32、お渡し会
今私はお渡し会会場となる博多の大型書店に来ている。
エタプロからは私、母、斎藤しかいないのだが、書店のスタッフが手伝ってくれて、着々と準備が進んでいる。どうやらこういったイベントに慣れているようだ。
斎藤は店長となにやら話をしている。
昔世話になったらしい、本当に顔の広いやつである。
ちなみに母はド素人なので、社長ということは黙ってスタッフの言うことをはいはい聞いている。
本番では私の後ろで本を差し出す係だ。
私は控室で瞑想である。さて、どういう態度で行くべきか。
子供らしいタイプか、いや殆どが動画から来てるからお嬢様で行くべきか?
でも初対面で失礼ではないだろうか。いや逆にご褒美?
「久遠さん登場お願いしまーす」
答えが決まらないまま声がかかってしまった。
まあいいや、出たとこ勝負だ。
パーテーションで仕切られた袖から会場を見ると、200人のファン達が机の前に行儀よく並んでいた。
みんな笑顔で語り合い、今日を楽しみにしていたようだ。意外と女性も多い、3分の1はいるか?
そうだ、ここのみんなは全員私のファン、私が何をしたって許してくれるはず。
一旦深呼吸して会場へ向かう。
「久遠様、マイクを」
「ええ」
斎藤からマイクを受け取り、手を振りながら姿を表す。
「みんなー!今日は来てくれてありがとーー!!!」
「「わあああああああーーー!!!!」」
パチパチパチパチ!!
私が現れると歓声が湧き、拍手が鳴り響く。
「「久遠ちゃーーん!!!」」
「えへへ、アイドルみたいなこと言っちゃった」
「「かーわいいーーー!!」」
「えっと、今日は私の初写真集のお渡し会です!買ってくれたお礼にサインと握手をしますね。番が来たら大きい声で名前を教えてください」
「「はーい」」
「あのそれで、聞きたいんですけど、私、どっちでやったらいいですか?」
「「?」」
「例えば、斎藤ちょっとこっちきて?はい斎藤さん、買ってくれてありがとう!」
「「おおーーー!」」
「それかー。ほら斎藤、大事にするのよ!」
「「おおおおおーーーーーー!!!!!」」
「コッチがいいーーー」
「呼び捨てでお願いしまーす!」
「ええ?ほんとにこっちでいいの?」
「「いいでーす」」
「そ、そう、じゃあ遠慮なくいくね?」
「「おっっしゃーーーー!!!」」
パチパチパチパチ!!
何故か鳴り響く大拍手。
まあ楽しそうだしいっか。
「サインにはみんなの名前を書くつもりだけど、もし不要なら言ってね?転売しても私は気にしないから」
「「ええー?」」
ざわつく会場。
「ていうか私もいくらになるか気になるし」
「「え?」」
「数年後に私が世界一すごい女優になるとするじゃない?っていうかなるし、そしたらそのサイン本、どれくらいプレミアが付くか楽しみじゃない!きっとすんごい値段になって、宝物になるに違いないんだから!」
「「うおおおお流石久遠ちゃーーーん!!!!」」
パチパチパチパチ!!!!!
大盛り上がり。
楽しくなってきた!
