110、ソロリティ
「久遠ちゃーん、お手紙だってー」
「手紙?ありがとう……なんじゃこりゃ」
瑞希ちゃんの学園案内から一週間後の朝、私の元に届いたのはやけに気品漂う謎の手紙だった。
封をしてある赤いこれはこれもしかして封蝋ってやつだろうか、漫画でしか見たことないぞ。
私が訝し気に手紙を眺めてると、届けてくれたクラスメイトの美春ちゃんがそわそわした様子で尋ねてくる。
「それってもしかして、ソロリティの招待状じゃない?」
「ソロリティ?ああ……」
そういえば瑞希ちゃんが私も招待されてるって言ってたね。
ペリペリと封蝋を剥がし、中身を読むと確かにそんなようなことが書かれていた。
「そうみたい」
「やっぱり!いいなぁ、憧れちゃうよ~」
すごいキラキラした目で見てくる美春ちゃん。
ちなみに美春ちゃんはちょっとミーハーなところがある普通の女の子だ。
「そんな憧れるようなこと?」
「もちろんだよ。お姉さまがよく話してくれるの、学園でも選りすぐりの生徒の集団、エリート中のエリート!ソロリティメンバーはみんなキラキラしていて、全生徒の憧れの的なんだって」
「へぇ~」
少女漫画の生徒会みたいな感じかな、謎にイケメン揃いでキャーキャー言われるやつ。
「もう、感心薄いんだから。でもやっぱり一人は久遠ちゃんだったね、今年は久遠ちゃんと刹那様がほぼ決まりみたいな感じで、あと一人が誰になるかみんな注目してるんだよ」
「美春ちゃんは?」
「わたしなんて絶対無理無理!家も大したことないし、選ばれるのはもっとすんごい家の子だよ!」
「そうなんだ、じゃあ――」
あと一人が誰になるか聞こうと思っていた時、ガラリと扉が開きせっちゃんが登校してきた。
手にはあの手紙をもっている。
「せっちゃんおはー」
「刹那様、おはようございます」
「ごきげんようくーちゃん、美春さん」
せっちゃんが私の前の席に座る。
「せっちゃんも招待状貰ったみたいだね」
「ああこの文はソロリティのでしたか」
せっちゃんが慣れた様子で封蝋を剥がし、内容を読み始める。
流石やんごとなき家柄のお姫様である。
「今日の放課後ですか」
「一緒に行こうよ」
「ええもちろん」
「久遠ちゃん!明日ソロリティがどんな所だったか教えてよ!」
「はいはい」
というわけで放課後。
私はせっちゃんと一緒に3階の豪華な扉の前に来ていた。
初めての所なので流石の私も緊張する。
「じゃ、行くよ?」
「は、はい」
せっちゃんも胸の前に両こぶしを掲げ、ぞいっと気合を入れる。
トントンと一応ノックをしてから扉を開ける。
「失礼しまーす」
「失礼します……」
私達が部屋に入ると、中に居た13人の生徒が一斉にこちらを見る。
ていうか部屋凄!広い部屋は貴族の館のような煌びやかなインテリアで飾られ、上にはシャンデリア、下には赤い絨毯が敷かれていた。
複数の豪華なソファとお茶が楽しめるテーブルもあり、まさしくサロンと言った様相だった。
「あ、久遠、来たわね」
「瑞希ちゃん」
「刹那様も、ようこそソロリティへ」
「お招きいただきありがとうございます」
「こっち来て、皆を紹介するから」
瑞希ちゃんに連れられソファに座ると、周りに人が集まってくる。
「これで一年生が全員揃ったわね。まだ来てないメンバーもいるけど先に始めちゃいましょう」
あれ?もう3人目の子がいるんだ、誰だろう、と私がぐるりと見渡すとそこには非常に見慣れた女の子がいた。
「スミレちゃん⁉」
「くおんちゃんおはー」
「お、おはー……スミレちゃんも招待されてたんだ」
周りに流されないマイウェイガールのスミレちゃんこと空星純恋ちゃんは、私と共に幼稚園時代の3年間を駆け抜けた一番仲が良かったお友だちだ。
そのマイペースな性格が私には心地よく、よく行動を共にしていたものだ。
しかし御柱学園に一緒に進学するだけでも驚いたのに、ソロリティのメンバーにも選ばれるとか、もしかして物凄いお金持ちの家なのか?
空星空星……うーん心当たりが一つあるけど、まさかね?
