126、久遠の落語振興
「本日はなんと!話題の天才子役、天原久遠ちゃんに来てもらってまーす!」
「どーもー宜しくお願いしまーす」
ひな壇に並べられた芸人や観客たちからノリの良い歓声や拍手が送られる。
今私が立っているのは夜の大人気番組「ザ・スクール笑」のスタジオ。
何のためかと言うと例の「落語振興」の為である。
私は壇上に上がりながら今日までの考えを振り返る。
あれから私なりに考えた。
どうすれば落語は盛り返すのか。
どうすればこのまま消えずに生き残れるのか。
結論として、古典落語が今のまま盛り返すことは無理だと判断した。
どうしたって「老人が聴くもの」「敷居が高そう」というイメージが付いて回る。
しかし形を変えてなら存続は可能だとも思う。
古典落語は音楽でいうクラシックと同じだ。
どれだけ正確に、どれだけ感情を込めて自分なりに表現できるかを競う題材。
昔に作られた音楽を有難がって演奏するクラシックと、昔に作られた噺を有難がって演じる落語、通じるところは多い。
ならば落語もクラシック音楽と同じ立ち位置になれば遠い未来まで生き残れることだろう。
より格調高く、一般教養としての存続だ。
初心者が軽く触れ、それ以上はやりたい人だけ研究し、専門家になればいい。
最終的には教科書に乗せ、国語の授業に落語を組み込むのが理想だ。
しかしこれだけでは復権とは言えない。
クラシックの先に新しい音楽があるように、落語にも新しい落語がある。
それが「新作落語」。
昔に作られた噺ではなく、まったく新しい噺をオリジナルで作る落語だ。
今も多くの開明的な落語家がこの新作落語に挑戦している。
しかしこの新作落語、イマイチパッとしない。
それも当然。
長い年月をかけ洗練されてきた古典と違い、一人の人間が最近考えただけの噺など奥深さがまったく無く滑りがち、しかもメイン層のお爺ちゃん達にはすこぶるウケが悪い。
彼らはいつもの話が聴きたいのだ。
とは言え可能性は感じる。
落語を盛り返すには、この新作落語しかない。
私はいくつか新作落語の動画を見て研究した。
その結果、もしかしたらいけるかも?という結論に達した。
あれをこうしてこうすれば……と。
よし、方向性はこれでいい。
そうと決まれば次はこのマイナーな新作落語を、いかにしてメジャー路線に乗せるかだ。
落語という存在は知っていても、新作落語はドマイナー。
これを世に知らしめるには、ただ露出を増やすだけでは足りない。
一体どうすれば……といつもなら悩むところだが、私には一つ心当たりがあった。
それは「アカペラ」だ。
その昔ただの「伴奏のない合唱」という認識を一気に塗り替えたバラエティ企画があった。
合唱にボイスパーカッションやベースを入れ、声だけで本物さながらのバンドサウンドを表現した斬新な音楽形態は、当時番組を見ていた学生を中心に大流行し、今もなお文化として根付いている。
つまり鍵はバラエティにあり、学生にある。
しかる場所で新作落語がどういうものか披露し学生の心を掴めば、あとはショート動画などで勝手に拡散していくだろう。
という訳で私は普段は出ないバラエティにコネを使って出演したのである。
この「ザ・スクール笑」は学生に絶大な人気を誇り、これを見ないとクラスの話題に入れずハブられると言われるほどの番組だ。
内容は芸人のコントやアイドルが学生と合同企画をしたりと多岐に渡る。
「さて久遠社長、今日は新しい企画を持ってきたんやて?」
今日の私は番組に売り込みにきた子供社長という体だ。
司会の芸人、佐橋さんが私の相手をする。
「ええ、面白そうな企画を思いついたので、ちょっと営業をかけに来ました」
「おおーあの久遠ちゃん、いや久遠社長の新企画かぁ、これは期待できますね」
「今回我が社が提供する新企画、それは『落語』です」
「落語ぉ?落語ってあの落語?」
「はいあの落語です」
会場がざわざわする。
「それ全然新しくないやん、むしろめっちゃ古いやん」
「そうですね、めっちゃ古いです。でも私気付いたんです。落語の可能性に」
「ほーん、例えば?」
佐橋さんは若干興味を失ったような態度になる。
「そうですねぇ、まずは喋るのが上手になります」
「まあそうやね」
「実は俳優や声優、アナウンサーなどの喋る仕事の人は、落語を習っている人が多いんです。つまり、教育的にも有効だと思うんです」
「お、これあれやな?久遠ちゃんお得意の教育改革」
「そうですね、特に最近では口下手な子が多いですから、学校教育には是非取り入れてみたいですね」
「ほんま色々考えるね」
会場から感嘆の声が上がった。
「まあそれは追々で、本題はこれから」
「まだあんの?」
「私が勧めるのは落語の中でも新作落語と呼ばれるものでして」
私は古典落語と新作落語の説明をする。
「へー、そんなんあったんや」
「それで、私気付いちゃったんです」
「ほう?」
「新作落語って、ぶっちゃけ『一人コント』だなって」
「一人コント?」
私の発言に怪訝な顔をする佐橋さん。
