11、ギャン泣き
作者は子役知識0でこれ書いてます
流れを軽く確認し、指定の立ち位置に立つ。
いよいよ本番の開始だ。
「お母さんはこちらに、久遠ちゃんから見えない位置でお願いします」
スタッフが母の位置を移動させる。
なるほど、母親から離して不安にさせるのか。
女優の方の母親、恵子さんも離して完全にセットの中で一人になる。
大勢の視線の中で一人、すごく不安。
いや、これは普通の子泣くわ。
「久遠ちゃんが泣いたらお母さん役が入ってください、では撮影始めまーす」
私が泣いたらか……よし、やるぞ。
ペタンと座り、タケルの記憶から悲しかった時の記憶を思い出す。
独身一人暮らしを支えてくれたペットの猫が死んだ時の記憶だ。
あれはマジ悲しかった。
自然に涙が流れ泣き声を上げる。
「う…ぐす……えーんえーん」
監督が無言で手を振りカメラを回す。
すかさず女優さんがカットイン。
「泣かないでー、うぅ〜どうしよう」
泣き止まない私の頭を撫でながらオロオロ。
「そうだ!」
とタブレットを取り出し私に渡す。
画面を凝視しながらピタッと泣くのをやめる。
「ほんとに泣き止んだ……ありがとうナキヤメアプリ!」
私が夢中でタブレットをタッチしている横で跪き、両手を組んで神に祈る女優さん。
「カットーー!」
ふう、なんとか思い通りに出来たかな。
私は少し得意げな顔をして母の姿を探す。
「くーちゃん上手だったわよ〜」
「はい!お上手でした!」
開発者も褒めてくれる。
「久遠ちゃんすっごく上手ねぇ」
恵子さんも頭を撫でてくれる。
えへへ。
でも……
「うーん……」
監督が微妙そうな顔をしている。
「あ、れ?何か変でしたか……?」
「うーん、上手いんだけどさぁ、その歳にしては異常なくらい。でもちょっと上手すぎるんだよなぁ」
え?上手すぎるとダメ?上手ければいいんじゃないの?
「3歳の子役に求めるのは子供らしさであって、演技の上手さじゃないんだよねぇ」
まさかのダメ出しに頭が真っ白になる。
「ちょ、ちょっと監督!我々はこれで大丈夫ですから!」
「いーや、クライアントさんがOK出しても俺は出せない。これは育児商品のCMとしては使えない。視聴者も演技で泣き止んだのが見え見えだったら、アプリの効果を疑われるだろう?」
「それは、確かにそうですが……」
そうだ、泣き止んだのも演技で。
頭脳は大人の私にはあんなの効かないって決めつけて。
「久遠ちゃんさぁ、ギャン泣きって出来る?」
ギャン泣き……幼児が3歳くらいからする、大声で泣いて暴れる行為。
そう言えば私……ギャン泣きしたことが無い?
「ここで必要なのは悲しいから泣くことじゃなくて、自分でやりたいのに上手く出来ないもどかしさや苛立ち、訴えたいけど上手く伝えれない感情なんかを爆発させるギャン泣きなんだよ」
だって私あまり泣かない子だったし、タケルの記憶にだって、タケルが完全に忘れてる事は私も分からない。
演技は体験した感情を再現すること。
ギャン泣きを再現って、どうやるの?
「大人しい頭のいい子だって聞いたから交代も認めたけど、頭が良すぎるのも考えものだな。これならその辺の幼児の方がマシだ」
私……普通以下……?
「ちょっと監督、こんな幼児相手に言い過ぎですよ」
「いーや恵子ちゃん、この子は幼児じゃなくて子役だ、ただの幼児じゃない。全国の幼児を代表する存在だ。これからのためにも最初に言っておいた方がいい。見ろ、俺の言ってることを理解して、どうすれば良いか考えている。立派な役者だよ」
「は…い……すみません監督、ちょっとタイムで……」
「ふ、タイムね。よし、一旦休憩!」
俯いて舞台裏に行く私に母が駆け寄る。
「大丈夫?くーちゃん」
「うん……」
「まさかギャン泣きとはねぇ、くーちゃんは激しく泣くこともなかったし、グズっても鏡見せれば大人しくなったから」
そう、私は全然幼児っぽくない。
大人の記憶があって。
なんでも一度で覚えられる特別な天才だ。
ギャン泣きなんて幼稚な行為、するはずない。
でも私に求められてるのは一般的なただの幼児。
頭が良くて、演技が上手な子供じゃないんだ。
それなのに私は自分が特別で完璧だと思って、こんなの簡単だって、子役を舐めてて……
ああ恥ずかしい。
私すごいイキってた。
悔しい。
幼児なら誰でも出来ることが出来なくて……
見返したい。
私はこの程度じゃない、私は宇宙一かわいい未来の大女優「天原久遠」なのだから。
もどかしい。
でもやり方が分からない。
みんなどうやって泣いてるの?
「う……グスッ……ふぇ……ふぇ……」
「はっ!くーちゃんそれよ!」
「ふぇ……?」
「今のその感情をそのまま爆発させるのよ!頭を真っ白にして、大人の記憶も消して、ありのままのくーちゃんを出すのよ!」
頭を真っ白にしてありのまま……
「出来るわ!だってくーちゃんちょっとかわいくて天才なだけで、本当の幼児なんだから!」
このまま、今の衝動を解き放つ……
「ギャン泣きよ!ギャン泣きするのよ!」
「ふふ……なにそれぇ、普通親はギャン泣き止めるもんじゃないの?」
母がおかしくて涙が引っ込んだ。
でも理解した。
私、今ならギャン泣き出来る。
「ふふ、そうね、もう大丈夫そう?」
母がぎゅっと手を握る。
「うん、行ってくる」
強く握り返し、映像をチェックする監督の元へ向かう。
「お、演れるのか?」
「はい、演れます」
「よし、じゃあみんな位置に着けー始めるぞー」
「「はい!」」
スタッフや恵子さんがすぐ配置に着く。
私を信じて待っていてくれたみたいだ。
今回は母も見える位置で私を見てる。
「ふーー」
息を吐く。
その期待に応えなければ。
でも……
(恥ずかしい……!)
きっととてもみっともない姿を晒すことになるだろう。
大声で泣きわめくなんてひと様に見せるもんじゃない。
(でも、今求められてるのは恥も知らない幼児そのもの)
それにタケルの師匠も言ってた。
裸になって演技しなさいって。
照れは大敵、全てを解き放って。
(見せてやろうじゃない、天原久遠、一世一代のギャン泣きを)
ただ、上手く泣き止むことが出来るかどうかだけど。
そこは、ナキヤメアプリさん、信じてるよ。
「すぅーーー……」
こうして郊外の小さな貸しスタジオで、
大怪獣クオンが爆誕するのだった。