「あのースミレちゃんの家ってもしかして、空星重工?」
「そうだよー、あれ、知らなかった?」
「マジで⁉」
空星重工――航空機や船舶、人工衛星など、日本の大型製品を一手に引き受ける超大企業である。
中には兵器もあったりして、スミレちゃんののんびりした雰囲気からはまったく想像できない。
「ええ……?小太郎といい、なんであんなボロい白鳥幼稚園に通ってたの?」
「うちが近かったからかなぁ」
あの辺にあるのは普通の団地だが、彼女たちもうちと同じくわざと庶民ぐらしをしているのだろうか。
「まあ空星の。わたくしは刹那です、よろしくお願いしますねスミレさん」
「うんよろしくねー、刹那ちゃん」
「ミュージカルでソロ歌ってましたよね」
「あー見てたのー?照れるなー」
流石マイウェイガールのスミレちゃん、お姫様をいきなりちゃん付けである。
せっちゃんも嬉しそうだからいいんだけど。
「さて、一年生の顔合わせも済んだところで自己紹介と行こう、私は六年の大鳳麗那、家は大したことないがソロリティの会長を務めている」
会長の麗那先輩はボーイッシュでカッコよくも美しい女性だ。
家は芸術家一家で音楽、絵画、舞台など様々な分野で活躍しているらしい。
先輩自身は舞台に興味があるようで、某歌劇団の芝居を何度も見てるうちに性格もそれっぽくなってしまったとのこと。
ソロリティがキャーキャー言われる原因の何割かはこの人のせいだと思う。
「わたくしは同じく六年の副会長、佐伯美園ですわ。何か家同士のことで相談があったらわたくしに相談しにいらっしゃい、芸術バカの麗那は役に立たないから」
美園先輩は見るからに貴族のお嬢様といった感じだ、縦ロールがすごい。
華やかな美少女で、社交が大好きなんだとか。
私はあまりそういうのに参加しないので頼りになりそうな先輩だ。
「俺は六年の富田渉。主にパソコンを使った事務をしている。ていうかここのメンバーほとんど機械オンチだから他に使える者がいない。新入生には期待している」
富田先輩は唯一の6年生男子。
我が強い同級生に囲まれ苦労してそうだ。
私はパソコン得意だし、何か仕事をするなら先輩と一緒に考えることになるかも知れない。
続いて瑞希ちゃんの番になり、五年、四年と順々に紹介していく。
ソロリティに選ばれるだけあり、みんな華やかで優秀そうな先輩たちだ。
なんだ、心配してたけど思ったより素敵な会じゃないかソロリティ。
私これなら全然楽しく過ごせそう!
「さて、これでここに居るメンバーの紹介は済んだわけだが……」
そういえばここに居るのは現在15人。
各学年3人ずつなので、本来は18人いるはずだ。
「あのー、他の3人は?」
「あーそれなんだがね、彼らは――」
バタン!
「ごきげんよう諸君!」
麗那先輩が話そうとした瞬間扉が勢いよく開き、態度もお腹も大きい太った少年がズカズカと入ってくる。
「ちぃーっす、あれ?もう自己紹介終わった感じっすか?」
「へへへ、問題ありやせん、後からの方がより印象深くなるってもんでゲス」
続いてのっぽのチャラ男とひたすら手もみをしているチビの少年が入ってくる。
(うわぁ)
キャラ、濃いなぁ。
私がドン引きしていると瑞希ちゃんが耳打ちしてくる。
「彼らが例のボンボンたちよ。頭の悪いはた迷惑な企画を勝手に通して、生徒会に迷惑をかけまくってるの」
「そんなのがよく招待されたね」
「家はかなりの資産家なのよ、それに一年の時は比較的まともだったし」
学園生活でおだてられて、歪んでいったということか。
「私たちも注意はしてるのだが、家格ではあちらが上だからか聞かなくてねぇ」
六年生の先輩方も困り顔だ。
「お?おおおおおおまさか久遠ちゃん⁉招待した甲斐があったのだ!俺様の名は5年の金成純一郎、金成財閥の御曹司だ!」
金成とかいう豚のような男子がブヒブヒと鼻息荒く私に近づき、一斉にまくしたてる。
顔が近いな。
「おおすげー生久遠ちゃんじゃん、サインくれよサイン。あ、俺4年の千佳男ね」
「へへへ、良かったでゲスね金成君、念願の久遠ちゃんに会えて。僕は3年の又吉でゲス」
すごいなぁ、こいつらが来た途端あの瀟洒でハイソなオシャレ空間が一瞬でギャグ時空に変わったぞ。
「ちょっと金成君!」
麗那先輩が止めようとするが興奮して何も聴こえていない様子。
やっぱり豚っぽいなこいつ、っていうかもう豚だな、名前が純一郎だから豚一郎と呼ぼう。
「く、久遠ちゃん!俺様は君にずっと伝えたい事があったのだ!――久遠ちゃん!」
「……なんでしょう」
豚一郎が脂ぎった短い手で私の手を握り(恐らく)真剣な顔で言う。
「俺様と結婚してくれ!」
「…………」
「俺様はお金持ちだから、嫁にくれば久遠ちゃんがわざわざ子役として働く必要なくなるのだ!幼児のうちから働くなんて、高天原とツクヨミはよっぽど経営が苦しいんだな、可哀そうに」
「はぁ」
「落ち目の高天原とツクヨミも我が金成財閥の傘下に入れてやろう!そしていつか俺様の力で世界最強の超大企業にしてやるのだ!そして庶民をコキ使って、俺様達上流階級だけの理想の楽園を作ってみせる!だから久遠ちゃんは安心して俺様のところに嫁にくるのだ!」
言ってやったぜという顔でブッヒッヒと笑う豚一郎。
うわぁ、点数を付けるならマイナス千万点くらいの最低なプロポーズだな……。
あまりの馬鹿さ加減に流石の私もフリーズし、ついつい採点してしまったぞ。
「さっすが金成さん、パネェっす」
「これを聞いて惚れない女はいないでゲス」
取り巻きも同調して盛り上がる一方、ソロリティメンバーは全員ドン引き。
せっちゃんは「はわわ」としてるが、スミレちゃんはニッコニコ、瑞希ちゃんはあちゃーと顔に手を当てている。
付き合いの長いこの二人はこの後の展開が読めたようだ。
「ブヒヒッ、どうだ久遠ちゃん、俺様と結婚してくれるかい?」
さて、と。
「あのー」
「なんだね?」
「口臭いんで離れてもらっていいですか?」
「ブヒッ⁉」
パシッと手を叩き落とす。
私はウェットティッシュで手をふきふきしながら考える。
さてこの豚、どう料理してやろうか。
次回、豚一郎死す!