115、無限戦隊エタレンジャー1
『兄さん起きてーご飯出来てるよ、ほらお仕事遅刻しちゃうから』
『むにゃ……ユカリの朝ごはん……いつもありがとうユカリ……』
『はいはい、さっさとする』
『兄さんいってらっしゃい、気を付けてね』
『ああ行ってくるよ。ユカリこそ、最近はファイナルの活動も活発だ、絶対一人にはならないように』
『もう、わかってるよ』
――――――――――
これは今年一月から放送中の戦隊ドラマ「無限戦隊エタレンジャー」の一幕である。
この中で私が演じるのはユカリ。
両親が他界し、兄と二人暮らしなため家事全般をこなす主人公の妹だ。
この健気で可愛くて兄想いなユカリは理想的な妹として、大きいお友だちはもちろん、老若男女全てに愛されているキャラクターだ(一方兄はダメ兄として親しまれている)。
――――――――――
『ショウタくん、一緒に帰ろう』
『ユ、ユカリちゃん!ももももちろんだよ』
『ふふ、変なショウタくん、さ、行こ?』
『(よ、よーし、今日こそユカリちゃんに告白するぞ……!)ユ、ユカリちゃん!』
『ん?なあに?』
『ボクは……』
『ウェーーイwww』
『きゃ!』
『あ!ファイナルの戦闘員ウェーイ、刹那を生きるヨーキャたち!』
『Fooooo!かわゆい子いるじゃーん?俺たちと一緒に一文無しになるまで遊ぼうぜwww』
『嫌よあなたたち見たいな生活力のない男たち!』
『アイター痛いところを突かれましたwwwでも効かない、お前ら胴上げだ!』
『ウェーーイワッショイワッショイwww』
『キャーー!』
『ユカリちゃーん!』
『待てっファイナルの戦闘員ども!少女を離すんだ!』
『あ、エタレッド!』
――――――――――
エタレンジャーの敵は悪の軍団、終末を望むファイナル。
彼らは真面目に働くよりも、「今だけ楽しければいい」と叫びながら人間を堕落させる終末主義者たちである。
日夜町内を騒がす戦闘員ウェーイたちとの熱いバトルを繰り広げるよくある戦隊モノだが、爆薬やCGがもりもりのド派手戦闘シーンや、大人でも楽しめるシナリオが話題を読んでいる。
同級生の幼馴染、ショウタ君との小さな恋愛も(主にお姉さんたちに)好評だ。
ちなみにショウタ役は以前ヒーローショーで共演したこともあるタイキくんである。
緊張して泣きべそかいてた幼児も今では立派な少年子役だ。
――――――――――
『ただいまー』
『お帰り兄さん、ご飯出来てるよ』
『いつもすまないなユカリ』
『あのねあのね、今日もエタレンジャーに助けられてね!』
『そうか、またお礼を言っておくよ』
『兄さんはエタレッドのお友だちだもんね』
『ああそうさ、普段は朝起きれないダメな奴だけど、いざとなれば強いんだ』
『ふふ、ありがとう兄さん』
――――――――――
兄と妹。
2人きりの兄妹の生活。
仲間との友情、ヒロインとの恋愛。
激しい戦闘の一方、ほっこりとした日常が楽しい今期話題の特撮ものだ。
それにしてもこのユカリ、とにかく襲われる。
バスジャック、ショッピングモール、公園、etc.、3回に1回は何かと事件に遭遇し、エタレンジャーに助けられるお姫様のようなキャラである。
いくら何でも襲われ過ぎでは?と監督に聞いたら「むしろ襲われないと視聴率が下がる」とのことで、これからも襲われるのが確定してる。
レッドとショウタくんには申し訳ない。
今回はそんなピンクよりもヒロインしてる影のヒロインの話でもしようと思う。
――――――――――
「みんなおはよー」
「天原さん!昨日のエタレンジャー見たよ!」
「レッドかっけーよな!俺もあんな兄貴が欲しい」
「えーあんなだらしないの要らないよ、やっぱりピンクみたいなお姉さんがいい」
月曜の朝は毎週こんな感じで私を取り囲み、昨日のエタレンジャーの話題で盛り上がる。
「ねえねえ、やっぱりユカリちゃんってレッドの正体知ってるの?」
「内緒ー」
「えー教えてよー」
「知ってるに決まってるでしょ?」
「知らないかも知れないじゃん!それで兄だと知らずにレッドに恋をしてたり……きゃ!」
「何言ってんの美春ちゃん……」
「ショウタくんはどうするのよ!」
