
「マジですか」
常識が崩れる音がする。
「久遠ちゃんって一体……」
「あ、始まるわよ」
私は一旦思考を中断し、いざ始まらんとするお砂場の戦いに目を向けるのだった。
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