「コントって、ストーリーや設定に基づき他人を演じて笑わせますよね?落語も同じです、シナリオの登場人物を演じて人を笑わせる寸劇の一つ。まあ落語は座りっぱなしで、小道具は扇子しかないんですけど」
「確かに言われてみれば、そうか?」
「例えば佐橋さん、なにかコントのネタをやってみてください、一人で座ったまま」
「ええ?いきなりやな……えーっと『カランカラーン、いらっしゃいませーご注文は何になさいますか?』『ふー暑い暑い、暑いからアイスで』『お待たせしました』『ってこれただの氷やないかーい!』みたいな?はは」
「それ、落語です」
「うそぉ⁉」
「いやー素晴らしい、佐橋さんはもう落語検定一級ですね」
私はパチパチと拍手を送る。
「マジで?俺落語なんて難しくて絶対無理やと思ってたんやけど、そんな簡単でええの?」
「まあ実際には色々ありますが、新作落語はだいたいそんな感じです」
「ほんまかいな」
「所詮もとは話し上手な芸人が路上で披露したようなもの。それが長い歴史の中で伝統芸能として昇華されていっただけですから」
「ははぁなるほどなぁ」
「そんなわけで私は、古典落語は古典落語として保護しつつ、よりカジュアルでよりお手軽、一人で口だけあれば何処でもできる新たなる落語を広めたいと思った訳です!」
ここぞとばかりに大げさに声をあげる私。
「なるほど、確かにこれなら相方もいらんしなぁ、俺もこれからはピンでいくか」
ちょっとちょっと、と外から相方のツッコミが入る。
「さ、前置きはこれくらいにして、早速デモンストレーションといきますか」
「お、見せてくれんの?」
「はい、今日のために落語三銃士を呼びました」
「落語三銃士⁉」
私が合図をすると3人の男女が舞台に上がる。
「まずはイケメン俳優ユーケンさん」
「やあ子ネコちゃんたち☆」
キザったらしい30代の俳優だ。
女子に物凄い人気を誇るが男受けは悪い。
「続いて美人アナウンサー晴子シャルロット」
「ボンジュ~ル」
彼女はフランス人ハーフの人気アナウンサー。
ちなみに日本生まれ日本育ちなのでフランス語は喋れない。
「最後に人気VチューバーTETUYA」
『よろ~』
プロゲーマーとしても活躍するVチューバーだ。
リアルの姿は謎に包まれている。
「どんな面子?ていうか何でTETUYAはモニター越しやねん」
「顔出しNGなんで彼」
モニターには無駄にイケメンな二次元キャラがユラユラ動いていた。
「さて、お察しの通り彼らは皆落語を修めています」
「落語歴10年くらいかな☆」
「7年ですね、今も続けていますよ」
『え~歳バレるんで、でも10年以上っす』
「TETUYAめっちゃ気になるな」
「佐橋さん、彼らの共通点分かりますか?」
「えーわからん、ていうかTETUYAのこと何もわからん」
「彼らは全員トークがめちゃくちゃ上手いんです!」
「ああ成程、確かにユーケンさんも晴子さんもめっちゃ上手いわ」
彼らは本業も上手くやるが、フリートークの上手さで話題になった人たちだ。
「はい、そしてTETUYAはゲーム配信でそのトークが話題を呼び、今ではトップVチューバーの一人です」
「え?TETUYAそんなすごいん?」
「登録者数は佐橋さんの100倍です」
「マジで⁉す、すんませんした……」
『あーいいっすいいっす、俺こんなだし、芸人ってゆーか佐橋さんマジリスペクトしてるんで』
「TETUYAめっちゃいいやつやん」
「さて、じゃあ順番に落語を披露してもらいましょう、とは言えいきなり新作もあれなんで、まずは古典から」
そうしてユーケンさん達は定番の噺を披露する。
新規に長い噺はダレるので一人3分程度に圧縮。
小話も入れつつなるべくカジュアルな雰囲気で、面白おかしく、より自由に。
ユーケンさんは寿限無、晴子さんは外郎売、TETUYAは時そば。
全員かなり上手い。
TETUYAはちょっとシュールだが、会場も大盛り上がりだ。
「えーすっご、そこらの芸人より話し上手いやん」
「ふっふっふ、見ましたか奥さん、これが落語の効果です。この圧倒的なトークスキルが落語を学べば身につくのです!そして将来喋る仕事につきたいならまさに必須級!俳優、アナウンサー、声優、営業もそうですね、さらに子供たちにも大人気な配信者を目指すなら落語を学ぶのが一番と言えます!」
「配信者目指されるんはちょっと親御さん困るで?」
私は落語の有用な部分を沢山アピールする。
若くて美男美女な三銃士を起用することでカジュアルさも強調。
これで多くの人は落語に対する認識が揺らいだことだろう。
その上で最後の一手だ。
「さて、では最後に私が一席やりますか」
「え⁉久遠ちゃんやってくれんの⁉」
「まあ私もあんまり上手い訳ではないですが、ここらで新作落語を知ってもらおうと思いまして」
「おおーあの久遠ちゃんが落語……全然想像できん」
あんまりバラエティ出ないしね私。
でもまあ落語は言ってみれば一人芝居だ。
演技という括りでは私のフィールドとも言える。
さーてこの日のために一応ネタは考えてきた。
どうか滑りませんように。
あと落語家の皆さんが怒りませんように。
私はステージ中央の座布団上に腰を下ろすのだった。