女子でも私が出てるということで見てる子も多く、日常パートを中心に話題になる。
あれはあれで子供と一緒に見てるお母さん向けに力が入っていて面白い。
だがまだ一年生で恋の話は早いと思うぞ。
【ユカリちゃんは理想の妹】
【ユカリちゃんと結婚したい】
【ユカリちゃん襲われ過ぎだろw治安どうなってるんだ】
【でもモブが襲われるよりユカリちゃん回の方が面白いから困る】
SNSや掲示板での話題はユカリ一色、放送後は毎回トレンドに上がる。
その健気さと可愛さに萌える人も多い一方、幼女でも女だからと家事をやらせるのは時代錯誤、価値観のアップデートをしろと変なアンチも沸くほどの大人気コンテンツとなっている。
【久遠ちゃんとユカリちゃんのギャップが激しくて脳がバグる】
【ユカリちゃん自力でウェーイ倒せるでしょ?】
【むしろファイナルの黒幕でもおかしくない】
私のファンたちも楽しそうである。
「うふふ、昨日も面白かったです、エタレンジャー」
「ありがとーせっちゃん」
「ユカリちゃんが可愛くて……」
落ち着いたので前の席のせっちゃんとお話する。
せっちゃんはかなりのユカリちゃん推しだ。
毎回熱くその可愛さを語ってくる。
しかし皇族が戦隊モノの話をするのも変な感じだ。
「これからユカリちゃんどうなるんですか?」
「これからねぇ……」
私は今後の展開を思い浮かべる。
これからユカリは意外な展開を迎えることになる。
私としては非常に面白く感じるし、世間の話題をかっさらう伝説回になることは間違いないと思う。
でもなぁ、せっちゃんのような純粋な子供たちがアレを見て大丈夫なんだろうか。
うーん……。
「まあ、楽しいことになるよ」
「えーどんなですか?」
クスクスと淑やかに笑うせっちゃん。
うーんせっちゃんがあの回を見たらどんな反応するんだろう、きっと面白いことになるに違いない。
私は反応を予想してニヤニヤと不敬なことを考えるのだった。
――――――――――
「監督おはようございまーす」
「おはよー久遠ちゃん」
「ふふふ、今日はいよいよあの回ですね」
「ふふふ、ああ、楽しみで仕方ないよ」
私と監督はお互い悪い顔で笑い合う。
今日はエタレンジャーの撮影日。
物語のターニングポイントとなる重要回を撮る日だ。
「衣装はこんな感じで」
「おー流石似合ってるねぇ」
「ふふん、当然です」
「いいねぇそのドヤ顔」
監督が手でフレームを作るので、ポーズを取ったりして遊んでいるとショウタ役のタイキくんがやってきた。
「おはよー久遠ちゃん」
「やあタイキくんおはよう」
「あ、その衣装今日の?」
「そうだよ、可愛い?」
「う、うん、可愛いと思うよ、すごく」
キョドる6歳児。
このくらいの男の子は女の子に素直に可愛いと言えないものなのだ、大丈夫、お姉さん分かってる。
「あ、またお姉さんぶった顔してる、もー僕ら同い年なのに」
「タイキくんは弟キャラだから仕方ない」
「えー」
そう言ってプクーっと膨れるタイキくん。
あざとい。
幼いながらも整った顔立ちをしていて、このまま役者を続ければ将来イケメン俳優になることは確定である。
こういうところがお姉さん方には堪らないのだろう、私にはまったく効かないが。
それにしても私の周りの男子は変な奴ばかりなので、タイキくんの反応は一々年頃の男の子っぽくて新鮮だ。
子役という普通ではない人生を歩んでいるのに一番普通とはこれいかに。
何か個性を付けさせた方がいいのではないか、と教育癖が顔を出すが、せっかくの普通枠としてこれはこれで貴重、大切に育てるべきという結論を出す。
「タイキくんはそのままでいてね?」
「な、なに急に……?」
「何でもないよ」
「もう……でも今日があの回なんだよね?」
ちょっと不満気な様子のタイキくん。
「おや?気に入らない?」
「うーん面白いと思うけど、僕はあんまり納得はしてないかなぁ」
「ふふふ、まだ子供だねぇ、まあ見てなさいよ、この回でエタレンジャーの人気爆発するから」
「ほんとにー?」
「久遠ちゃーん撮影始めるよー」
「はーい」
今私が纏っているのは漆黒のゴシックドレス。
私ことユカリは今日、悪堕ちするのだ。