「ちなみに、私の写真集すぐにでも見たいと思うの。でもサイン本は大事に保管したいって人のために、出口に鑑賞用の第2刷が用意してあるから、ほしい人は買っていってね」
「さ、流石久遠ちゃん……」
「売り方がエグイ……でも助かる」
「じゃあお渡し会、始めまーす!時間は一人30秒!でも私サイン書いてるから会話は一言ね!」
そういって私は椅子に座りペンを握る。
本の代金はチケットに含まれているので、会計は不要だ(鑑賞用は除く)。
私は後ろに立ってる母から本を受け取る。
さて1人目。
「ともやです!よろしくお願いします!」
「はーい、と、も、や、へっと」
私は自分のサインを書いたあとにわざと声に出して相手の名前を書く。
きっとこっちの方が喜んでくれるはずだ。
ちなみに面倒なので全員ひらがなだ、子供だから許される。
「ほらともや、私だと思って大事にするのよ」
「ありがとうございます!あのあの、応援してましゅ!」
「ありがとう」
笑顔で本を渡して握手する。
「時間です」
斎藤が慣れた様子で熟練の剥がしをする。
「斎藤さんも握手してください!」
「え?」
「いいんじゃない?やってあげても」
「は、はあ……じゃあ左手でいいですか?」
「お気遣いありがとうございます!」
右手は私としたから、上書きされるのを気にしてる模様。
そうして何故か斎藤とも握手し一人目が終了。
「次の方―」
「あの!えっと!」
こんな感じでどんどん消化していく。そして何故か全員斎藤とも握手をしていく。
みんな好きねぇ。
「私!さおりっていいます!よろしくお願いします!」
お、今日初めての女性だ。
「さ、お、り、へっと、はい、さおり、大事にするのよ」
「きゃーかわいいー!手、ちっさーい!」
「えへへ」
女性ファンに褒められると男性ファンとは違った喜びがあるものである。
そしてやっぱり斎藤と握手をしていった。
斎藤人気すぎない?
ちなみに3歳にはハード過ぎる仕事だが、私は手に霊気を全力集中させているから多少の疲れは平気だ。
もしかしたら握手した人は霊的なアレで体調不良が治ったりするかもしれないが。
まあいいか、ファンサービスだ。
「ノーム…いや、ゆうたでお願いします!」
「りょーかい、ゆ、う、た、へっとはいゆうた、大事にするのよ」
「もう悔いはありません!」
「大げさね」
私は変な言い方にクスクスと笑って握手をする。
「ん?あれ?」
「どうかした?」
「い、いえ!ありがとうございました!あ、斎藤さん握手お願いします!」
「はい……」
私、何かやっちゃいました?まあいいや。
「次の方―」
「ありがとうございます!一生大事にします!」
「よろしくね」
「久遠ちゃん応援してます!悪霊の倒しかた教えてください!」
「殴ればいいのよ!」
「久遠様!拙者を下僕にしてくださいでござる!」
「何を言ってるのあなた」
「久遠ちゃん!続巻でもまたサイン会開いてください!絶対コンプします!」
「破産しないように気を付けてね」
「久遠ちゃん!」「久遠様!」
…………
「くーちゃんお疲れさまー」
「や、やっと終わった……」
こうしてなんとか200人、無事捌ききったのだった。
私は机にぐったりと伏せる。
ああ、このまま温泉にダイブできたらどんなに気持ちがいいことか……。
あ、斎藤がすごい疲れた顔してる。
「斎藤大人気だったわね。どうかした?」
「いえ……私アイドルに大変なことさせてたなと反省してるところです……」
「そ、そう」
さて、撤収してご飯食べてお土産買って、新幹線で大阪までいくぞー。
はぁ、明日もあるのか。
大阪の温泉で癒されよう。
ちなみに参加者全員名前入りを希望し、全員鑑賞用を買っていった。
チケットも合わせると本の売り上げが何倍にもなって、サイン会っておいしいなぁと思う私だった。
ーーーーーーーーーーーーーーー
「ノーム氏、最高でしたな!」
「あ、としあき氏。ええ素晴らしい会でした」
俺は握手した手をじっと見つめる。
久遠ちゃんと握手した瞬間、胸が熱くなって……。
「どうしたでござる?しかし久遠様、あんなにちっちゃい手で驚きでござったな」
「いや……俺さ、肺に病気があったんですよ」
「ええ⁉大丈夫でござるか?こんな遠出してきて」
「ええ、あまり良くないですが、もう長くないなら好きなこと遠慮なくやろうって、今日きたんですけど……」
「ノーム氏……」
「そ、それが、久遠ちゃんと握手した途端、く、苦しいのが無くなって……」
俺の目から涙がこぼれる。
「ええ⁉そ、それって……まさか!」
「ええ……斎藤氏が言ってたこと、ほんとかもしれません……」
仏を見て、命を救われた……。
「な、なんと……」
俺達は目を合わせ、自然と会場の方を向き合掌するのだった。
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