111、豚一郎
俺様の名は金成純一郎。
世界最大最強のお金持ち、金成財閥の御曹司だ。
将来は財閥を背負って立つ後継者として最高の教育を与えられ、御柱学園にも優秀な成績で入学。選ばれたエリートしか所属出来ないと言われるソロリティに是非にと誘われ、メンバーとなった。
そんなエリート中のエリートな俺様なので、欲しいものは何でも手に入った。
オモチャでもゲームでも友人でも……唯一手に入らなかったのは同じクラスの片瀬瑞希くらいのものだ。
彼女は成績でも運動神経でも人気でも常に俺様の上を行く目ざわりな存在だったが、アイドルをしているだけあって見た目は非常に可愛かった。
なので世界一な俺様の嫁に相応しいと提案してみた。
「片瀬瑞希、お前を俺様の嫁にしてやろう」
「は?死ね」
ゴミを見るような目でそう言われた。
一瞬ゾクリとしたものを感じたが、ショックはショックだったので家に帰り母上の胸でワンワン泣いた。
そんなことがあったが片瀬の態度はまったく変化がなく、クラスメイトが俺様に従う中、いつも通り彼女だけは俺様の自由にならなかった。
「あんたそんなんじゃ友達失うわよ」
「煩いなぁ、だいたいなんでお前は俺様に従わないのだ、俺様は御曹司で世界一の人間なんだぞ?」
「そりゃあんたが世界一じゃないこと知ってるからよ」
「なんだと?」
「少なくとも私の友達の足元にも及ばないわね」
そんな人間いるものか、俺様が世界一なのだ。
…………
ある日ぼんやりとテレビを見ていたら、俺様よりも小さい子供がCMに出ていてとても気になった。
子役だ。
そういえば片瀬も子役だった。
俺様も子役になれば片瀬に認められるのだろうか。
「ねえ父上、俺様も子役になりたい」
「え⁉いや無理……こほん、いいかい?彼らは家が貧しいからもう働いてるだけで、お金持ちなお前は働く必要ないんだよ」
「そうなんだ、子役って可哀そう」
「そうだろうそうだろう」
あれ?でも片瀬は?家は化粧品会社でお金持ちだと言っていた。
でも彼女はアイドルだし、子役とはまた違うのだろう。
それはそうとさっきからCMでちょくちょく見るこの子、可愛いな。
「じゃあ父上、この子俺様のお嫁さんにしていい?俺様が助けてあげるのだ」
「おお優しいな純一郎は、じゃあ勉強頑張らなきゃな」
「あらあら、確かこの子は久遠ちゃんだったかしら?可愛い子ねぇ」
両親は冗談だと思っていたようだが、俺様は本気だった。
CMで見かけるたび彼女をどんどん好きになった。
怖い心霊配信も見たし、ドラマもちょっと大人の内容だったけど見た、投げ銭も沢山した。
すっかりファンとなった俺様に、両親も結婚を本気で考えだしたある日、両親の態度が豹変した。
「純一郎、久遠ちゃんは諦めろ」
「そんな!どうして⁉」
「彼女は高天原グループの孫で、月詠家の次期当主らしい」
「それがなんだと……」
孫が子役をしているくらいなら、もう落ちぶれて大したことないのでは?
「うちと高天原はライバル関係だし月詠家には大恩がある。大金を積めば結婚できると思っていたがもう不可能だ、彼女は絶対金にはなびかないし、うちの嫁に来ることもないだろう、最悪乗っ取られる」
「よくわかりません」
「とにかく彼女は諦めろ、違う人を探すんだ」
「…………わかりました」
両親にはそう言ったが俺様は諦めてはいなかった。
斜陽の大企業の孫だと言うなら尚更彼女を嫁にし、貧乏から救ってやるのだ。
そう思い俺様は頑張った。
邪魔者は排除し、金の力で手下を増やした。
庶民を効率よく利用し、俺様と久遠ちゃんの理想郷を作るためソロリティとして積極的に行動した。
ただ片瀬はそんな俺様の妨害をし、事あるごとに対立した。
まったく邪魔くさい、こいつほんとは俺様のこと好きなんじゃないのか?
