2、裾野タケルという男
(俺は……死んだのか?)
ふよふよと浮かぶ感覚。手も足もなく、俺は人魂のような姿で、空を飛んでいた。
何が何だか分からないが、こんな姿で飛んでいるのだから
自分の人としての生が終わったのは間違いないのだろう。
死んだらほんとに人魂になるんだと妙に感心しながら
己の人生を振り返る。
(そんなに悪くない人生だった)
俺は普通の家庭に産まれ、普通に育った。
親に言われるがまま、勉強と習い事を繰り返した。
楽しくないわけじゃない。でも、心の底から『これだ』と思えるものはなかった。
でもあの日、古びた映画館で見た一本の映画。そこには、俺が知らなかった世界が広がっていた。
なんてことの無い、マイナーな、誰も知らないような映画。
セットも安っぽく、効果もショボイ、でも役者の演技は素晴らしかった。
どうしようもない映画だが、懸命に演技をして
必死に良い作品を作ろうとする役者たちに興味を持った。
その後買ったBDに入っていた特典のメイキング映像には、
仲間たちと楽しそうに撮影をする役者たちの姿が。
(いいなぁ)
(俺もこんな風に仲間と一緒に何かを作りたい!)
そう思った俺は「役者になりたい」と思った。
他にいくらでも道があろうが
運命の出会いを果たしたこの映画こそが
我が天命と思い、さっそく行動を開始した。
反対すると思っていた家族は意外と肯定的だった。
やっと俺がやりたいことを見つけて、嬉しいらしい
母には「将来大物になって友達に自慢させてちょうだい」と応援されてしまった。
家の事は妹に任せて家出までする覚悟だったのに拍子抜けしてしまう。
本当にありがたいことだ。
ともあれ何だかんだと乗り気になった家族のサポートも受けて、
優秀な先生にもめぐり合い、
俺は必死に演技の勉強をし、
20代半ばには端役としてドラマにも出れるようになった。
(みんなと一緒に作品を作るのは楽しかった)
大した役は貰えなかったが、俺は混沌とした撮影現場をまとめるのが得意だった。
高飛車な大物役者を宥め、緊張する新人を励まし、スタッフ一人一人に気を配った。
そうして息の合った完成度の高い作品を作る。
現場の人間にとっては有難い存在になった。
(でも俺には華がなかった)
俺は裏方として重宝される人間ではあったが、
主役をやるにはどうにもパッとしなかった。
顔も普通。
背は普通より低め、声の通りも悪い、
どれだけ鍛えて化粧をしても、
生まれつきのものには限界があった。
そのまま40になるまで大きな役には恵まれず、
次第に荒れ始め人に当たるようになり、
最後は酔って事故に遭いあっけなく死んでしまった。
(役者の世界は楽しかった、作品も沢山作れた、そこに後悔は無い)
でも
(一度だけでも主役を華々しく飾って、両親を安心させてやりたかったな)
応援してくれた家族だったが、俳優として自慢できるだけの実績もなく、
後ろめたさもあって家からは離れがちだった。
都会のボロアパートに住み、帰るのは稀、
最後に顔を見せたのはいつだったか。
(ああ、せめてもっと華のある容姿に産まれていたら……)
まあ、今更嘆いても仕方がない、来世に期待するしかないだろう。
魂だけの今なら願いも神に届きやすいかもしれない。
その時ふと
何かに引き寄せられた気がした。
(なんだ?)
抗いがたい何かに魅かれ、ふよふよとそこに向かう。
閑静な夜の住宅街、新築らしい一軒家、
青い屋根をすり抜け、
人魂は目にする。
(とんでもない美少女……!)
そこには3歳ほどの幼い少女が柔らかそうな布団で寝ていた。
艶やかな黒髪に目鼻立ちの整った顔。
まさに天使と見紛う愛らしさ。
(まだ幼いけど分かる、この子は将来とんでもない美人になる!)
そこには幼女の時点でも男の求めて止まなかった華があった。
(これは……もしや俺がこの幼女に憑りついて、第2の人生を送れと言う天の意思か?)
この子が俺の来世……。
(なんだかよく分からないけどそういうことなら有難く頂こう。
まあ女の子の体になるのは複雑だけど、この際なんでもいい!
この容姿なら今度こそ俺は……!)
やり方は知らないが何となく分かる。
俺は幼女の胸に飛び込んだ。
するとやがて幼女は目を覚まし、体を起こす。
意識は、体を動かしているのは、俺!
「やった!動かせる!これで……」
夢の、スターに。
そう確信した瞬間だった。
(やっ!)
「え?」
(でてって!)
ものすごい抵抗にあい体からはじかれる。
それだけじゃない。
(俺が……消える……⁉そんな…俺にはまだやりたいことが……!)
暖かい光が全身を包み込み、俺の魂はボロボロと崩れ去っていく。
(ああ……これが、俺の終わりなんだな)
でも、不思議と怖くはなかった。その光は、どこか懐かしく、安心感に満ちていた。
(ま、仕方ないか、この子の人生を台無しにしてまで叶えたい願いじゃない。
でもこの子は女優になれば頂点を目指せる。いや、女優じゃなくてもきっとなんだって出来る)
タケルは浄化され、元の気配りやの心を取り戻していた。
(この子は一体どんな人生を歩むのかな、
ああもう少しだけ、この子の未来を見届けられたら──)
そう言ってその魂は、少しだけ名残惜しそうに、天に登って行った。