114、せっちゃんと某ランド3
その後の私達はさっきまでの事件を吹き飛ばすように全力で遊んだ。
非日常な出来事にハイになっていたとも言う。
けが人も出なかったし犯人も全員大けがを負ったが生きている。
終わってみればスリルがありすぎるアトラクションみたいなもんだ。
気にしても仕方がない、切り替えていこう。
今日という日を楽しい思い出で埋め尽くしてやるのだ。
そして――
ザザーン。
一通りまわった後、私は遊覧船に乗り、甲板の上から夕日が沈む海を眺めていた。
(まさかテロリストと戦うとは思わなかったなぁ)
一人今日の出来事を反芻する。
まあでもあれも、今日という日のほんの一部分でしかない。
遊んだ時間の方がずっと多い。
(あんなことがあったけど、この場所は変わらず夢に溢れている)
私はランドが大好きだ。
タケルの記憶でその良さは知っていたが、実際に訪れたらもっと好きになった。
大人になるとランドが好きになると言ったが、特に作り手は誰でもランドを愛さずにはいられない。
キャラクター、建物、世界観、表現法。
一体どうすればこのようなものが作れるのか。
計算され尽くした配置の建物やセット、グランドキャニオンや宇宙を模した体験型アトラクション、道中流れるダイナミックなテーマミュージック、プロフェッショナルなキャストたち。
ここはクリエイターにとって究極の到達点なのだ。
「小太郎よ」
「はっ」
私は腕を組み遠くを見つめ、後ろに控える小太郎に語りかける。
何かのスイッチが入ったことを悟り、小太郎が跪く。
「私の夢はな小太郎、世界一のテーマパークを作りあげることなのだ。そこには世界中から人が集まり誰もが夢のようなひと時を体験し、一生幸せな思い出に浸れる、そんな場所だ」
「それは壮大な夢にございます」
昔月詠家の次期当主を言い渡された時思いついたことだが、割と本気でいつか作ってみたいと思っていた。
実は今日はその視察も兼ねていた。
「だからな小太郎」
私は振り返り小太郎を見下ろす。
「はっ」
「私がこの計画を実行する時、お前に建設を任せたいと思う」
「わ、私にお任せ頂けると言うのですか⁉」
感動に打ち震える小太郎。
「ああ、私の信頼するお前にしか出来ないことだ、頼まれてくれるか?」
「お任せください!この命をかけて、必ずや久遠さまの大望、実現させてみせましょう!」
「うむ、頼んだぞ」
波の音が静かに響き、夕日が優しく主従を照らす。
この誓いが後にランドの誓いと呼ばれ――
「乗り物はスーちゃんに任せてよ!」
「わ!」
スミレちゃんが後ろから抱きつき折角の雰囲気が壊れる。
「いいの?」
「もちろん!」
確かに大型機械が得意な空星重工の力があれば、実現はグッと近づくだろう。
「うう……わたくしもなにかしたいですけど、なにも出来ません……」
せっちゃんが申し訳なさそうにしている。
確かに皇族は何か事業をしている訳ではない、しかし皇族だけしかできないこともある。
「ふふ、せっちゃんには宣伝大臣、いや宣伝皇女をしてもらいます!」
「宣伝皇女!」
皇族の宣伝効果は最強だ、私など足元にも及ばない。
何せ日本中のみならず、世界中に影響がある。
せっちゃんがお気に入り指定してくれたらそれだけで大勝利だ。
そうだ、各国の要人が来た時に案内役とかしてもらったらどうだろう。
きっと両国の友好のためになる。
まああんまり利用するようなことは不敬だけど、友情に免じて許して欲しい。
「分かりました、頑張ります!」
「おいおい……」
「竹丸は……特に頼ることもないね」
「俺にも何か手伝わせてください!」
「あはは、そうだね。その時になったら力を借りるよ」
