119、薬師寺山でキャンプ
さて、色々と落ち着いたので貰った山にいい加減視察に行こうと思う。
あの除霊配信のあと、坊さんの弟子と名乗る人が現れて色々と説明やら手続きやらしてくれたのだ。
どうやら依頼を出したのもこの弟子らしい。
弟子曰く。
あの山、薬師寺山は非常に霊験あらたかな聖山なのだとか。
50年ほど前までは観光客も訪れていたので道もそれなりに整備されており、風光明媚で綺麗な川もあって登山にはもってこい。
休日にご家族揃って登ってみればお気に召すこと間違いなし、とのこと。
そんな弟子のセールストークを聞きながら私は思った。
まずはキャンプだな、と。
とりあえずそこに山があるならキャンプである。
しかも自分の山。
騒音出そうが直火でキャンプファイヤー焚こうがやりたい放題の治外法権キャンプ場。
絶対楽しい。
よし、今週末はキャンプだ。
「うーん本当は狩りとかもしたいけど、私有地と言えど免許が必要らしいからなぁ、魚でも釣るか……」
「どうしたんですか?く-ちゃん」
私が教室で計画を立てていると前の席のせっちゃんが話しかけてきた。
「いや、今度キャンプに行こうと思ってね」
「キャンプ!あのあの、わたくしも行っていいですか⁉」
「え?いやでもなぁ、今度行くところはせっちゃんには厳しいかと」
なんせ50年放置され、周りに文明の無いサバイバルキャンプだ。
キャンプというより最早野宿。
とてもやんごとなきお姫様を連れて行っていい場所ではない。
「大丈夫です!これでも鍛えてますから!」
「うーん……じゃあ一緒に行く?」
まあ皇族たるもの一度は経験をするのも有りか。
「はい!是非!」
となると護衛の黒服とか竹丸も来て人数が増えそうだ。
なんか軍事演習じみてきたな。
ついでに竹丸も鍛えてやって……あ、そうだ。
「折角ならあいつらも呼ぼうかな」
「あいつら、ですか?」
「ひぃ、ひぃ、なんで、俺様が、こんなこと……!」
「や、山登りとか、都会っ子の俺には、キツイって言うか……!」
「まってゲスよ~、金成く~ん」
迎えた休日。
私たちは薬師寺山の中腹まで車で登り、道の破損が厳しくなったので徒歩に切り替えて登山をしていた。
今日のメンバーを紹介しよう。
まずはせっちゃん。
「空気が美味しいです!」
意外と平気っぽい。
まあせっちゃんは霊力使えるからこれくらいは余裕だろう。
「幽霊出ませんように幽霊出ませんように」
「たまにはこういうキャンプもいいもんだねぇ」
斎藤と、ジイこと大蔵重明氏。
この2人はソロキャン仲間としてよく一緒にキャンプに行く仲なので誘った。
ただ斎藤は場所が例の山だと知り早くも帰りたがっている。
そしてせっちゃんの護衛の黒服4名。
「…………」
黙々と登っている、流石だ。
「オラァさっさと歩け!」
「ぶひぃ!」
「すみませんパイセン!」
「鬼でゲス!」
最後に竹丸with三馬鹿。
先日下僕となった豚一郎とその取り巻き、チャラ男と又吉は現在私の矯正プログラムの真っ最中。
高天原が経営するジムに通わせたり、やりがいのある仕事を任せたりと真人間にするべく色々経験させているのだ。
その一環で今日のサバイバルキャンプに強制参加させたわけだ。
ちなみに竹丸は下僕の先輩として彼らの指導役である。
修行でサバイバル経験もあるはずなので、色々任せて大丈夫だろう。
そんなことを考えながらひび割れた車道を歩く。
ボロボロだけどアスファルトが残っていて、これなら整備も多少は省略できるだろう。
周りを見渡すと平らな部分も多く、テントを張ったり、バンガローを建てたりも出来そうだ。
(ふむふむ、ここをキャンプ場にするなら……)
私はすっかりこの山をキャンプ場にする気満々であった。
しかしただのキャンプ場では芸がない。
私がプロデュースするならば、誰もが満足する究極のキャンプ場であるべきだ。
そのために何か目玉のようなものが見つかればいいが……。
「あ、ここから山道があるみたいですよ?」
「ほんとだ、じゃあこっちから行こうか」
車道をグルグル大回りするより山の中を突っ切る方が早い。
というかこの道前通った所だな。
比較的広く通りやすかった記憶がある。
森ではあるが鬱蒼とはしておらず、木漏れ日が程よく差し込みどこか清浄な気配を感じる山道だ。
ところどころに地蔵や鳥居があり、聖山というのもうなずける。
しばらく歩くと開けた場所に出た。
近くに綺麗な川もあってキャンプするには丁度良さそうだ。
「よし、ここをキャンプ地とする!」
「わー(パチパチ)」
「や、やっと着いたブヒ……!」
「し、死ぬって……」
「ゲス……」