いつか片瀬も俺様のものにしてやると(小学生低学年相当の)妄想し、3年が過ぎたある日、遂に運命の時が訪れた。
「久遠ちゃんが御柱に入学⁉はいはいはーーーい!久遠ちゃんを推薦しまーーす!」
俺様は全力で久遠ちゃんのソロリティ入りを推した。
「私も異論はないけど……あんた多分終わるわよ?色々と」
「ふん、何が終わりだ、むしろここからが始まりだ!ブッヒッヒ」
そしてワクワクドキドキと迎えた新年度。
遂に目の前に現れた久遠ちゃんを見て俺様は、両親の反対を無視して勢いのまま久遠ちゃんにプロポーズしたのだ。
そしてその返事は――
「口臭いんで離れてもらっていいですか?」
口が臭い⁉
――――――――――――――
「あ……ぇ……く、くさ、い?」
私の返事にシーンと静まるソロリティのサロン。
「千佳男、俺様、臭い?」
「え⁉いやーそんなことないっすよ?まあちょとは?微かに?臭うかなってレベルで」
臭いって言ってる。
「又吉?」
「いえ金成君も人間ですから、食事によっては臭うこともあるでしょう。昨日はニンニクいっぱいのラーメンだったでしょうから仕方ありませんでゲス!」
「昨日はお寿司だった」
「あっ……!」
「……」
気まずい雰囲気。
無言のままいそいそとマスクを取り出し装着する豚一郎。
すごい気にしてる。
「失礼した、それで久遠ちゃん、けっこ」
「断固としてお断りします」
「は……ぐっ……」
食い気味でごめんなさいされ、うろたえる豚一郎。
しかし冷静に持ち直す、意外と根性あるなこいつ。
「さ、参考までに何がいけなかったでしょうか?ダメな部分があったら直しますので」
「えー?まず人間性が気に入らない」
「はぐっ……」
「に、人間性っすか」
「容赦ないでゲス……」
いつの間にか3人とも私の前に正座して並んでいる。
「太ってるのもマイナスね。私は外見で人を判断しないけど、デブは別。自己管理が出来てない怠惰の象徴よ。まあ中には素晴らしい人もいるけれど、あなたは中身も最悪だからただの豚、いや豚以下ね」
「ぶた以下……」
「まあ豚は分かるっていうか……」
「たまに豚っぽい鳴き方するでゲスし」
「お前ら……!」
後ろから刺してくる取り巻き達。
「何より気に入らないのは子役を馬鹿にしたこと、そして高天原とツクヨミを下に見たことよ!」
久々にピキッときましたよ。
「し、しかし両社が落ち目だから働いているのでは?」
「は?んなわけあるか、むしろ過去最高に儲けとるわ。それも私の活躍によって」
理解出来ないという顔をする豚一郎。
子供の行動が親の会社に与える影響など考えていないのだろう。
「まあそりゃそうか、迷惑かけまくって、親の会社傾けてるあなたには理解できないでしょうね」
「傾けてる?」
「知らない?あなたの考え無しの行動によって、金成はもう何件も会社を売り払ってるの」
「そ、そんな」
私は入学前に伯父から『これが今ねらい目な企業だ』と渡されたリストを思い出す。
伯父から渡されたのは今問題を抱えており、落ち目な会社と生徒の名前が載ったリスト。
どういうつもりで私にこれを渡してきたか知らないが、私は熟読した。
その中にあったのだ、金成財閥の名前が。
「あなたの横暴な態度で不安を覚えた子会社が、うちにも何件か逃げてきたわ。すごいわね、あなた学園で何してたの?」
「お、俺様は、力をつけようと、必死に……」
「逆に弱くなってるじゃん、バカすぎ。あなた社会のことなんにも知らないのね」
「ぐ、こ、この……!」
挑発されて立ち上がる豚一郎。
よしよし良い感じ。
「そんな無能な豚がこの私と結婚?夢見るのも大概にしなさいよね、プークスクス」
「こ、コノヤローーーー!」
巨体を生かし、殴りかかる豚。
恐らく護身術もそれなりに修めてるのだろう。
今までは、この暴力とお金で学園を支配できていた。
しかし今は――
「ざっこ」
「ぶべらっっ!」
太い腹に軽くボディブローをすると奴は軽く吹っ飛び、サロンの豪華な絨毯の上をゴロゴロ転がった。
「金成さん!」
「金成君!」
「よっわーい、そんな弱いのに今まで我が儘放題だったんだぁ」
私は豚一郎にゆっくり近寄ってそのデカい腹をグニッと踏みつける。
「ブヒィ!」
「じゃあ次は、私が我が儘言ってもいいよね?」
どんどん圧力を強めていく。
必死でコクコク頷く豚。
「はわわ」
止めるべきかおろおろするせっちゃんたち。
「大丈夫ですよ刹那様」
「この紅茶おいしー」
瑞希ちゃんとスミレちゃんはいつも通りだ。
私もお茶飲みたいし、そろそろ終わらせよう。
「金成純一郎、いや豚一郎」
「とんいちろう⁉」
「お前は今日から私の下僕だ」
「げ、下僕⁉」
「私の下で働き、その腐った性根を叩き直してやる、分かったか!」
げしげしと柔らかいお腹を踏みつける、意外といい感触なんだよなぁこれ。
「ブヒィ!わ、分かりました!俺様、いや私は久遠様の下僕です!」
「うむ、私が責任をもっていっぱしの人間にしてやる、感謝しろ」
「ありがとうございます!ありがとうございます!」
なんか妙に顔が赤いが、大丈夫かこれ?
「あの金成さんが、久遠ちゃんぱねぇ……」
「金成君、ちょっと羨ましいでゲス……」
そういえばこの二人もいたな。
でも下僕の下僕は私の下僕だ。
「チャラ男、又吉、当然お前らも私の下僕だ」
「は、はい!姐さんよろしくッす!」
「ありがとうございます!」
よし、こんなもんか。
私は内心ホッと息を吐いた。
これくらいやれば私への恋心も冷めたことだろう。
かわりに変な性癖に目覚めたかもしれんが、それはもう知らん。
始めは本気で破滅させてやろうと思ったけど、流石に金成財閥は手に余る。
それにこいつ一人を廃嫡させたところで、まったく知らない他人が財閥を継ぐだけだ。
それならこいつの性根を徹底的に鍛え直し、私の傘下に加えた方がいい。
弟子というやり方もあるが、私の一番弟子がこんな豚とか死んでも嫌だったので、下僕ということにした、子分の小太郎より下である。
とは言えそう酷いことはしない。
ダイエットをさせて、色々な仕事やギルド活動、ボランティアなどに放り込み社会勉強させるつもりだ。
私の山でサバイバルさせてもいいだろう。
豚とは言えまだまだこいつらも幼い小学生、いくらでも矯正が効くはずだ。
さて、と。
「お騒がせいたしました先輩がた。さ、お茶を楽しみましょう」
「う、うん、そうだね」
「ですわね……」
「こ、こえぇ」
3馬鹿を部屋の隅に正座させ、私はお茶のテーブルに戻った。
若干先輩たちの私を見る目が変わった気がするが、まあ大丈夫だろう。
こうして私は、この華麗なるソロリティの一員となったのだった。