いつかきっと理想のテーマパークを作ってみせる。
そのためには色んなものがまだまだ足りない。
何せクリエイターの究極の到達点だ。
力を付けたり仲間を集めたり敵を排除したり、先はまだ長そうだ。
「せっちゃん、今日楽しかった?」
「ええとっても!」
「良かった、また遊びに行こうよ」
「ふふ、今度はキャンプでもいいですよ?」
「あれ、バレてた?」
「くーちゃんのキャンプ好きは有名ですから」
「じゃあ次はキャンプ行こうか」
「楽しみにしてます!」
黒服たちは止めたそうにしていたが、次は私の山に招待しよう。
こうして私達は夢を誓いあった。
ランドは通称夢の国とも言われている、夢を語るには丁度いいだろう。
「さ、まだまだ閉園まで時間あるから、次行こっか」
「「おー」」
私たちは元気に子供らしく、全力で最後まで楽しむのだった。
――――――――――――
数日後、某国某所にて。
「王主席、皇女暗殺計画ですが、失敗に終わったようです」
「皇女暗殺計画?」
私は王、とある国の国家主席だ。
広大なこの国を治めるべく、日々激務に終われている。
その仕事量は到底一人で回せるようなものではなく、いくつかは信頼できる部下に丸投げしていた。
今日はそんな丸投げしている部署から失敗の報告が上がってきた。
しかしはて、皇女暗殺計画?
我が国は歴史上しばしば暗殺に手を染めてきたが、最近は国際社会が面倒なのでなるべくクリーンな運営を心がけている。
暗殺など滅多なことでは行わない(でもたまにする)。
ましてや皇女?この辺に皇女などという存在がいるのは日本くらいだが、まさか……。
「日本の刹那殿下を某ランドで襲撃したそうですが、返り討ちにあったようですね」
「日本の皇族に手を出したのか!」
「は、はあ、しかしご安心ください、複数ルートで現地の過激派に武器や情報を提供した程度で、我々まで辿り付くことは不可能です」
「バカもの!その程度で奴の目から逃れられるものか!」
大方日本の極左が皇族を殺せば、日本が分裂し弱体化するとでも思ったのだろう。
日本の弱体化はいい、奴らは我が国にとって長年の宿敵だ。
しかしその手段に皇族を利用してはいけないのだ!
「奴が、奴が来る……!」
ブーーン……。
私が頭を抱えると机の上のスマホが振動する。
このタイミングでの着信……嫌な予感がする、絶対取りたくない。
「あの、王主席?」
秘書がスマホを取るように促してくる、クソ……!
「……もしもし」
『王ちゃんこんにちはー』
「ひぃ!」
その間延びした声は忘れたくとも忘れられない私の天敵、月詠伊波の声だった。
月詠家、それは我が国の暗部に伝わる恐怖の象徴だ。
我が国は日本に大量の工作員を送り込んでいたが、その殆どは月詠家に排除され、大規模な計画は未来でも読んだかのように潰されてきた。
とりわけ私が暗部に所属していた20年程前はどんな計画も事前に察知され、痕跡を巧妙に隠しても我々にたどり着き手痛い反撃にあってきた。
その中心にいたのがまだ学生だった皇太子の護衛、月詠伊波。
彼女の前ではあらゆる襲撃も工作も無意味だった。
そんな彼女がある夜、私の隠れ家に単身現れた。
「ど、どうしてここが⁉」
絶対に見つかるはずのない場所だったため驚愕する。
しかし奴はそんなことはどうでもいいとばかりに語りかけてきた。
「王ちゃんさぁ、もう無駄なことは止めたら?」
明らかにこちらを馬鹿にしたようなちゃん付けに怒りが沸く、しかし同時に恐怖もあった。
「わ、我々は止めるわけにはいかない、これは国家の意思なのだ」
「ぷっ、やっぱりワンちゃんじゃん」
「黙れ!」
銃を撃つが不思議な力によってはじかれる。
「化け物め……」