一番か弱そうなせっちゃんは元気一杯なのに瀕死の三馬鹿。
「じゃ、私ここね」
「では私は向こうで」
「ホッホッホッ、私はあそこにするよ」
頷いてバラバラに別れる私と斎藤と大蔵さん。
「え?え?一緒にキャンプしないのですか?」
「しないよ?私たちソロキャンパーだからね」
「ええ⁉」
ソロキャン一筋2年以上の私たちにグルキャンしようなんて意識はハナから無い。
行きは一緒でも現地解散が私たちのルールだ。
「あ、あうあう、わたくし、いきなり一人はその……!」
「あはは、流石に今日は私と一緒だよ」
「も、もーいじわるしないでください!」
涙目でポカポカと叩いてくるせっちゃん、かわいい。
「あ、あのー俺様、私たちはどうすれば……」
「ソロでやれ、と言いたいところだけど最初だからね、竹丸に色々教わりなさい、竹丸、分かってるよね?」
「はい!新兵どもにサバイバルのなんたるかを教え込んでやります!」
「よろしい」
「行くぞコラァ!まずはテントの設営だぁ!」
「ひぃ~!」
普段抜けてる竹丸だが、月詠家の厳しい忍者修行に耐えただけありこういうことはしっかりしている。
竹丸の元で生きるとは何かを学んでくるといい。
さて私たちもテント建てますか。
「せっちゃんそっち持ってー」
「はーい」
こういうのは自分でやるのが楽しいのだ。
折角だから今日はせっちゃんに色々と体験してもらうつもりだ。
「じゃ、テントも建てたし釣りに行きますか」
「釣り!やったことないので楽しみです!」
「そうでしょうそうでしょう」
時刻は午前11時、私は金に飽かせて買った愛用の超高性能釣り竿とクーラーボックスを担いで川へ向かう。
ところで釣りと言うものはけっこうグロい。
まず餌がグロい。
生きた虫を手で掴み針でぶっ指す、この時点で大半の女子はお断りだ。
釣った魚もヌメるし死にたくないと暴れるし血が出るしグロい。
調理するとなったらそのグロさは言わずもがなだ。
そんなものをこのお姫さまにやらせてよいものか。
私はチラッと後ろの黒服を見る。
腕でバッテンを作り首を左右に振る黒服たち。
了解。
「じゃ、餌付けてあげるね?」
「くーちゃん」
餌箱を開けようとした手をせっちゃんがそっと抑える。
「え?」
「わたくしにやらせてください」
「で、でも」
「いいんです。わたくしは守られるだけの皇女でいたくない。民と同じことをし、民の目線で考えられる、そんな皇女でいたいのです」
「せ、せっちゃん!」
ブワッと涙が溢れ出す。
なんと立派なお考え!
これぞ王の器!
見ると黒服さんたちも感動して泣いている。
「わかったよせっちゃん、はいミミズ」
「…………ふぇぇ」
「あっうん!最初は私がやるね!少しづつ慣れてこ⁉」
「ずみまぜ~ん゛」
この後色々慣れたせっちゃんはミミズやそれ以外の餌も付けられるようになり、自力で鮎やイワナを数匹釣った。
「やったぁ釣れました!」
笑顔がまぶしい。
私と黒服たちはそんなせっちゃんに尊みを感じ、ほっこりするのだった。
「さて、調理の準備するからせっちゃんは焚き火の方をお願い」
「はい!」
やはり鮎と言ったら塩焼きだろう。
調理台とまな板、包丁を出して、と。
お、せっちゃんはちゃんと火を起こせたようだね。
ん?あれは……
「お腹すきました~、あ、ウサギさんです!」
なんと野良のウサギが現れた。
「わぁ~かわいいです~、こっちおいで~」
せっちゃんに近づくウサギ。
美少女とウサギ、絵になる光景に癒される。
「わっ、きましたよ!かわいいですね~、よーしよしよし、あなたの名前は雪ちゃんです!」
大人しく撫でられる白うさぎこと雪ちゃん。
すごいなぁ、動物に好かれやすいなんて流石せっちゃんだなぁ。
雪ちゃんはしばらく撫でられたあとじっとせっちゃんを見つめて――
焚き火の中にダイブした。
「雪ちゃーーーん!!!」
「うそぉ⁉」
手に霊力を纏わせ、ズサーっと急いで救出する私。
「くーちゃん!」
「はぁはぁ、だ、大丈夫、はい雪ちゃん」
「もー雪ちゃん!めっ!ですよ!」
雪ちゃんを掲げてプンプン怒るせっちゃんを見て私はいつか聞いた神話を思い出す。
――その昔、神は僧侶に扮して森の動物の徳を試した。動物たちはこぞって僧侶にお供え物を捧げたが、何も持っていない兎はその身を火に投げ自らを捧げたと言う――
せっちゃんのやんごとなきオーラに雪ちゃんは何かを捧げずにはいられなかったのだろうか。
(せっちゃん、恐ろしい子!)
どうやら私はまだまだこの親友のことを完全には理解出来てなかったようだ。
せっちゃんの新たな力におののきつつ、後半へ続く。




