39、ゴスロリ撮影会
秋の終わり、この日は私のオーダーメイド服のお渡し&撮影会だ。
楽しみすぎて朝からルンルンな私。
採寸で何度か訪ねたことはあったが、完成品を見るのは今日が初めてだ。
斎藤の運転で訪れたのは廃洋館風の貸しスタジオ。
廃じゃない綺麗な部分もあって、色んなシチュエーションで写真が撮れそう。
「あ、久遠様~おはよう」
「蘭子さん!おはようございます!」
本日カメラマンを担当してくれるのはお馴染み蘭子さん。
手を振って挨拶をしてくれる。
そして……
「久遠ちゃんおはよう。今日もかわいいわね」
ホストみたいなことを言うのは、今日もカッコイイ円華さん。
「くおんちゃーんおはよー」
「今日はよろしくねー」
ロリィタ専門店「エデン」のスタッフも、今日はお店を閉めて集まっている。
スタッフのみんなは採寸の時に既に顔見知りだ。
ていうかお渡し会の時に来てた私のファンだ。
ちなみに円華さんが物欲しそうにしていたので、蘭子さんが数冊確保していた初版本にサインを書いて渡してあげた。
実は初版のサイン本は関係者用に少しだけ余分にある。
「そ、それで、服は……⁉」
「ふふ、焦らないで、順番にね。まずはこれかな」
そうして渡されたのはフリルの付いた白のブラウスと、レースがかわいい黒のスカート。
装飾が少なく、シンプルな服だ。
「まずは普段着用ね。いかにもなゴスロリ服だとみんな驚いちゃうけど、これならゴスロリテイストを残しつつオシャレな洋服にも見えるから、街を歩いても平気でしょ?」
「おおーかわいい、私毎日これ着る!」
「ローテ用に2着用意したわ。まずはこれを着て撮影しましょう。テーマは平和な日常よ」
「はい」
私はスタッフに服を着せてもらい、配置に着く。
ここは洋館の廃じゃない綺麗な部分。
「じゃあ久遠様、いくわよー、ここは純粋な笑顔で、子供らしくね」
蘭子さんにそう言われ、なるべく純粋な子供のように笑い、ポーズをとる。
何枚か撮ったあと、席を外していた円華さんが現れた。
「じゃあ私も参加しようかしら」
そういって円華さんが入ってくる。
「カッコイイ!」
「ふふ、ありがとう」
円華さんは執事服を着て男装していた。
しかもその服、フリルがついて刺繍もあって、これもロリータ服なんだって分かる。
可愛らしさとカッコよさが融合した耽美な服で、円華さんにこの上なく似合っていた。
「私は久遠お嬢様の執事よ、私が久遠ちゃんをお世話したり、遊んだりする絵を撮るからね」
なるほど、そういう設定か。
なら私は、執事に懐いているお嬢様な感じで、と。
円華さんに抱きついたり、仕事の邪魔をしたり、無邪気な何も知らないお嬢様を演じる。
「はーいオッケー。久遠様は流石の演技ねー。円華も演技はダメだけど黙ってるだけで絵になるわ」
「ははは、絵になるならやった甲斐があるよ」
「次の服はこれね。本気の時に着る用の勝負服よ」
「か、かわいい!」
それは技術の粋を集めたような渾身の一着だった。
レースを何枚も重ね、黒と白が複雑に混じり合い、ワンポイントに首元のリボン。
袖口には緻密な刺繍を施してあり、とっても豪華。
それでいて意外と軽い。
ドレスとは違って動きやすいのは現代人の普段着としても使えるからか。
「これも頭に付けてね」
と頭にカチューシャ、というかヘッドドレスを装着。黒い薔薇のようなレースの上に王冠が載っている。
「やっぱり久遠様には王冠が似合うわー」
と蘭子さんが配置についてもいないのにパシャパシャしてくる。
「はい完成!」
最後に微調整してようやく着れたらしい。
「ど、どうかな?」
「きゃーさいっこう!」
「かわいいーーー!」
「とてもよくお似合いです」
斎藤も含めみんな褒めてくれる。
円華さんは目をつむり、なにかを噛みしめるように頷いている。
「か、鏡は?」
私は部屋の隅にある鏡に駆け寄る。
「お、おおおーこれが私、か、かわいい……」
そこには最強にかわいい服を着た最強にかわいい私がいた。
これがゴスロリ。
これ、もう無敵じゃん。