「哀れな王ちゃんに神託を授けましょう」
「神託?」
何を、と思ったが月夜に神秘的に輝く目を見て、自然にそうなのだと信じられた。
「あなたはいずれ国家主席になります」
「お、俺が?」
「ええ、だから今のうちに身辺整理をなさい。そしてあなたが主席になって、我が国へのちょっかいを止めてくれるのなら、私があなたの支援をしましょう」
確かにこの理不尽な少女の支援があれば、国家主席などというあり得ない未来が叶うかもしれない、しかし――
「完全に止めるのは無理だ……」
上層部の年寄りどもは未だ日本との戦争を望んでいて、機嫌を取らねばあの国では生きていけない。
それに民間やマフィアの暴走も止めようがない。
「多少は目をつむりましょう。せめて私の身内や皇族には手出しを控えてちょうだい」
「……わかった」
その後私は彼女の指示に従ってとんとん拍子に地位をあげ、本当に主席になった。
故に彼女には返しきれない恩と、絶対に逆らってはいけない畏怖を感じているのだが……。
『先日うちの殿下と私の娘が襲われたんだけど、これ王ちゃんの仕業だよねぇ?』
「申し訳ございませんでした!全て部下が勝手にやったことでございます!」
スマホを床に置いて全力で土下座。
ごまかしは一切通用しない。誠心誠意謝り、私の意思ではないことを説明するのみである。
しかし皇女のみならず、娘もだと⁉一体何をしてくれたのだ、国を潰したいのか!
「奴はまだ若く、あなた様の恐ろしさも分かっていなかったのです!」
『ふーん、じゃあどうするの?』
「処刑!処刑します!一族郎党すぐさま処分いたします!」
『一族郎党はいらないけど、二度としないよう事後処理はちゃんとしておいてね?あと襲撃犯もそっちに送るから、適当な理由付けて処理しといてね』
「かしこまりました!」
『じゃ、宜しくね。あ、そうそう、近々南部の方で災害があるから対策しといた方がいいよ』
「はっ!いつもありがとうございます!この御恩は忘れません!」
『二度は無いからねー』
そう言って通話は切られた。
私は大量の汗を流し、はぁはぁと床に突っ伏す。
なんとか、生き長らえた……。
「あ、あの、主席?今のは……?」
「処刑」
「え?」
「暗殺に関わった奴は全員処刑だ!今すぐ捕まえて牢屋にぶち込んでこい!」
「は、はいーー!」
そう叫んで秘書は去って行った。
「ふぅ……」
私は椅子に座り、スマホを操作して動画サイトを立ち上げる。
そこには最近我が国でも人気が出てきた動画配信者、天原久遠ちゃんが元気にキャンプをする姿があった。
「はぁ……癒される……」
最近のマイブームはこの可愛らしい日本の子役を応援することだ。
小学一年生ながら何気に核心を突いた発言をすることも多く、国家運営の参考になったりもする。
幸い暗部時代に日本に潜んでいたので字幕のないリアルタイム視聴が可能だ。
「【今日仕事でツラいことがあったけど、久遠ちゃんを見てたら元気出たワン!お礼にこれでいいお肉でも買って食べてワン!】っと」
10万円を国庫から投げ込む。
【さすが主席www】
【相変わらずすげーな】
【そのキャラと名前、某国から消されない?】
ハンドルネーム「ワン主席」はファンの間ではちょっとした有名人だ。
『ワンさんありがとー私で元気出たなら嬉しいな、お仕事大変そうだけど頑張ってね!じゃあ今日はワンさんの奢りでシャトーブリアンでも焼いちゃいますか!」
「フフ……」
破壊された精神が急速に回復していくのを感じる。
久遠とファンの反応を見て承認欲求が満たされた王主席は、嫌なことを全部忘れるのだった。
(よーしお仕事頑張るワン!)
彼が久遠の正体を知るのは、まだ先のお話。