私、歴史上一番かわいいじゃん。
私、普段から世界一かわいいって思ってるけど、世界にはもっと上があって、今、もっと上も制覇したと思う。
「久遠様ー気持ちは分かるけど撮影続けるわよー」
「はっ!」
そうだ今はお仕事中だった。
「さて次よ。テーマはお姫様の決意。平和だった日々は終わり、両親は殺され、残されたのはお嬢様と忠実な執事のみ。お嬢様は実は隠されたお姫様で、育ての両親の屋敷で、王家の再興を誓うのよ」
「おおードラマチックですね」
「久遠様はこの豪華な椅子に座ってね」
「はい」
場所は廃墟。荒れ果てた室内にある玉座に座る。
円華さんも横に立つ。
お姫様の決意。
きっとこれからは甘えは許されない。幼くとも王家の者として、卑劣な侵略者どもを倒し、国を救うのだ。唯一の味方は忠実な執事のみ。今まではただのお世話係だったけど、これからは私が主として命令を下し、私の手足として使うのだ。
そして私の一番そばで、私がこの国のために頑張る姿を見ていて……。
そんなストーリーを思い浮かべていると、自然と足を組み、片手で頬杖をついて口角が上がる。
すると私に釣られるように円華さんが私に跪き、忠誠を誓うポーズをとる。
パシャリ。
無言でシャッターを切る蘭子さん。
きっとこれはとてもいい写真になったと、私は確信できた。
…………
……
「はいおわりーお疲れ様でしたー」
あれからさらに服を替え場所を変え、何枚も写真を撮った。
っていうか母は一体何着の服を注文したのか。
私すぐ大きくなるんですけど?
「あの円華さん、こんなに何着も、大変じゃなかったです?」
「あはは……まあそれなりに大変だったけど、すっごくやり甲斐があったわ、お金もその分もらってるし、気にしないで」
「そうですか……あの、じゃあ、また注文していいですか?」
「もちろんよ、そうしてくれたらありがたいわ」
「やった!よろしくお願いします!代わりにこの服たっくさん宣伝しておきますね」
「え?それは助かるけど、そんなに気を使わなくていいのよ?」
「いえいえ、良いものは世に知られるべきですから!じゃあ、今日はありがとうございました」
こうして私はゴスロリと言う新たな相棒を得て、ご機嫌で車に乗り込むのだった。
ふふふ、次の配信が楽しみだ。
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「はぁ……」
「店長また写真見て溜息ついてる」
「だって本当にいい写真だと思わない?」
「思いますけど、流石に見過ぎです」
私はお店に飾ってある写真を見て溜息をつく。
久遠ちゃんが玉座に座り、私が傅いてる場面だ。
あの瞬間私はあの子に忠誠を誓う執事だったし、それを心から誇りに思っていた。
絶対に守りたいと思ったし、隷属したいと自然に思っていた。
世界を作り別人になり切って、それを作品として形に残す。
ああ、素敵な時間だった。
私の服を着て写真を撮る子は、いつもこんな気持ちなんだろうか。
楽しかったな。また、やってもいいかも。
「あ、久遠ちゃんの配信始まりますよ」
『こんばんわー。ふふー今日の私はいつもと違いまーす、分かるかなー?』
そう言って姿を見せた久遠ちゃんは私の作った服を着ていた。
動きやすさと可愛さとカッコよさを兼ね備えた、エクソシストがコンセプトのロリータ服だ。
「おーかわいいですねー、こうして自分たちが作った服で動画が作られるなんて、不思議な気分です」
「そうね、でも作り手としてはちゃんと動けるのか気になるわ」
そしていつも通りに、いや、少しはしゃぎ気味に悪霊を退治する久遠ちゃん。
『えへへー可愛かった?じつはこの服、ロリィタ専門店「エデン」ってとこで作ってもらったの。もうどの服もめちゃくちゃかわいくて、私これからずっとお世話になろうと思ってるの!あ、そうそう、服を買う時、写真撮影もしたから、お店に私のゴスロリ姿の写真が飾ってあるかもね』
そう言って放送が終わった直後、電話が鳴り響き、私の店はゴスロリショップとしては異例の大躍進を遂げるのであった。